第十七章:やっと、ちゃんと、あなたに
父と話したあとの夜。
紬はそのまま、エマの家の前まで行った。
傘をささずに歩いて、雨に濡れながらインターホンを押した。
扉が開いた瞬間、エマは驚いた顔をした。
そして次の瞬間、黙ってタオルを持ってきてくれた。
何も聞かれなかった。ただ、優しく迎え入れてくれた。
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狭いベッドに並んで座って、紬がぽつりと話し始めた。
「お父さんに……話した」
「全部、言った。怖かったけど、逃げたくなかった」
「そしたら、“ありがとう”って言ってくれた。
『気づけなくてごめん』って――
わたし、初めて“許された”気がしたの」
エマの目がじんわりと潤んだ。
「……すごい、ことだね。
わたし、そんなの想像もできないや」
紬が首を横に振る。
「ちがうよ。
エマがいてくれたからだよ。
“わたしの声”を、最初に聞いてくれたのは、あなた」
「あのときSNSで出会わなかったら、
わたし、いまここにいない。――ほんとに」
一瞬の間のあと、紬は小さく笑って、続けた。
「だから、わたし……エマのこと、
“特別”だって、ちゃんと伝えたい。
依存でも、代わりでもなく、
――“恋”として、好きです」
エマの唇が、わずかに震えた。
言葉が出なかったけれど、目が、全部を語っていた。
「……わたしも」
「わたしも、紬がいなかったら、きっともう、
なにも感じられないままだった」
「好き。どうしようもなく、好き。
怖いくらい、あなたがいないと、泣きたくなる」
ふたりの指がそっと重なる。
その手の温もりは、薬にも、傷にも代えがたいものだった。
静かな夜のなか、唇が重なる。
キスは震えていて、不器用で、でも――ちゃんと“ふたりの愛”だった。
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次の日、ふたりは手を繋いだまま目を覚ました。
いつもみたいに眠れない夜じゃなかった。
悪夢も過呼吸もなかった。ただ、“ふたりでいた”夜だった。




