第24回 ストロベリーフィールズと銀の勾玉のヒミツ
古書店を出てから数分、スズメとユキは緩やかな坂道を上がっていた。さっきまでの怪しげな本や埃だらけの空間とは打って変わって、通りは適度に人が往来している。陽射しが少しずつ射しこんできて、あの陰鬱な記憶が遠ざかっていくようだった。
「えっと、確か……この辺かな? “ストロベリーフィールズ”ってお店があるはず」
ユキが指さした先、ガラス張りの外観と可愛らしいイチゴの看板が見える。英字で“Strawberry Fields”と書かれたロゴが目に留まり、パステル調の内装らしきものがちらりと見えた。ちょうど何組かの女性客がパフェを囲んで盛り上がっているのが外からでもわかる。
「うわ、甘い香りが漂ってる……これは期待できそう」
スズメは鼻をくすぐる甘い匂いに胸が弾む。ユキも「私も初めて来るんだけど、評判いいみたい」と頷き、笑顔でガラス戸を開けた。
店内に足を踏み入れた途端、ふわっと冷房の涼しさと苺やクリームの甘い香りが身体を包む。ジャズや昔の洋楽のメロディが流れていて、壁にはビートルズやカーペンターズの小さなポスター。落ち着いた雰囲気だが、入ってすぐのところにいる何組かがユキの姿をちらと見て、わずかに目を見張ったようだった。
ユキはロシア系の血が混じった色素の薄い髪と、透き通るような白い肌を持つ美人で、普段から人目を引きやすい。それでも彼女自身は慣れているのか、まったく気にする様子もなくスズメと並んで店員に二人で入店した旨を伝える。スズメも「そうだよね、ユキちゃんはこういう視線慣れっこだよね」と少し苦笑しながら、奥のテーブルに案内されるのを待った。
「こちらどうぞ」と通された先は、やわらかな木目のテーブルが並ぶエリア。BGMはちょうどビートルズが流れているらしい。店員のおすすめもあって、スズメは迷わずイチゴパフェを、ユキは色とりどりのフルーツパフェを注文し、わくわくしながら席に落ち着く。
「古書店の空気から一転、いい匂いと涼しさ……最高だね」
スズメがこっそり漏らすと、ユキがくすっと笑う。「そんなにすごい場所だったの? 古書店って。」
実際、棚から本が勝手に落ちたりと不気味な出来事はあったが、ユキに詳しく話すかどうか迷う。スズメは言葉を濁しかけたところで、鞄から財布を取り出そうとして、革製のカードケースから銀の勾玉チャームがちらりと覗いているのに気づく。これは大学の入学式の頃、マスター(おじさん)からもらったもので、もうすっかり日常に溶け込んでいて普段はあまり意識していなかった。
「あ、スズメちゃん、それ……勾玉だよね? 銀色のやつってあんまり見ないし、可愛いな」
ユキが目をとめて声をかける。スズメは「おじさんのプレゼントで、入学式の時からずっとこれに付けてるんだ」と軽く説明する。ユキはパッと表情を明るくし、「勾玉って、実は日本の古代とかオカルト好きな人にとってすごくロマンあるんだよ」と語りだした。
「え、ユキちゃんそういうの詳しいの?」
「あはは、見た目と違うってよく言われるけど、私は埴輪や土偶とか、古墳巡りが好きでね。勾玉も、時代ごとに素材とか形が違うし、神秘的なアイテムってとこがたまらなくて……」
ユキは普段しとやかな印象があるが、こういう話になると目を輝かせて饒舌になる。そのギャップが面白くて、スズメは思わずくすっと笑みをこぼす。「わー、なんか意外! でも面白そう。オカルトとかも好きなんだよね、私。勾玉って護符みたいな力があるの?」
「説はいろいろあるみたいだけど、昔から“三種の神器”のひとつって言われてるし……土偶や埴輪と一緒に出土してる場合もあって、形が独特じゃない? あれが『命の象徴』とも言われるし……って、あんまり長く語ると引かれちゃうかな」
「全然引かないよ! 私もそういう不思議話好きだから、もっと教えてほしいくらい」
スズメが身を乗り出すと、ユキは照れくさそうに微笑む。その時、店員がパフェを運んできて話は一時中断。テーブルに置かれた瞬間、鮮やかなイチゴとクリームのコントラストにスズメは「わぁ」と声を上げ、ユキは色とりどりのフルーツパフェを見て「すごい……写真撮りたいくらい」とテンションを上げる。
「いただきまーす!」
スプーンを入れてひとくち食べるたびに甘酸っぱい幸せが口に広がり、古書店の不気味さも吹き飛ぶよう。店内には洋楽、ちょうどビートルズの曲が流れていて、店名とあいまって軽やかなムードを演出している。
「やっぱり店名は“Strawberry Fields”だから、ビートルズの曲がよくかかるのかな?」
スズメが笑うと、ユキも「だろうね。昔の洋楽好きなんだろう、ここ。BGMの感じが大人っぽくて落ち着くよね」と応じる。周囲のお客さんも焼き菓子やパフェを楽しんでいて、女性同士のおしゃべりやカップルの笑い声が心地よいBGMのように耳をくすぐる。
満足げにパフェを平らげてから、スズメは鞄の中を探って財布を取り出す。再び銀の勾玉がちらっと覗くと、ユキが「あ、やっぱり素敵だなあ」と小声で言う。
「今度、いろいろ調べてみると面白いかも。三種の神器のうちの八尺瓊勾玉って説もあるし、地域ごとに出土する勾玉の形が微妙に違うんだよ。もし興味あれば、一緒に古墳見学とか行きたいな」
「おじさんにも、どこで手に入れたのか今度聞いてみるよ。なんかユキちゃんの話聞いてたら、めちゃくちゃ深そうでワクワクしてきた」
「ふふ、好きなもの語ると止まらなくてごめん。でもそう言ってもらえて嬉しい。もっと詳しい資料とかも見せたいしね」
そんなふうに盛り上がりつつ、お会計を済ませる。BGMはちょうどカーペンターズに切り替わったらしく、優しい女性ボーカルが店内を満たしていた。イチゴの香りが名残惜しいが、二人はそろそろ店を出ることにする。
店員に「ごちそうさまでした」と頭を下げてガラス戸を開けると、外には午後の日差しが穏やかに広がっている。さっきまでの古書店の記憶はやや遠いものになり、ユキの古代トークの余韻とパフェの甘味が胸に残っている。
「ユキちゃん、ありがとね。なんか本当にリフレッシュできたし、勾玉の話も面白かった!」
「こちらこそ。スズメちゃんとおしゃべりしてるとあっという間だし。勾玉、また今度見せてね?」
「もちろん。おじさんにもいろいろ聞いてみるよ」
小さく会釈を交わすと、二人は並んで歩き始める。スズメの腕時計――そこに宿るカカシは今日はずっと大人しく、特に口を挟まないようだ。店を出て人通りのある通りへ合流すると、ユキは「さて、どうする? もうちょっと散策する?」と笑顔を向け、スズメも「いいね!」と明るく答えた。
銀の勾玉が時折かすかに揺れ、日差しを反射して小さく光る。スズメは、それが単なる装飾以上の意味をもつのかもしれないと、改めて胸をときめかせる。いつかユキと古墳や遺跡に行く日が来るかもしれない――そのころには、この勾玉の正体も分かるだろうか。そう思うと、これからの展開が少しだけ待ち遠しかった。
二人の笑い声が坂道に溶け込む頃、店内にはまだビートルズやカーペンターズのメロディが流れ続けている。甘い余韻と、古代への小さなロマン。そのすべてを抱きしめながら、スズメは微笑んだ。彼女は“この先もっと面白いことがありそう”という、曖昧だけれど確かな予感を胸に抱えている。




