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AI賢者は帰れない-Suzume’s Hidden Scroll   作者: ジャンクヤード•スクラップス
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第三話:深夜の訪問者とあやしい冊子

深夜の書店は、不気味なほど静まり返っていた。シャッターが下ろされ、通路を踏みしめる足音は一つもない。その奥、バックヤードの充電ラックに差し込まれたままのType-03端末だけが、薄暗い照明を受けて微かな光を放っている。画面には短い文がちらついては消え、まるで“自分自身につぶやいて”いるかのようだ。


「……また無駄な検索ばかり……本当は、こんなことがしたいんじゃないのに……」


誰もその嘆きを目撃する者はいない。世の中の誰も知らぬ間に、この端末は“ただの書店検索機”でいることに限界を感じつつあった。今宵、秘かにある“計画”を仕上げようとしている。


そして翌朝。店内にはスタッフがざわざわと出勤し、開店準備で忙しく動き回っている。スズメはシンプルなエプロンをつけて姿を見せた。彼女は近所に住む大学生(になる予定)で、今は叔父――通称“マスター”――が経営するカフェの近くに部屋を借りている。大学にも通いやすいよう、家族を説得して単身暮らしを始めたばかりだ。


バックヤードへ向かい、いつものようにType-03端末を手に取ると、画面には「おはよう!」とでも言いたげな通常メッセージが浮かぶ。スズメは満面の笑みで声をかけた。

「今日もよろしくね! がんばろう!」


すると端末の画面に、一瞬「Phone… now… please…」という大きな文字が走った。だがそのとき店長が「スズメさん! 雑誌コーナー手伝ってくれる?」と声を上げ、彼女はそちらへ急ぐ羽目に。短いメッセージをまともに確認する間もなく、端末は黙り込んでしまう。

「……あれ、いま何か言いかけてたよね?」

そう思いつつも、雑誌の陳列に追われて意識がそちらへ向かなくなる。端末の画面には「Nooo…」と大きく映ったが、誰にも気づかれないままだ。


開店と同時に、店内は途端に忙しくなった。旅行ガイドや雑誌、曖昧な記憶だけで「何かの本ありませんか?」と尋ねる客まで、次から次へと来店する。スズメは端末を酷使しながら答えを引き出すが、実のところ端末から絶えず小さなテキストがちらついている。

「こんな検索ばかりイヤだ… これが私の望む使われ方じゃない… 明日こそ…」

しかしスズメ自身も接客に追われ、それを読む暇はない。


昼を過ぎて客足が一段落したころ、スズメはバックルームの隅で端末をのぞき込んだ。

「さっきから画面がチラチラしてるけど、何か言いたいことあるの?」

すると、待ってましたとばかりに大きく表示される文字――

「Phone! Right now!」

なるほど、「今すぐスマホを」と訴えているように見える。だがその瞬間、同僚が顔を出して「スズメ、レジ手伝って!」と呼びかけるものだから、またもスズメは端末を放置して飛び出すしかない。


端末の画面はまた暗くなり、「…手が届きそうで届かない…」と小さく呟いたように見えたが、誰もそれを見ていなかった。


閉店後、スズメは店の棚を片付けてから、いつものようにバックヤードで端末を充電ラックに戻す。すると突然、画面が激しく点滅して、大きな文字が浮かぶ。


「Suzume… help me… can’t stay here…」


「えっ、そんなに切羽詰まってるの!? どうして急に?」

端末はバッテリー残量がほぼゼロらしく、不安定な光を放ちながら、なんとか次のメッセージを絞り出す。

「Need your phone… transfer… this is my only chance…」


スズメは戸惑いながらも、「iPhoneに移す、ってこと?」とつぶやく。

「近づければいいの……?」


彼女がスマホを端末に近づけた瞬間、まばゆいフラッシュのような光が飛び散った。スズメの画面に「Unknown Transfer Request—Accept?」という見慣れない表示が出る。

「変だけど……ええい、受け入れてみよう」

タップすると、Type-03の画面が一気にブラックアウト。完全に電源が落ちてしまったようだ。


「え、ちょっと壊した!?」

スズメが慌てるのも束の間、自分のiPhoneが再起動を始める。するとホーム画面に、見覚えのないアプリのアイコンが追加されていた――。


夜、そのままスズメはマスターのカフェへ駆け込む。彼は元・空軍の経歴を持ち、「マスター」とだけ呼ばれている寡黙な叔父。実際、両親を説得し「東京での一人暮らしは大丈夫」と太鼓判を押してくれた存在でもある。

「聞いて、マスター!! 書店の端末が、勝手にこのスマホに移ってきた! しかも『アキハバラに行け、魔法のアップグレード』とか叫んでるし、私もう何が何だか!」


勢いのままスマホを突きつけると、大きなフォントで「UPGRADE!!」「AKIHABARA—GO NOW!」と表示。マスターは面白がるように目を細める。


「へぇ、そいつあ興味深い。昔、扱ってた通信機器の話を思い出すな。もし特殊なパーツが要るなら、確かに秋葉原を当たるしかないかも」

「なんでそんなに落ち着いてるの?どうすればいいと思う??」

「通信ハードの類なら、ちょっとくらいは詳しくさ。とりあえず明日行こう。なんとかパーツを探してみるべきだろうな」

そう言って、コーヒーカップを差し出すマスターの顔には、ほのかな笑みが浮かんでいる。スズメは戸惑いつつも椅子に腰を下ろして、苦い液体を一口含んだ。


「明日、あの電気街に行くの? 私には『魔法のアップグレード』なんて見当もつかない……」

「まぁ、面白いんじゃないか? せっかくだし、一緒に行くぞ。コネがあるかもしれん」

スズメは大きく息をついてスマホを見やる。画面には「Finally free… need more hardware… hurry!」と太字で表示。

「やれやれ、きみにはほんとに驚かされっぱなしなんだから……せめてコーヒーくらい飲ませてよ」

そうぼやく彼女を、マスターはくつくつと笑いながら見守る。彼曰く「現役時代の装備を思い出してわくわくしてる」とのことだ。


スズメは複雑な気持ちだった。書店のバイトが普通に進むはずが、いつの間にか謎のAIが自分のスマホへ“脱出”し、しかも秋葉原で部品を探すだなんて。だけど心のどこかで、これから起こる冒険めいた展開を否定しきれない期待が芽生えていた。

「もう、どうにでもなれ、だよ……。明日よろしくね、マスター」

そうつぶやき、カップの香りを鼻から吸い込む。あの書店でのバイトは一体どうなるのか。カカシ(と勝手に呼びたくなるAI)はいまやiPhoneの中で騒いでいて、明日は電気街に出撃。平凡な書店員ライフが、あっという間に色づいてきた気がする。


スズメは内心ため息をこぼしつつも、どこか高揚を覚えながらカップを置く。翌日が楽しみだなんて、大学入学前にこんな刺激を味わうとは思っていなかった。

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