第二十二章:だいじょうぶ、の嘘
その日から、エマは少しずつ“距離”を取るようになった。
キッチンで料理している時間も、ベランダで音楽を聴く時間も、
いつの間にか、隣にはいない。
夜、一緒に眠る時間になると「少し疲れてるから」と言って、
別の布団に入るようになった。
紬は、それを“しかたない”と思おうとした。
だけど、ふたりの間の空気は明らかに変わっていた。
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ある夜、紬は意を決して、エマに尋ねた。
「……エマ、なんで最近、わたしを避けるの?」
エマは洗い物の手を止めずに答えた。
「避けてるわけじゃないよ。ただ……」
「紬のこと、壊しそうで怖いの」
「あの夜、あなたが夢から目覚めて、
わたしの手を“拒絶”したとき……身体が震えた」
「もう一度“あの声”を聞いたら、
わたし、壊れそうだって……」
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紬は、何も言えなかった。
自分の“過去”が、また大切な人を傷つけた。
「それでも、そばにいてくれるって、信じてたのに……」
「わたし、どうすればいい?どうすれば“エマの大丈夫”になれるの?」
「……ならなくていいよ」
「わたしが勝手に、あなたの痛みを直視できなかっただけ。
紬が悪いんじゃない。わたしが、弱いだけなんだ」
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翌朝、エマはいつもより早く部屋を出ていった。
机の上には、小さなメモ用紙が一枚。
『しばらく、一人になりたい。
ちゃんとあなたの隣に戻れるように、わたしも整理したい。
ごめんね。好きなのに、逃げるようなことして。』
紬は、震える手でその紙を握りしめた。
ベッドの上、エマの温もりが残っている場所に顔をうずめて、
声も出さずに泣いた。




