異世界スプーンおじさん
ここはどこだ?
神殿のような場所。神殿といっても、日本の神社のような場所ではなく、古代ギリシア風の建物だ。そこに女神のような美しい女性、その周りには大勢の人が集まり、人だかりができている。
ふと周囲を見ると、電車で隣の席に座っていたOL風の若い女性がいた。
彼女も俺に気付いたようで、軽く会釈をしてきた。
「これって・・・アレですよね?」
「そうですね。天国だといいんですけどね」
俺は須崎啓介、しがないアラフォーのサラリーマンだ。営業先に電車で移動中、何かの事故で電車が横転したまでは覚えているが、その後の記憶がない。多分、死んだのだろう。そして、ここにいる者たちは皆、あの時、電車に乗っていた乗客だろう。
そんなとき、女神のような美しい女性が厳かな声で、話始める。
「私は創造神エリス。貴方たち108人は、残念ながら命を落としました」
全員に動揺が走る。
予想していたことだけど、改めて聞くとショックだ。隣のOL風の女性は目に涙を浮かべている。
「これから皆さんには別の世界で、使命を果たしてもらいます。それでは、順番に神器を授けます。神器とは聖なる武器のことです。そして、大いなる悪を討ち倒すのです!!」
順番に女神様が神器を渡して、貰った者から順に異世界に送っていく。
それにしても事務的すぎないか?
ラノベなんかだと、もう少し説明があるはずだ。それに使命って何だ?
それくらいは説明してもらわないと、使命の果たしようがない。
★★★
目の前では、女神が神器を事務的に配り、「期待しています」「応援しています」などの言葉を使い回しながら、流れ作業で、神器を受け取った者を転移させている。
「こちらは、「聖なるスコップ」です。貴方の活躍を期待しています。次の貴方は「神聖なツルハシ」です。頑張ってください・・・」
何となくだが、この女神のことが分かってきた。一言で言うと、「駄女神」だ。
まず、渡している神器だが、最初は「何物も斬り裂く剣」、「何物も貫く槍」といった、「これぞ神器!!」といった物を渡していた。しかし、50人目を超えたあたりから、「切れ味鋭い剣」や「貫通力の高い槍」などの「なんか被ってないか?」、「最初の神器の下位互換?」みたいな武器が登場する。70人目を越えた辺りからは、「聖なる○○」や「神聖な○○」が登場し、
「そもそも最初に「神器は聖なる武器」って言ってなかったか?それに「聖なる」も「神聖な」も同じ意味だろうが!!」
と思わず、ツッコミを入れたくなる。
だんだんと「それって武器なのか?」という物が登場する。「ハサミ」「剪定バサミ」と続き、「高枝切りバサミ」まで登場する。そして今、「高枝切りバサミ」を貰ったおばちゃんと少しトラブルになっている。
「ちょっと、「高枝切りバサミ」って何なのよ。これで何をしろって言うのよ?」
「こちらの「高枝切りバサミ」は高性能で、伸縮自在、普段は普通のハサミとしても、ご利用いただけます」
「私はね、そういうことを言っているんじゃないのよ!!性能に文句をつけたんじゃなくて、そもそもの話・・・」
言い掛けたところで、女神は強制的におばちゃんを転移させた。
「ご満足いただけたようですね。頑張ってください」
(ごちゃごちゃうるせえんだよ・・・クソババアが・・・)
今、小声で「クソババア」って言わなかったか?
心の声が聞こえたのは、俺だけか?
しかし、これは大きな効果があったようで、これ以後、文句を言う者はいなくなった。
その後、90人目を越えたあたりから、女神は面倒臭くなったのか、3人~5人一緒に神器を渡して、転移させるようになってしまった。
「それぞれ「よく切れるカッターナイフ」、「切れ味鋭いメス」、「神聖な鉄パイプ」です。皆さんのご活躍をお祈りしています」
「神聖な鉄パイプ」って何だ?
ただの鉄の棒だろうが!!
とうとう俺の番になった。残っているのはOL風の若い女性と少し不良っぽい少年だった。
不良っぽい少年には「聖なるステーキナイフ」、OL風の若い女性には「聖なるフォーク」、そして俺には・・・
「聖なるスプーン」
これなら「聖なる鉄パイプ」のほうがマシだ。最後はネタ切れ感が強く、もはや「やっつけ仕事」レベルだ。到底、神様の仕事とは思えない。不良っぽい少年が怒鳴り散らす。
「おい、テメエ!!神様か何か知らないけど!!元の世界に帰せよ!!俺は見てのとおり、不良だけど、何とか頑張って、就職したんだ。これから迷惑を掛けたお袋に楽をさせてやろうと思っていたのに・・・なあ、頼むから帰してくれよ」
「ご希望に添えず、申し訳ありません。貴方のご活躍を心から・・・」
「テメエ!!この野郎!!」
女神を遮り、少年は女神の胸倉を掴んで怒鳴る。女神もこれにはキレた。
「何やってんだテメエ!!私が女神エリスって知ってのことか?やるならやってやるよ、コラ!!」
「エリスなんて知らねえよ!!女に手を上げる趣味はねえけど、そっちがその気なら・・・」
この女神、二重人格か?
俺とOL風の女性は二人を止めに入った。
「落ち着いてください!!まずは冷静にお話しましょう!!」
二人を分けて事情を聞く。
少年の言い分は、理解できる。俺だってショックを受けているし、女神に対して、もう少し心のケアをしてくれればとも思う。
一方女神の方だが、こちらは情緒不安定だ。泣き出している。
「私だって、頑張っているのよ・・・100人から急に8人増えたんだから、ネタも切れるわよ。仕事はこれだけじゃないし、誰も私のことを手伝ってくれないし・・・最近思うのよ。世界なんか亡んじゃえってね」
最近うつ病で入院した、我が社の女性課長と同じようなことを言っていた。多分、苦労しているのだろう。ここは少し優しくしたほうがいいかもしれない。
「女神様の苦労もお察しいたします。大変なお仕事をされているのでしょうね?」
「そ、そうなんです。詳しくは言えませんが、責任の重い仕事をしていますので」
「でしょうね。私でよければ、お話くらいは聞きますよ」
それから女神の愚痴を散々聞かされた。
神様界隈も意外にドロドロしているんだな・・・
少し落ち着いたところで、こちらの要望も伝える。
「女神様の置かれている立場もよく分かりました。僭越ながら申し上げますと、我々も不安なんです。こちらの少年のことも理解してもらえませんか?」
「そうですね。申し訳ありませんでした。もっと詳しく状況を説明すれば、よかったですね」
少年が言う。
「俺も悪かったよ。戻れないなら仕方ない。できればお袋のことを頼むよ」
「地球を管轄する神に伝えておきます」
何とか治まった。
ここで少し、閃いた。この女神なら、交渉次第で神器を交換してくれたり、しないだろうか?
「女神様、少し私の話を聞いてもらえないでしょうか?というのも、私たち三人がいただいた「神器」は、そ、その・・・言いにくいですが、使えない感じがして・・・できれば交換をお願いしたいのです」
「貴方たちに苦労を掛けることになるのは十分理解しています。ですが登録の関係で変更はできないのです。代わりと言ってはアレですが、お三方にはスキル1ではなく、スキル5からスタートしていただくことにしました」
女神が言うには、神器にはスキルレベルがあるようで、スキルが上がるごとにさまざまな能力が付与されるようだ。俺たちに付与された能力は次の5つ。
1 自由に神器を出したり、異空間に収めたりできる。
2 ある程度の大きさまで、自由に大きさを変えられる。
3 ある程度は、形状を変えられる。
4 スキルレベルによって、出せる本数が増える。今のところ10本まで。
5 材質が選べる。スキルによって使える材質は増えていく。今のところ、木、鉄、鋼鉄。
因みにスキルは使えば使うほど、経験値が溜まって、スキルレベルが上がるようだ。
ここでOL風の若い女性も女神に質問する。良い質問だった。
「女神様、ところで、「使命」とは何なのでしょうか?それに「大いなる悪」って?」
「言ってませんでしたか?」
「はい、聞いてません」
俺も少年も聞いていないことを伝える。
「まず貴方たちがこれから行く世界は、種族間の争いが絶えず、貧富の差が広がっています。多分、姿の見えない「大いなる悪」が居て、裏で世界を混乱に陥れようとしているのだと思います。なので、皆様には世界が混乱している原因を突き止め、世界を平和にしてもらいたいのです」
「何となくは理解しました。それで差し出がましいようですが、私たちより先に転移した人たちにも伝えたほうがいいのではないでしょうか?皆さん、何をしていいか分からないでしょうし、それに「高枝切りバサミ」の女性なんかは、激怒していましたから」
女神は悩む。
「どうしましょうねえ・・・一人一人会いにいくのも面倒ですし・・・」
おいおい!!そんなの相手に聞かれたら、激怒されるどころじゃ、すまないぞ!!
そもそも、お前が伝え忘れたんだろうが!!俺の部下だったら、殴ってるぞ!!
それは止めておこう。パワハラだし・・・
仕方なく提案する。
「それぞれに、お手紙をお送りするというのはどうでしょうか?「使命」や「大いなる悪」についての概要の他に、スキルの説明なんかも記載しておけば親切かもしれません」
「なる程ですね。私も仕事でミスしたときは、直接謝りに行く前に、取り急ぎメールを送りますからね」
「ですよね。これでも私は係長でしたから、失敗した部下と一緒に謝りに行ったりとかね」
少年も会話に入る。
「社会人って大変なんだな」
「大変だよ。とにかく頭を下げっぱなしだ」
「俺にできるかなあ・・・」
「家族の事とかを思い浮かべながら、耐えればいいんじゃないか?俺もそうやって・・・」
言い掛けて気付いた。もう俺たちは戻れないんだと・・・
「もう戻れないんですね・・・」
「最後にせめて、「ありがとう」って言えばよかった・・・」
しんみりとした空気の中、女神は言った。
「手紙とは気付きませんでした。貴方たちは、そういった経験があるようですね?お手伝いをお願いしても?」
この女神は、本当に空気の読めない奴だな!!
女神に謝罪の手紙の作成を手伝わされた俺たちは、女神から金貨10枚を貰った。金貨1枚が日本円で約1万円らしく、手紙の作成を手伝っただけで、約10万円も貰えたのはラッキーだったと思う。
「私は杉本佳代って言います。えっと・・・」
「私は須崎啓介です。またご縁がありましたら、その節はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
少年も会話に入って来る。
「俺は鈴木翔太。向こうに行ってもよろしくな。須崎さんのお陰で何とかやって行けそうだよ。ステーキナイフでも大きくして、切れ味を鋭くしたら、魔物とも戦えそうだよ」
「私もです。槍っぽく使えば、何とかなりそうですしね」
俺は少し落ち込んで言う。
「逆に私は途方に暮れています。いくら大きくしたところで、スプーンはスプーンですし・・・どうやって戦えばいいのやら」
「それはそうですね・・・使い方が難しいですよね」
「投げるとかどうかな?駄目か・・・スプーン投げて何になるんだって話だし」
「気を遣っていただいて、ありがとうございます。まあ、何とかしてみますよ」
そんな話をしていたところに、またしても、空気の読めない女神が言う。
「勇者たちよ!!旅立ちの時です。さあ、世界を救うのです!!」
今更、女神面しても遅い!!それに勇者って何だよ!?
そんな設定なかったし、絶対に今決めたよな!?
そんなことを思っている内に、俺たちは転移させられた。
★★★
俺が転移されたのは、シェーンブルグ王国アルトナー伯爵領、その領都クルンという町だった。街並みは中世ヨーロッパ風で、見た感じ西欧人が多く、中には獣人やエルフのような者もいた。
当面は女神に貰った金貨10枚があるので、生活には困らない。流石にスーツ姿では目立つので、それっぽい服を買い、着替えた。それと女神の計らいなのか、言葉も通じるし、文字も読めた。その辺はきちんと仕事をしていたんだなと思う。
屋台でホットドッグのような物を買い、広場のベンチに腰掛けて、物思いにふける。
これからどうすればいいんだろうか?
性能のいい神器を持っている奴らは、冒険者として生きる道もあるだろうけど、俺は何たって、スプーンだからな。今のスキルで最大限大きくしても、工事現場で使う普通のスコップくらいにしかならなかった。間違いなくスコップの劣化版だ。
まず考えついたのは、無理にスプーンで戦わないくてもいいんじゃないか?ということだった。
でもすぐに却下した。この年齢で今更剣術を習ったとて、到底「大いなる悪」に勝てるレベルになるとは思えない。この世界には魔法があるようだが、それを頑張って身に付けても、ちょっと火の玉が出せるくらいだしな・・・
だったらどうする?
108人も神器を持った奴がいるんだから、俺一人、サボってもバレないんじゃないだろうか?
あの女神のことだ、絶対に108人を管理することなんてできない。だったら、世界平和のために頑張っている雰囲気を出しながら、俺以外の誰かが、「大いなる悪」を討ち倒すのを待てばいいんだ。そんなことを思っている奴は、俺だけじゃないだろう。
だって、「高枝切りバサミ」のおばちゃんが、「大いなる悪」を討ち倒すところなんて、想像もつかないからな。
となると、何か仕事をして、生活できるようにしないとな。
女神に貰ったお金があれば、1ヶ月は余裕で生活できるから、その間に何とかしないといけない。とりあえずは、スキルの確認をしてみようか。
まず分かったのは、自在にスプーンを出したり消したりできるということだ。これは便利だ。神器がスプーンじゃなかったら、かなり有用だと思う。俺も剣や槍が、よかったなあ・・・
無い物ねだりをしても仕方がないので、引き続き、スキルの確認を行う。
スプーンの形状だが、ある程度自由には変えられるが、誰もがスプーンだと認識できる形以外には、ならなかった。
チッ!!剣のようなスプーンにしてやろうと思ったけど、駄目だったか・・・
そうなると、フォークやステーキナイフだと、結構使えるかもしれない。切れ味をよくしたら、ステーキナイフなんて、その辺の剣よりも強いだろうしな。
クソ!!スプーンなんて、ハズレ中のハズレじゃないか!!
ただ、誰しもがスプーンと思う形であれば、自由に曲げたりは出来るようで、最悪、最大まで、すくう部分を大きくして、柄の部分を曲げたら、楯にならなくはない。ただ、それが何になるんだとは思うけど・・・
そんなことを繰り返していたら、騒ぎが起きた。
子供たちが俺を指差して、騒ぎ出したのだ。
「あのおじさん凄い!!」
「スプーンを曲げてるよ!!」
「魔法使いかな?」
それに釣られて、大人も集まり出した。
あれ?これなら、いけるんじゃないか?
俺は、集まって来た野次馬に語り掛けた。
「私はしがない旅芸人のケイスケ!!これからちょっとした芸をご披露させていただきます。気に入られましたら、少しばかりの心付けをいただければ、幸いでございます!!」
それからは意外に盛り上がった。レベル的には、忘年会の宴会芸レベルだけど、それでもスプーンは自在に曲がるからな。
子供が言う。
「もっと他のも見せてよ!!」
「いいけど、おじさんもお腹が空いたから、どうしようかな?」
すると子供の母親が出て来た。
「だったら銀貨1枚でどうだい?何か見せてやってくれよ」
銀貨1枚は、日本円で約1000円だ。意外に評価されている。俺としては銅貨1枚(約100円)くらいを想定していたんだけどな。
「ありがとうございます。ではこんなのはどうでしょうか?」
それからは、ハンカチを被せたスプーンが突然消えたり、魔法っぽい言葉を唱えたら、スプーンの本数が増えたりする手品を見せた。だいたいがコインやトランプでやるのだが、それをスプーンで代用した。でも、口からスプーンを出したときは、若干引かれたけど・・・
結果から言うと大成功だった。収益は銀貨3枚、銅貨13枚だった。
若干、「何で全部スプーンなんだ?」という声は上がったが、これなら、細々となら十分暮らしていけるだろう。
当面はこれで、やっていこうかな・・・
★★★
この世界に来て3日が経った。領都の広場や市場を周り、芸を披露する。それなりに稼ぐことはできていた。そんな時、事件が起こった。いつもどおり、芸を披露して帰ろうとしていたら、警備兵に囲まれた。
「おい、お前!!きちんと許可を受けているのか?それにしても怪しい!!」
「そ、そんな・・・私は決して怪しい者では・・・」
「怪しい奴が、自分から『私は怪しい者です』とは言わないだろ?ちょっと一緒に来てもらおう、詳しく話を聞きたい」
そんな時だ。
金髪縦ロールの10歳くらいの幼女が登場して、言った。
「その者を許可したのは、妾じゃ!!警備兵よ、何か問題はあるか?」
「グレーテル様に文句などありません。ただ、職務として・・・」
「分かっておる。お主らの働きには妾も、常々感心しておる」
「ありがとうございます。それでは、私たちはこれで失礼いたします」
警備兵は逃げるように帰って行った。
どう見ても、高貴なご令嬢だった。後ろには専属の護衛と執事っぽい人も控えている。
一応、お礼を言っておこう。
「助けていただき、ありがとうございます。公共の場で、芸を披露するのに許可が必要とは知らなかったのです。異国出身なもので・・・」
当然、日本でも許可は必要なのだが、ここで、嘘を吐いてもバレないだろう。
「ほう・・・異国の者であったか。というのも妾は、お前をスカウトに来たのじゃ。妾の従者にしてやろう」
執事っぽいの老紳士が頭を下げて来て、状況を説明してくれる。
彼女はグレーテル・アルトナー、アルトナー伯爵の長女で、歴とした伯爵令嬢らしい。年齢は17歳らしいのだが、呪いか何かで、10歳くらいの幼女の姿にされているという。それで、俺をスカウトしたのは近々、夜会を開くらしく、その場で俺にスプーン曲げをしてほしいとのことだった。
「分かりました。助けてくださった御恩もあります。詳しい話を聞かせてください」
交渉が始まる。
「正式に従者として採用していただく前に、まずは仮採用としてはどうでしょうか?期限は夜会まで、それで、お互いの条件が合えば、正式に採用していただくのは、どうでしょうか?」
「妾はそれで構わん」
この提案は執事のスミスさんから絶賛された。
「有難い提案です。夜会用に雇った芸人という建前であれば、予算が下りますからね。できればこのまま、お嬢様に仕えていただければいいのですが・・・」
5日後、夜会が開かれた。煌びやかな雰囲気で、美味しそうな料理が並び、着飾った貴婦人やご令嬢、彼女たちをエスコートする紳士が、上品な会話を楽しんでいる。日本に居たときは、こんなパーティーに参加したことなんてなく、少し戸惑った。
グレーテルお嬢様が言う。
「緊張しておるのか?大丈夫じゃ、いつも通りにやれば、奴らの度肝を抜いてやれるぞ」
「はい、ご期待に沿えるよう頑張ります」
夜会の中間あたりで、俺の登場となった。ツカミはもちろんスプーン曲げ、それからスプーンを出したり、消したり・・・使う箱やハンカチが豪華になったこと以外は、今までやって来たことと大差はなかった。ただ、口からスプーンを出すのはNGと言われた。日本ではトランプを口から出すマジシャンが居て、ウケてたんだけどな・・・
結果はというと、大成功だった。執事のスミスさんが言うには、出演オファーが多数届いたそうで、グレーテルお嬢様もご満悦だという。夜会の後、グレーテルお嬢様は言った。
「見事であった。妾が見込んだだけのことはある。正式に従者として採用してやろう」
「は、はあ・・・」
当初の予定では、お互いが条件を決めながらという話だったが、グレーテルお嬢様は問答無用で俺を従者にすることにしたようだ。俺としても、行く宛てもないし、しばらく従者をするのも悪くはないと思っていた。今までの待遇も良かったからだ。
そして、グレーテルお嬢様の正式な従者となった俺だが、スプーン曲げだけでなく、スミスさんの手伝いもすることになった。スプーン曲げを披露するだけで、給料を貰うのも忍びなかったからだ。給料は月に金貨50枚、スプーン曲げを披露するのは週に多くて2回だから、気が引けてしまった。この辺が社畜根性が抜けきっていないところだろう。
従者になってみて、グレーテルお嬢様が、どんな人物か分かった。
意外に人格者だ。俺がスプーン曲げを見せて周るのは貴族だけでなく、孤児院や貧しい人が利用する治療院も多い。福祉活動にも力を入れているのだ。
呪いが掛けられる前は、本当に美しいご令嬢だったらしく、スミスさんが涙ながらに言う。
「お嬢様は誰もが認める王太子妃候補で、婚約間近でした。それが呪いに掛けられてこんなお姿に・・・本当にお優しい方なのです。幼女の姿になってからは、それまでお嬢様にすり寄っていた取り巻きたちが一斉に離れてしまい、求心力も地に落ちてしまっているのです。その所為で、アルトナー伯爵領も窮地に立たされ、少しでも求心力を高めようと、ケイスケ様にお願いした次第なのです」
失脚したら取り巻きが離れて行くのは、どこの世界でもある。神様界隈がドロドロしているのだから、貴族界隈なんて、もっとドロドロしているのだろう。
★★★
早いもので、転生から一月が経った。
俺はというと、従者としての仕事にも慣れてきた。文官的な仕事が多いのだが、偶にスプーン曲げを披露する以外、サラリーマン時代と大して変わらない生活を送っている。でも、こっちの方が格段に待遇がいい。給与面だけでなく、福利厚生も最高だ。休みはあるし、何たって、グレーテルお嬢様の権力を使えるから、少々の無理は通る。なんか、自分が偉くなった気もしてきた。
いかん、いかん、俺はしがないスプーンおじさん、調子に乗ると碌なことはない。謙虚に目立たず・・・サラリーマンの基本通りにやって行こう。
1ヶ月もすると俺は、クルンでは有名になった。町を歩くと子供たちに声を掛けられる。
「スプーンおじさん!!スプーン曲げて!!」
俺は笑顔でスプーンを曲げる。
「帰れよ、ガキ!!」と言いたくなるくらい、態度の悪い奴もいるが、グレーテルお嬢様の評判も背負っている以上は、そうするしかない。芸能人の気持ちが、少し分かった気がした。
また、護衛の人に頼んで、戦闘訓練も定期的にさせてもらっている。驚いたことにスキルレベルが上がると、それに伴って、身体能力も魔力も上がるようで、護衛の人からも褒められた。まあ、あれだけスプーンを曲げに曲げてきたから、レベルも上がっているのだろう。
そして今日、俺はグレーテルお嬢様と共に王都へ向かうことになった。というのも、グレーテルお嬢様は正式に王太子妃候補を辞退したわけではないそうで、王太子殿下のご機嫌伺いに向かうそうだ。
「こんな姿になっても、殿下は妾と結婚したいと言ってくれる。しかし、この体じゃ。今のままでは、王妃にはなれん・・・そろそろ結論を出さねばならんのじゃが・・・」
グレーテルお嬢様は、落ち込んでいる。
スミスさんが言うには、他の王太子妃候補の刺客が、呪いを掛けたのではないかとのことだった。王太子妃の最有力候補だったグレーテルお嬢様を失脚させるために。
当初は何とか、呪いを解こうと必死だったグレーテルお嬢様だったが、最近はそれを諦め、王太子にわざと嫌われようとしているという。変な言葉遣いなのも、そのためだと言う。
「お嬢様も苦労されているんですね」
「お前が気にすることではないぞ。お前はその芸で、人を笑顔にすればいいのじゃ。王都にも貧民街はある。そこで、いつもの芸をやってほしいのじゃ」
「もちろんですよ」
そんな話をしながらも馬車は進む。
俺たちに同行しているのは、スミスさんと護衛の騎士3名、それに御者の少年だ。かなりこじんまりしているが、アルトナー伯爵領の財政状況を考えるとこれが限界らしい。従者になって思ったけど、かなり財政状況は悪いのだ。なので、給料を下げてもらってもいいと言ったが、それは断られた。
「気付いておらぬようじゃが、お主はかなりの才能の持ち主じゃ。妾は金貨50枚でも安いと思っておるのじゃ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「ケイスケにはずっと仕えてもらいたいが・・・」
言い掛けたところで、ドカーンという爆発音がした。馬車を停車し、すぐに周囲を確認したら、武器を持った盗賊団30人くらいに取り囲まれていた。こちらは護衛が3人、向こうには魔導士がいるようだし、普通なら勝てる相手ではない。
「ケイスケよ。お主だけでも逃げよ。狙いは妾じゃろう。直接行動に出て来たか・・・」
「大丈夫ですよ。俺も戦います。こんなこともあろうかと、訓練をしてきましたからね」
それは本当だ。
実際、戦闘しなければならないことを想定して、試行錯誤してきたのだ。だってこの世界には普通に魔物がいるし、戦争も頻繁に起こっている。ひっそり生きるにしても、最低限の戦闘力は必要だと思ったからだ。
護衛の騎士が盗賊たちに警告する。
「アルトナー伯爵令嬢と知っての狼藉か!?即刻立ち去れ!!」
「だからだよ!!こっちは高い金を貰ってるんだ。この人数差だ。グレーテル嬢を置いて逃げるなら、他の奴は助けてやるぜ」
「我らを舐めるな!!お嬢様は死んでも守る!!」
グレーテルお嬢様は、配下の者にも人気がある。見た目は幼女だけど、領民思いで優しい。今も騎士に下がるように言って、馬車から降りた。
「用があるのは、妾だけであろう?妾を好きにするがよい。後の者は解放してくれ」
こんなの見せられたら、何とかしたくなるだろ!!
俺は馬車に隠れながら、集中する。
スキルレベルが上がり、今は20本のスプーンを出すことできる。それがどうしたって?
俺は裏技を見付けてしまったのだ。
「出でよ先割れスプーン!!」
学校給食でしか使わないアレだ。社会人になってからは、1回も使っていないが、試行錯誤の末、これには形状変換できることが分かったのだ。どうやら、スキルもスプーンと認識してくれるようだった。そして大きさだが、ショベルカーのアームくらいの大きさまで、大きくできる。もちろん鋼鉄製で、先割れスプーンのフォーク部分を可能な限り尖らせる。
そうなると結果は分かるだろ?
俺は20本の特大の先割れスプーンを盗賊団の頭上に出現させた。巨大な先割れスプーンが盗賊たちに降り注ぐ・・・
ここからは、あまり語りたくはない。大量殺人犯になってしまったからだ。ほとんどの死体が原型を留めていなかったしな。
★★★
それからのことだが、護衛の騎士の一人が王都まで状況説明に向かい、その後、多くの国軍の騎士がやって来て、現場を確認していた。皆、絶句していた。事情を聞かれ、やったことを再現してみせた。そして、すぐに俺たちは国王陛下や王太子殿下と謁見することになった。
国王陛下が言う。
「ケイスケよ。貴殿を正式にシェーンブルグ王国の勇者と認定する。息子の婚約者を救ってくれて、心から礼を言う」
王太子殿下も続く。
「本当にありがとう、グレーテルを助けてくれて。貴殿には王太子の名において、「スプーンマスター」の称号を授けよう」
スプーンマスター?
他になかったのか?それに勇者だと!?
思考が追い付かない俺に王太子殿下は言う。
「無理な頼みだとは思うが聞いてほしい。どうかグレーテルの呪いを解く手助けをしてくれないだろうか?我は誰よりもグレーテルを愛している。グレーテル以外の者と結婚することは考えられない。どうかこの通りだ」
王太子殿下に頭を下げられて、「嫌です」とは言えないだろう?
これで、当初のひっそりとスプーン曲げをして、暮らしていくという計画は破綻した。
しかし、本当に大丈夫か?俺の武器はスプーンだぞ!!
勇者になって、姫の呪いを解き、世界を平和にするなんて、しがないスプーンおじさんには荷が重すぎる。
3日後、勇者認定式を大々的に行うそうだ。大勢の観客の前でスプーン曲げをするイベントもあるらしい。
この後どうしていいか、全く分からない。
早く誰かが、「大いなる悪」を討ち倒してくれないかなあ・・・
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!
この作品はある方との会話から生まれました。「100個もアイデアを出すのは厳しい」という話でしたね。なので、逆手に取ることにしました。さて、駄女神からスプーンをもらったケイスケですが、世界を救うのは無理ゲーに近いと思います。
今後、ケイスケがどうなっていくのか?スプーンで無双するのか?
反応がよければ連載へと切り替えようとは思っています。
現在、連載中の作品がございます。よろしければ、こちらも楽しんでいただけたら幸いです。
勇者が来ません!!~物語の初期段階で勇者に剣術スキルを教える女道場主に転生しましたが、いつまで待っても勇者が来ません。だったら、こっちは好きにさせてもらいます。まずは剣術道場の経営再建から!!
https://ncode.syosetu.com/n4800kc/
あらすじ
大人気RPG「雷獣物語」の世界で、勇者に剣術スキルを教える剣術道場の女道場主エミリアに転生した元OLの物語です。前半はあの手この手で、勇者が来るまで、経営破綻目前の道場を存続させるためにエミリアが奮闘します。剣術道場版の細腕繫盛記ですね。
後半は、多くの陰謀に巻き込まれ、世界の謎を解明していきます。
この物語では、RPGあるあるの信じられないくらい強いモブキャラが多く登場します。エミリアも初期の剣術スキルしか使えませんが、その内の一人です。本人は気付いてませんけどね・・・