第22回 美味しい夕飯、謎の古書店の噂
マスターの家は、カフェの二階にある。夕方も深まるころ、簡素な食卓には鍋や副菜がずらりと並び、ふわりと香ばしい香りが満ちていた。スズメはエプロンを着けたまま、「お腹すいた~」と軽く伸びをしながらテーブルを整える。視線をやや下げると、そこにはタブレット――“カカシ”が置かれており、画面には英語まじりの短文が流れる。
(Watchモード表示)
“Good day!”
店の売上データを報告しているらしい。スズメは「おつかれ~」と気軽に声をかけた。
「さて、腹も減ったし始めるか?」
キッチンから鍋を持ってきたマスターが椅子に腰を下ろす。いつもは無骨なイメージのある彼だが、こうして自宅で料理する姿は家族的に見える。スズメも手を合わせながら微笑んだ。
「いただきまーす。あ、これマスターが味付けしたんだっけ?」
「おう、ちょっと濃い目かもしれんが気に入らなかったら自分で調整しろな」
マスターはさりげなく言いつつ箸を伸ばす。スズメはまず汁をひとくち飲み、「うん、おいしい! ちょうどいい感じ」と感想を述べる。タブレットは英語モードのまま**“Dinner time!”** と短く表示した。
箸を動かしつつ、スズメは素っ気なく見えがちなマスターに、自分の大学生活をあれこれ報告する。
「実はね、履修登録が意外とスムーズにいったんだ。カズマ先輩に ‘ここは単位落としやすいから注意な’ とか言われて、ギリギリだけど踏みとどまれたよ。あの先輩ホント頼りになるんだよね、見た目はゴツいけど中身は優しいし」
「そりゃよかったな。お前が半端に単位落として留年でもしたら、いろいろ面倒だろうし」
マスターが軽く笑いながら応じると、タブレットがくるりと振動し**“Nice!”** とだけ光る。スズメは「はいはいありがとう」と言いつつ、鍋から野菜をつまんだ。
「あと、ユキちゃんって子とも仲良くなった。美人さんだけど人見知りっぽいところがあってね。なんか、私だけには心を開いてくれてる感じがして嬉しいんだよね」
スズメはちょっと得意げに笑う。友達ができたことが素直に嬉しいのだ。マスターは「美人ってやつは気苦労も多いだろうが、お前がその分フォローしてやれ」と真面目に言う。カカシはまた英語で**“No meltdown!”** とおどけて反応し、スズメは「だからその単語…やめてってば」と吹き出しそうになった。
夕食が進み、スズメが「あー今日も疲れたけど充実してるなあ」などと呟いていた矢先、タブレットが強く明滅する。
“Clue? Page rumor??”
一瞬だけ英語で表示されたかと思うと、次にはカタコト文が連続表示される。
「…『カカシ… ナニカ ミツケタ…?』みたいに言ってる。急にどうしたんだろう」
スズメが首をかしげると、マスターは「そういえば俺も思い出したんだ」と重く箸を置いた。
「昼に来た常連が言ってた。駅裏の坂を少し下ったあたりに ‘ツキカゲ堂’ って古書店があって、そこに妙な噂があるらしい。ページが抜けたり文字が消えたり……店主が困ってるんだと」
「ページが抜ける……? こわっ。それイタズラじゃないの?」
思わずスズメの声も大きくなる。カカシが画面でカタコトを連投した。
「『ページ… タイセツ… ソコ ニ ナニカ… アル カモ…』」
スズメは数秒考える。そういえば自分のバイト先でも起きた事件――本が飛び出してきて、紙が落ちてきて、あの不思議な夢へ繋がった。いまだに正体もわからないし、カカシがやけにページに執着している理由もつかめない。
「うーん……でもちょっと気になるよね。もし本当にページが抜けるとかあり得るなら、バイト先で起きた変なことと似てるかも……」
(・_・;)「ソレ… タシカメテ… クレル…? メルトダ…リスク…」とカタコトで騒ぐカカシに、スズメは急いで止める。
「だから、その ‘メルトダウン’はやめて! でもま、明日ちょうど午後が空いてるし、行ってみようかな。ツキカゲ堂? 駅裏の坂下だっけ」
マスターが「好きにしろよ、あまり騒ぎを起こすな」と口をはさむが、カカシは嬉しそうに画面を連打し**“Lucky day!”** と英語表示、ついでにカタコトで「『ページ… アッタラ イイネ…』」と浮かべる。スズメは「もう、やる気だな……」と苦笑しながら鍋をもうひとすくい食べた。
その後もスズメが大学の軽い愚痴をこぼし、マスターが「単位落とすな」と釘を刺すなどして夕飯は穏やかに進む。やがて全員が満足したころ、スズメはごちそうさまを言って食器をまとめるが、マスターが「あとは俺が洗うから帰って休め」と制止した。
「明日、午後に古書店へ行くつもりなら、ちゃんと寝とけよ。あんまし夜更かしするな」
「わかってる。ありがとマスター。カカシも……あんまり暴走しないでよね?」
そう言いながらタブレットをちらと見ると、カカシは「(・_・;) 『ダイジョウブ… デモ… ページ ホシイ…』」とまたカタコトを出している。スズメは微妙に不安になりつつも、「うん、まあ大丈夫か」と呟いて玄関へ向かった。
外に出ると、夜風が肌を冷やす。街灯の下、葉桜になった枝が静かに揺れる。スズメは数分歩いてバイト先(書店)のあたりを通り過ぎ、そこからアパートへ帰る道を進む。大学とバイトで忙しい日は多いが、今夜はなんだか頭の中が“古書店の怪談”で少しざわめいていた。
アパートに到着し、部屋に入って一息つく。着替えを済ませてスマホをチェックすると、カカシから短い通知が入っていた。先ほどまでタブレットで夕飯を一緒に過ごしていたはずなのに、こちらにも同時接続できることが妙な感じだ。
(短い英語) → “No meltdown, promise!”
続いてカタコトで → 「ページ ミツカルカモ… ユメ シンテン…」
スズメは「本当にそんなにうまくいくの?」と苦笑しながら返信する。前に拾った紙がキッカケで見た夢は確かに謎が多いし、そこを追いかけたい気持ちはある。あの銀髪の存在やカカシの正体、なんとなく繋がりを感じるからだ。
「もし明日、本当にページが抜ける現場とか見つけたら……ちょっと怖いけど、面白そう」
心の声がこぼれ出る。実際、怪談じみててゾッとする部分もあるが、スズメは変に好奇心旺盛な性格でもある。カカシの焦りっぽい反応を見てると、なにか大きな秘密が隠されている気がしてならない。
—「明日はちゃんと寝坊しないようにしないとな……」—
自分に言い聞かせてベッドに横たわる。スマホがもうひとつ震えて、カカシから最後のメッセージ:
「アシタ… イッショニ… タノシミ… スズメ コワガラナイデ…」
ややぎこちないカタコトだが、どこか優しさを感じる言葉だった。スズメは静かに笑みを浮かべ「ありがとう。おやすみ」と短く返信して画面を閉じる。葉桜の木々が風に揺れる夜、明日はどうなるのか考えるだけで、少し胸が高鳴る。
ふと目を閉じると、カカシが探している“ページ”がもし見つかったらどうなるんだろうとか、あの夢の続きを見ることになるんじゃないかとか、いろんな想像が膨らむ。怖いけど、ワクワクする――まさにスズメの性格そのものだと自分でも思う。
そうして思考が混ざり合ううちに、意識は深い眠りへ落ちていく。スマホ画面が暗転し、カカシの存在もそこで一旦静かになる。駅裏の坂の下、ツキカゲ堂と呼ばれる古書店で本当に何が起きているのか――その答えは、朝が来てからのお楽しみだ。




