第十章:夜を越えた人が、夜に手を差し伸べる
「会ってくれませんか」
そのDMが届いたのは、投稿からちょうど1ヶ月が経った頃。
送り主は、「@3AM_quiet」。
静かな、でも確かな意志を感じさせる文章だった。
紬とエマは迷った。怖かった。
けれど、“声にならない思い”を誰かがずっと見ていたという事実は、
彼女たちの心の奥で、小さく温かく灯り続けていた。
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待ち合わせ場所は、繁華街の少し外れの、小さなギャラリーカフェ。
時間は人通りの少ない午後。
外は晴れていたのに、ふたりの心には雨のような緊張が降っていた。
テーブルに座っていたのは、20代前半くらいの細身の女性。
黒のキャップ、パーカー、どこか“傷を知っている”ような目をしていた。
「こんにちは」
そう口にした彼女の声は、優しく、でも揺れていた。
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彼女の名前は、「ゆき」。
かつて、中学の頃に家庭内で性的虐待を受けていたこと。
それを誰にも言えないまま、学校でも孤立し、自傷を繰り返していたこと。
高校生の頃に、ある匿名のSNSで“死にたい”と綴った自分の投稿に、
ある女性が毎晩メッセージを送ってくれたこと。
「――あの人がいなかったら、わたし、今ここにいない」
だから今度は自分が、“あのときの誰かになる”番だと思っていた。
そう語るゆきの目に、らんがぽつりと呟く。
「でも、わたしたちは、もう…壊れてるんです」
「こんなふうに繋がってしか、生きられない」
そのとき、紬が言った。
「でも、壊れた人にしか、見えない光もある。
わたしは、エマの声がなかったら、生きようなんて思えなかった」
ゆきは頷いた。
そして、スマホを取り出し、自分の手首の傷跡の写真を見せた。
「この写真、残してるのは、過去の自分を否定しないため。
でも、これを他人に見せたくないと思えるようになったとき、
“少しだけ希望”が生まれたの」
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その言葉は、紬とエマの中でずっと固まっていた何かを、
少しずつ、優しく、溶かしていった。
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その後、ゆきはふたりを「ピアカウンセリング」へと誘う。
薬を使わずに“聴く”ことを中心とした小さな回復の集まり。
そこには、誰も答えを押しつける人はいない。
ただ、それぞれの痛みを、否定せずに持ち寄る場所だった。
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――そして、ふたりは“依存”という名の繭を、ほんの少しだけ破り始める。
まだ怖い。まだ痛い。
でも、“誰かが夜を越えた”という事実は、
この世界に“夜明け”があるという証だった。




