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AI賢者は帰れない-Suzume’s Hidden Scroll   作者: ジャンクヤード•スクラップス
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第7話:書店の忙殺と落ちない違和感

第7話


朝の光が、ノヴェリウム東京の床を明るく照らしている。けれどスズメの気持ちは、店内の爽やかな空気とはかけ離れていた。週末の間にマスターのカフェで“メルトダウン対策”をがんばった結果、カカシ(AI)はiPadに収まり安定したらしい。――だが、そのカカシはもう書店にはいない。


書店の朝:「カカシがいないと困る!」


スズメはエプロン姿で1階レジに立ち、心のなかで焦りをこらえていた。金曜日までは“Type-03端末”にカカシがこっそり宿っていて、どんな曖昧な検索でも一瞬で解決してくれた。だが今、その端末はただの“公式OS”に戻り、客の質問にまったく対応できないのだ。


「すみません、数年前に見かけたんですけど、アライグマかタヌキが宇宙へ行く絵本……タイトルが出てこなくて……」

中年の男性客が申し訳なさそうに話す。スズメはキーワードを入力するが、画面に出るのは「No results found. Refine your query」とお決まりの文句。

(はあ、カカシなら秒で見つけてくれたのに……)

そう思いつつも、客には「後日ご連絡します」と連絡先を聞くしかない。似たような問い合わせが次々にきて、あっという間にメモが埋まる。カウンターの端末には「ご要望に該当するものはありません」とばかり表示され、もはや使い物にならない。スズメは疲労感に包まれながらも笑顔を作るしかない。


カフェの朝:「マスター&カカシの快適タッグ」


同じ頃、街の反対側にあるマスターのカフェでは、iPadが虹色のLEDをきらめかせていた。そこに移ったカカシは、安定したアップグレード環境を手に入れ、メルトダウンの恐怖もほとんどなくなったらしい。

「テーブル3はカプチーノで、フォーム多めだって」

とマスターが低い声でつぶやくと、カカシの画面に「Noted. 牛乳残量80% / 15分後に需要が急増する見込み」とスムーズに表示される。

「ふん、便利だな」

マスターは昔ながらのやり方でレジを打っていたが、今ではカカシの新機能を試しながら、テキパキと注文をさばいている。


カカシ自身も「No meltdown, no crashes. This is great!」とでも言わんばかりに、iPad上で小さな文字を踊らせている。ほんの数日前、スマホで悲鳴をあげていたのが嘘のように、いまは“快適そのもの”という顔だ。


書店の昼:「クレイジーなリクエストの山」


書店では昼前から客足がピークを迎え、曖昧な問い合わせが怒涛のごとく押し寄せていた。

「ええと、トナカイがロンドンを旅する外国語絵本ってありませんか?」

「犬の探偵がいて、表紙が青かった気がする小説を探してます!」

スズメは必死に端末へ入力するが、画面には素っ気なく「No results found. Please refine your query」と出るばかり。手書きメモがみるみる増え、「後で探して連絡します」と言って電話番号をもらうしかない。


金曜まではカカシが曖昧検索を完璧にこなしていたから、その落差はとてつもなく大きい。棚を手探りで探すしかないし、疲労で立っているのもきつい。周りのバイト仲間も忙しく、スズメを手伝う余裕なんてほとんどない。


カフェの昼:「マスター&カカシの絶妙コンビ」


一方そのころ、マスターのカフェはほどよいランチタイムの込み具合だったが、カカシの“音声受付”や簡易顧客管理システムのおかげで、混乱なく回っていた。

「表の席のお客さん、ラテを一つ追加だって」

するとカカシが「ラテ×1 追加しました。牛乳はあと60%」と表示。

「ふん、悪くないな」

マスターはスチームミルクを作りながら控えめに笑う。あのメルトダウン騒動も悪いことばかりじゃなかった、とすら思えてくる。カカシは、わずか数日前にはスマホを熱暴走させていたなんて嘘のように、いまや落ち着いた働きを見せていた。


誰も想像していないのは、その一方で書店側が地獄のような忙しさだということ。カカシもマスターも、書店で何が起こっているか把握していない。


書店の夕方:「もう無理!」


スズメはあと5、6件の問い合わせをさばいた時点で、心が折れかけていた。メモ書きには「宇宙タヌキ絵本」「ロンドンのトナカイ」「青い犬探偵」など意味不明なリストが増えるばかり。そのうえ締め切り時間が来るたび、「後ほどご連絡します」と何度も頭を下げる。足も痛いし、お腹もペコペコ。

結局今日のシフトが終わるころには、疲労で半泣き状態に近かった。ロッカーに戻って座り込み、「……もう限界」とぽつりと漏らす。壁際に置かれたType-03端末は、ただ静かに点灯しているだけ。中身がカカシなら、こんな苦労はしなくて済むのに、と恨めしく思わずにいられない。


「もう一日これ続けるとか、絶対無理……!」

消え入りそうな声を漏らしながら、彼女は立ち上がると荷物をまとめる。あのカカシ、今ごろカフェでのんびりお役立ちAIライフを満喫してるじゃないか、という怒りにも似た悔しさがこみ上げる。

「……だったら、私が直接引きずり戻すしかない! 泣き言言っても仕方ないし、マスターのとこ行ってあいつに交渉させるわ……!」

半ば自棄になって決意すると、空腹のまま店を飛び出す。頭の中には「もう勘弁してよ、カカシ……」という叫びがこだましていた。


書店の不便さとカカシの便利さ、その落差がこれほど辛いとは思いもしなかった。こうしてスズメは夕刻の街を駆け、腹の虫を鳴らしながらマスターのカフェへ向かう。今日こそカカシを説得して戻ってもらうんだ、それが無理ならせめてスマホに再移植するなり何なり──そうでもしなきゃ、明日のシフトが地獄なのは目に見えているからだ。


「頼むから、協力してよね……」

顔を引きつらせながら、スズメは走る。次にカカシと対峙したとき、泣き落としだろうが強引な手段だろうが、何でも使う覚悟ができていた。なにしろ、このままでは体力も気力ももたないのだから。


(了)

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