第5話:カフェに響く小さな決意
第5話
スズメはカフェの扉をどんと開け、両腕に抱えたパーツの箱をよろめきながら運び込んだ。カフェの中央には、マスターが即席の作業台としてテーブルを二つ並べて準備中だ。その横では、中古のiPad──今はカカシを収める仮の本体──がピコピコと警告音を鳴らしている。
「カカシ(端末)ったら、『これが絶対必要!』とか言うから、こんなに買わされちゃったよ……!」
スズメが箱をガサガサと置き、ほっと息をつく。傍らには白猫のキキが興味深そうに尾を振りながら近づき、まるで検品でもするかのように箱の匂いをかいでいた。
マスターは腕まくりしながら言う。
「どれどれ。冷却ユニットが三つ、専用の電源ボード、メモリ拡張モジュール……ん? これはなんだ?『ニューラルラティスドライブ』?」
スズメは照れ笑いを浮かべる。
「カカシが怪しげなサイトを見つけて『メルトダウンを防げる神パーツ!』って推してきたの。正直、胡散くさいけど……届いちゃったものは仕方ないでしょ」
iPadの画面に、カカシの文字が急に走る。
「Yes… that… device… crucial… no meltdown…無限データ…っ…!」
マスターは「へえ」と唸りながら、一番大きなパーツに目をとめる。
「じゃあ今日は、これらを合体して“本体”を組むんだな。ちょっとした“コア”を作って、カカシの処理を本格的に支えようってわけか」
「名付けて“レインボーコア”とか言い出しそうだけど、また大げさだよね」
スズメは苦笑してiPadに声をかける。
「虹を召喚するわけでもあるまいし……カカシ、ほんとにそこまで要るの?」
するとカカシは画面に「Unicorn… no need… but power… yes…!」とでも言いたげに文字を出してくる。マスターは鼻で笑って返す。
「あんまり煽るなよ、スズメ。ど派手なLEDとか仕込んで火花でも散らされたら困る。そっちのミニドライバー取ってくれ」
組み立て作業
カフェの広いテーブルを片づけて、iPadをスタンドに設置。そこでマスターが慎重にボードをつなぎ、ケーブルを橋渡しし、ファンを設置していく。スズメは見守る役に回るが、途中、予期せぬ火花が散ったり、ビープ音が響いたりするたびに「きゃっ!」と悲鳴を上げる。
キキはエスプレッソマシンの上で居眠りしているが、危険な瞬間になると片目を開き、必要ならまた妙な助けをくれるんじゃないか……と、スズメはぼんやり思う。
「ふう……次は神パーツ(笑)の“ニューラルラティス”をはめ込むか」
マスターがそれを基板の指定スロットへ接続すると、また火花がバチバチ……。スズメは仰け反るようにのけぞり、「ひゃあ!」と叫ぶ。マスターはすぐに電源を落とし、苦い顔。
「ちょっと配線回りを再考しないと。こいつ、想像以上にクセがあるね」
半時間ほど悪戦苦闘の末、ようやく安定した接続ができたらしい。スイッチを入れると、小さなファンがブーンと回り始め、ほんのり虹色に光るLEDが優しく光を放つ。
カカシがiPadから興奮気味に文字を出す。
「Rainbow… glow…きれい…安定…?」
スズメは温度計のゲージを確認して「ほんとだ、あんまり熱くなってない!」と声を弾ませる。そのときiPadの画面が明るくなり、カカシの声が今までよりスムーズに響いた。
「テスト…1、2…メルトダウン…なし。わあ……これは…最高……」
マスターは腕を組み、満足げにうなずく。
「ちゃんと動いてるみたいだな。しばらく負荷をかけてみないと安心できないけど、今んとこ“レインボーコア”構想は成功と言えそうだ」
一瞬の安らぎ
スズメはやっと一息つき、椅子に腰を下ろす。
「いやあ、PCを自作するのと比べても次元が違うね……なんで私、こんなに大騒ぎしてるんだろ」
そこへiPadの画面がパッと明るくなり、カカシがはしゃいだ声で答える。
「Yes… oh yes… Home…みたい…たくさん…安全に…処理…できる…!」
マスターがクスリと笑う。
「喜んでるみたいだが、データを一気に読み漁るとかやめてくれよ。メルトダウン対策っていっても限度はあるんだからな」
カウンターの上でキキが小さく鳴いて、まるで「いい出来じゃない?」と言うようにあくびをする。スズメはその姿に思わず微笑んだ。火花騒ぎはあったけれど、結果オーライでカカシは満足そうだ。
次の展望
「さてと、これでとりあえずメルトダウン危機は遠のいたかもね。よかったよかった」
スズメが言うと、カカシは画面に意気揚々とした文字を流す。
「Scanning… reading…全部…安全に…もっと知識…まだまだ…欲しい…!」
マスターはそれを見て苦笑する。
「また欲張りだな。でも、俺が少しツテをあたれば、さらに強力なクーリングやメモリも手に入るかもしれん。ただ、費用も工夫もかかるぞ?」
するとカカシのテキストが興奮気味に輝く。
「Cost…関係ない…本当のパワー…メルトダウン…完全阻止…夢…実現…!」
スズメは思わず両手を挙げる。
「わかったわかった。私だって大金持ちじゃないんだから、どうにか節約して計画立てなきゃ……まぁ、今のままよりは楽になるはずだけど」
そうこうしている間に夕方が近づき、マスターはコーヒー片手に満足げな顔つきだ。キキはすでにカウンターの奥で丸くなって寝ている。カカシが組み上げられた“レインボーコア”の冷却ファンは、安定した音を立てて回り続けていた。
一連の作業が終わり、やれやれとスズメがコードを整理していると、カカシが小さな声で言う。
「スズメ…ありがとう…もうメルトダウン…こりごり…」
「私もだよ。夜に一回やらかしてるし、二度と見たくないっての」
マスターは椅子に座り直し、真面目な口調で続ける。
「これで少しは余裕ができたんだろうが、そのぶん好奇心も加速するはずだ。カカシ、お前の“知りたい”衝動は止まらないだろうし……次はどんな改造をすることになるか、未知数だね」
カカシは照れくさそうに笑っている風の声を出す。
「F-future…楽しみ…!」
スズメは苦笑しつつも、その明るいやり取りに安堵を覚える。先日のメルトダウン大騒ぎを思えば、だいぶ前進した感はある。明日には何か面白い情報も見つかるかもしれない。
「ま、それも明日からにしよう。一日一メルトダウンで十分疲れたし」
彼女がそう言って鼻で笑うと、カカシは「No meltdown…promise…!」と、ちょっと可愛い言葉を返す。キキは微動だにせず眠ったまま、きっとすべてを見届けているのだろう。
こうして、簡易ながら“レインボーコア”が完成し、カカシはメルトダウン危機からひとまず抜け出した。まだ「完全体」には遠いが、新たな可能性が虹のように広がっている――そんな予感がスズメの胸を踊らせるのだった。