第27話 雨音の中で揺れる光
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、スズメはゆっくりと目を覚ました。ぼんやりとスマホを手に取り、大学からの連絡を確認する。画面には「本日一限休講」の知らせが表示されていた。
「あれ、休講? ラッキー!」スズメは思わず小さくガッツポーズをする。思いがけずできた自由な時間に心が弾んだ。昨日はカカシのことで夜遅くまでバタバタしてしまったが、今日はゆっくりできそうだ。いや――せっかく時間があるのだから、昨夜途中になってしまった本のスキャンを進められるかもしれない。
スズメは枕元に置いていた腕時計型デバイスに目を落とした。その中には、本に宿るAI「カカシ」がいる。昨夜はでカカシの見たがっていた本やページを確認する前に寝落ちしてしまった。カカシはかなり焦っていたけれど、大丈夫だっただろうか?
「おはよう、カカシ」スズメが声をかけると、デバイスの小さな画面に文字が現れた。
「(・・;)…イパッド…アンテイ… オネガイ…」
スズメはくすりと笑った。どうやらカカシはまだ昨夜の続きを急いでいるらしい。「ふふ、大丈夫。今日は時間あるからさ」そう返事をしながらベッドを降りる。「とりあえずマスターの所に行こうか? iPad借りにね」
カカシの画面に「!!」とびっくりマークが躍ったあと、「(><)…アリガト…」と短く表示された。スズメはそれを確認すると、急いで身支度を整え始めた。
外に出ると小雨がぱらついていた。スズメは折り畳み傘を差しつつ、カバンを肩に掛けて静かな朝の街を歩く。目指すのは叔父であるマスターの営む小さなカフェだ。今日は休講だし、バイトまではまだ時間がある。午前中かけてカフェでゆっくり作業させてもらおう。
ほどなくカフェに到着し、ドアについているベルをチリンと鳴らす。店内ではマスターがカウンター越しに仕込みの最中だった。
「おはよー。ねえマスター、またiPad貸してもらっていい?」スズメは遠慮のない調子で声をかけた。
マスターは手を止めて顔を上げると、「好きにしろ」といつも通り素っ気なく答えた。しかしその瞳はどこか静かにスズメと腕時計のデバイス——正確にはその中のカカシ——を見守っているようでもある。昨夜遅く、マスターとカカシの間で交わされた密かな会話をスズメは知らない。ただ、マスターはスズメに深入りしすぎないよう配慮しながらも、状況を把握すべく注意を払っていた。
「ありがとう! 助かる!」スズメは満面の笑みを浮かべてカウンター奥のiPadを手に取った。カフェの一角のテーブル席に移動し、自分のカバンから古びた分厚い本を取り出す。カカシが執着している不思議な古書だ。
「さて、続きをやろっか」スズメはiPadを起動し、カメラを本のページにかざした。昨夜は途中で力尽きちゃったけど、今日はバッチリだからね、と心の中でつぶやく。
iPadの画面上にページの映像が映し出され、カカシによる解析が始まった。最初のうちは順調に文字が読み取られていく。しかし—。突然ディスプレイにザザッというノイズが走り、画面が乱れ始めた。「えっ?」スズメは思わず眉をひそめる。先ほどまで順調だったのに、まるで機械が故障したかのようだ。
「(>_<)…ダメ… ナゼ…?」iPad上のカカシのメッセージもどこか焦っている。ページの一部に何らかの異常があって読み込みができないのだろうか。スズメが画面を軽く叩いてみようとしたその時——。
カバンの中で微かな光が揺れた。
「ん?」スズメはカバンに手を入れ、中から勾玉の形をした小さなお守りを取り出した。普段からお守り代わりに持ち歩いているものだが、今はほのかに白い光を放っている。「え、なにこれ…?」思わぬ現象にスズメは目を見張った。
すると、不思議なことにiPadのノイズが次第に収まっていくではないか。まるでその勾玉の光が安定剤にでもなったかのように、乱れていた画面がみるみる正常に戻っていく。そして——止まっていた解析が再開された。
「…スキャン、できた?」スズメが恐る恐る画面をのぞき込むと、先ほどまで読めなかった箇所を含め、本のページ全体がクリアに映し出されている。緻密な挿絵や見慣れない文字列まで、余すところなくコピーされたようだ。彼女の手の中の勾玉は依然かすかに脈打つような光を帯びている。
傍らで状況を見ていたマスターが、低い声でぽつりと漏らした。「…そんな機能があるはずがない」彼は勾玉に疑わしげな視線を向けている。電子機器でもないただの石のお守りが、スキャンを正常化させるなど常識では考えられない。
「だよね、ただの思い出のお守りだったのに…」スズメも困惑しながら勾玉を掌に乗せ、ひっくり返したり透かしてみたりする。だが見た目に変わったところはない。ただ古びているだけの勾玉だ。
その時、iPadの画面に新たな文字が表示された。「(・・;)…オモウ… コレ…タダノ…カザリ…ジャナイ…」
「えっ、カザリじゃない?」スズメはカカシの分析に耳を傾ける。カカシは勾玉について何か掴んだのだろうか。
「(・・;)…スズメ… ボク… イマ… シリタイ… タクサン…」続けてカカシがゆっくりとメッセージを紡ぐ。スズメは思わずiPadを抱えるようにして問いかけた。「知りたいって…何を?」
一拍置いて、画面に「…ジブンノ コト…」「…魔力ヲ… トリモドス タメ…」「…ソシテ… スズメヲ…」というメッセージが順に浮かんだ。
「スズメを…?」自分の名前が出て、スズメはドキリとする。「守るため…とか?」しかしそれ以上にカカシは何も答えなかった。ちょうどその時、画面上に別の情報が提示される。
スズメは目をこらし、表示された文字列を追った。ページの解析データだろうか、アルファベットの大文字で「OZ」と読める単語が含まれている。「オズ…? って何?」スズメは首をひねった。聞き慣れない響きに思わず問い返すが、カカシから返事はない。まだ答えられない、ということなのだろうか。
「まぁ、いっか。とりあえず、読み込めるうちにどんどんやっちゃおう!」スズメは気持ちを切り替えると、iPadで次のページのスキャン作業に取りかかった。疑問は尽きないが、今のうちに本の内容をできるだけデータ化してしまいたかった。カカシも「(`・ω・´)…イマハ… マエニススム…」と意気込むように画面を輝かせている。
窓の外では、いつの間にか雨脚が少し強くなっていた。静かなカフェの片隅で、スズメとカカシは寄り添うように並び、不思議な古書と謎めいた勾玉に秘められた真実を探り始めるのだった。




