第二十一章:隣にいるのに、届かない声
ふたりの生活は、思っていたよりも穏やかだった。
朝起きて、簡単な朝食を作って。
天気のいい日はベランダに小さなクッションを並べて、音楽を聴いたり、本を読んだり。
でも、完璧な日常なんて、やっぱり続かない。
その夜も、何の前触れもなく訪れた。
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紬が眠りについて数時間。
暗い部屋の中、布団のなかでエマは身を丸めていた。
突然、紬が息を荒げてうなされ始める。
「やだ……やだ……やめて……っ、お願い……っ」
エマは飛び起きて、紬の肩を揺すった。
「紬……っ、大丈夫……夢だよ……!」
でも、紬は目を覚ましながらも混乱していて、
目に涙を溜めたまま、反射的にエマの手をはねのけた。
「さわらないでっ……っ!」
その声は、まるで“あの頃”のままだった。
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静まり返る室内。
エマは凍りついたようにその場に立ち尽くす。
そして、静かに口を開いた。
「……わたしが、傷つけた?」
「わたしも、“そういう存在”なの?」
紬は目を見開いて、かぶりを振った。
「ちがう……ちがう、そんなの……!」
「でも、身体が勝手に……反応して、怖くなって……」
「……エマのせいじゃないの……」
でも、エマは小さく笑ってしまった。
「知ってる。頭では、ちゃんとわかってる」
「でも……心は、ずっと“拒絶された”って思ってる。
わたしなんかが、あなたの隣にいちゃいけないって……」
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その日、ふたりは背中合わせで眠った。
エマは声を殺して泣いた。
紬は声を出せずに泣いた。
同じベッドのなか、手を伸ばすことができなかった。




