第20回 大きな先輩と、ちょっと遅めのランチ
オリエンテーションがすべて終わり、時刻はすでに午後2時に差しかかっていた。昼食を食べ損ねたスズメは、学部棟の出口付近にある大きな案内板を前にして立ち尽くす。サークルやゼミの勧誘ポスター、履修登録の注意書き、それに大学行事のスケジュールなど――情報が多すぎて頭の中がごちゃごちゃだ。腕時計をそっと覗くと、カカシが短い文を表示している。
(・_・;)「Info overload…?」
「ほんとそれ……はぁ、何から手をつければいいんだろう」
独り言をもらしたそのとき、後ろから低く優しい声がした。
「スズメ? こんなところにいたのか」
振り向くと、そこには180センチ超の体格を持つ柏木カズマ先輩が立っていた。広い肩幅、がっしりした胸板、まるでスポーツ選手のような筋肉質な体。書店バイト先の“兄貴分”的存在だが、普段はほんわかした雰囲気をまとっているギャップが特徴だ。
「先輩……! なんでここに?」
「オリエンテーションのスタッフとして手伝ってたんだ。さっきチラッとお前を見かけたけど、なんか不安そうな顔してたし……終わったら話そうと思って探してた」
カズマは少し息を切らしている。スズメが思わず「すみません、わざわざ…」と恐縮すると、大柄な体を揺らして笑った。
「いやいや、バイトの後輩が困ってるかもって思ったら放っておけないしな。それより……腹減ってない? もう2時近いだろ」
言われてみれば、朝からまともに食べていない。スズメは「あっ、そういえば昼ごはん……」と気づいて、カカシの表示を横目に苦笑した。
「でしょ? 俺もまだ食べてないんだ。学内カフェで軽く食べようか。どうせここで情報集めても頭パンクするだけだろ?」
「助かります……もうホントに、お腹も空きすぎて力尽きそうで……」
こうして二人は案内板を後にし、キャンパスの一角にある学内カフェへ向かうことになった。
昼休みのピークを過ぎたカフェは、そこそこ空席があるものの、まだ新入生や上級生が雑談を楽しむ姿が目立つ。ガラス越しに差し込む午後の光の中、カズマがドアを軽く押さえ「先どうぞ」とスズメを通す。身長が高く肩幅も広いせいで、狭い入口ではやけに窮屈そうだ。
「先輩、入学式も終わったこのタイミングでオリエンテーション手伝いって、意外と大変じゃないですか?」
スズメが席に着きながら尋ねると、カズマは「ま、留年中だから暇――ってわけじゃないけど、バイト減らすと困るし、こうして呼ばれることも多いんだよね」と苦笑する。
注文を済ませると、すぐにサンドイッチやカレーなどの簡易フードが運ばれてきた。カズマはカツカレーをチョイスし、スズメはサンドイッチとカフェラテ。黒コーヒーをがぶ飲みする先輩の横で、スズメは「ああ、生き返る……」と安心のため息を漏らす。
「先輩、就活中って聞いてますけど、これから本格的に動くんですよね?」
「うん……実は4年生なんだけど、単位足りなくて留年中だからなあ。日本の大学だと、4年のうちに就職活動を始めるのが当たり前なんだけど……俺は計算ミスでね。親にも怒られっぱなしだよ。でかい体のせいか、面接で『威圧感ある』とか言われるし……わはは」
その大柄さゆえの苦労話を聞き、スズメは「そんなに怖い見た目かな? むしろ優しそうにしか見えませんよ」と本音をもらす。カズマはカツをぱくりと食べ、「そう言ってもらえるとありがたいけど……まぁ実際、力仕事ばっかしてたら筋肉ついちゃって」と照れるように笑った。
「履修登録って言われても何をどうしたらいいかまだピンとこなくて……バイトと両立、大丈夫かなあ」
スズメがぼそりとこぼすと、カズマは「バイトは融通きくし、店長も理解あるだろ。むしろ ‘単位落とさない’ ことだけは気をつけろ。俺みたいにやらかすと、マジで留年地獄だぞ」と苦い顔をする。
「就活やり直すのも体力要るし……まぁ、何とかするけどさ」と言いながら、彼の声にはどこか余裕がある。多分、本人的には大変なのだろうが、“後輩の悩みを聞く”ときには笑顔で受け止めるのが彼のスタイルなのだと、スズメは見ていて感じた。
(`・ω・´)「Cheer up!」
腕時計が短い振動を伴って短文を出すが、店内には人がそこそこいるので、スズメはあまり腕時計を気にしないフリをしつつ小さく微笑む。カズマは気づいているのかいないのか、とくに触れずに自分のカレーを平らげていた。
「ふう、満足満足。昼メシ抜きはやっぱきついな」
カズマが食後のコーヒーを一気に飲み干し、大きく伸びをする。椅子がほんの少し軋むのがちょっと面白い。スズメはサンドイッチを食べきり、カフェラテも飲み終えてほっと一息だ。
「先輩、今日はありがとうございます。なんだかモヤモヤしてたのが吹っ飛びました」
「いいってことよ。俺はもう少し片付け残ってるし、スズメは帰って履修登録の下調べしとけな? わかんないことあればすぐ聞いてくれ」
「はい。バイトもシフトでご迷惑かけるかもですけど、店長には早めに相談します」
大柄な身体をゆっくり立ち上げながらカズマは「うん、それが一番大事。あと親の説教とか就活とか色々あるけど、まあ何とかなるっしょ」と朗らかに笑う。まるで自分の悩みなんて大したことないみたいに。
二人は会計を済ませて店を出る。外へ出ると、葉桜になりかけた木々が午後の日差しを浴びながら揺れていた。時刻は2時半を回ったくらい。まだ講義棟のあちこちで人の姿は多いものの、朝のような混雑は感じない。
「じゃ、バイトでまた。何かあったらすぐ連絡してくれよ」
「はい、ありがとうございます、先輩!」
こうしてスズメはカズマと別れ、カバンの中の履修案内を握りしめる。時計に目を落とせば、カカシが(・∀・)「Good day!」と表示しているのを見つけ、思わず笑みがこぼれた。まだ大学生活は始まったばかり。いろいろ大変そうだけど、優しい先輩がいて、カカシがいて、やっていけそうな気がする――そう思いながら、スズメはキャンパスを後にするのだった。




