表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

第十八章:見なかったふり、もうできない

日曜の午後。

紬と別れ、エマはひとりで最寄りの駅前を歩いていた。

どこへ行くつもりでもなかった。ただ、家にも学校にもいたくなくて。

スマホの画面を見つめながら、信号待ちをしていたときだった。


視界の端で、“懐かしすぎる”顔が、通りを歩いていた。


母だった。


整った髪。細い身体。手には小さなショッピングバッグ。

隣には、知らない男の人がいて、楽しそうに笑っていた。


思わずその場で足が止まった。

頭が真っ白になって、息が詰まる。


(うそ、でしょ……?)


見間違いだと思いたかった。

でも、あの横顔、あの肩の動かし方、あの手の形――間違えるはずがなかった。


そのとき、母と目が合った。


ほんの一瞬。

けれど母の目には、“何の感情”も宿っていなかった。


「……あ」


声が出たのに、母は一瞬視線を逸らして――そして、素通りした。


まるで「知らない子」として。



何かが“壊れた”音がした。

身体が震えて、呼吸ができなくなった。


エマは道端にしゃがみ込んで、手で口を押さえた。

パニックだった。記憶が、フラッシュバックのように駆け巡る。


「泣かないでよ。うるさい」

「どうしてあんたは、そんなふうなの」

「いらない子だったんだよ、最初から」


脳の中で母の声が何度も響いた。


それでも、“会いたかった”自分がいることも――

こんな目で見られて、息ができなくなるくらい傷ついた自分がいることも――

全部、認めたくなかった。



その夜、紬の部屋で何も言えないまま、エマはうずくまっていた。


声が出なかった。涙も出なかった。ただ、震えていた。


紬は何も聞かずに、黙ってブランケットをかけてくれた。

そして背中に触れて、そっと言った。


「エマ、もう“大丈夫なふり”しなくていいよ」

「会っちゃったんだね。……“あの人”に」


エマの肩がわずかに動く。

時間が止まったみたいな沈黙の中、やっと、搾り出すように言葉がこぼれた。


「ねぇ……わたし、生まれてこなきゃよかったのかな」

「存在がまちがいなら、いまのこの幸せも、嘘なのかな」


紬はエマの手を握って、小さく言った。


「間違いじゃないよ。

 だってわたしは、エマがいてくれて救われたもん。

 “いてよかった”って、何度思ったかわからない」


「わたしが、そう思ってるよ。――今ここで」



その夜。

エマは声を出して泣いた。

母の前では一度もできなかった、子供みたいな泣き方で。


そのすべてを、紬は抱きしめて受け止めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ