第19回 オリエンテーションの日、思わぬ出会い
入学式の余韻がまだ残る大学キャンパスでは、新入生たちが学部ごとのオリエンテーションへ向けて右往左往していた。葉桜の並木道には、桜の花びらがわずかに風に舞っている。スズメも案内看板を見ながら、国際文化学部専用の講義棟を探していたが――初めての広い構内に少々戸惑っていた。
「(・_・;) ‘Which building…?’」
腕時計に浮かんだカカシの短いメッセージを見て、スズメは苦笑する。
「ごめん、私もまだ地図とにらめっこ中…」
そう呟いたその瞬間、道の先で足を止める学生の集団に危うくぶつかりそうになった。スズメが軽く声をかけると、振り向いたのは、淡いアッシュブラウンの髪と薄い瞳を持つ女子学生。涼しげな印象の美人で、服装はグレーのトレンチコートがよく映えている。
「ごめんなさい、邪魔しちゃったね。迷ってたら、つい止まっちゃって…」
「いえいえ、こっちこそすみません! …あれ、もしかして国際文化学部ですか?」
スズメが尋ねると、相手は「うん」と笑いながら頷いた。
「私、ユキっていいます。北海道から来たばかりで道に迷っちゃって…」
「あ、スズメっていいます。よろしく! 北海道って寒そうだけど、こっちはちょっとは暖かい?」
軽い雑談を交わすうちに、どうやら同じオリエンテーション会場を目指していることがわかり、二人で地図を確かめあった。ユキは肌が雪のように白く、瞳もほんのり琥珀色で日本人離れしているが、日本語の訛りもないので「そういう血筋なのかな」くらいにスズメは思う。
案内に従い、○号館の大講義室へ向かうと、すでに多くの新入生が席に着いていた。ここでは学部長や先輩が、履修登録やサークルの概要をまとめて説明するらしい。二人は並んで席を確保し、資料を広げる。ユキは少し緊張気味にプリントを読み込み、「わぁ…やることいっぱいだなあ」とぽつり。スズメはすかさず「私もさっぱりわかんないから大丈夫!」と励ましあいながら笑い合った。
オリエンテーションの前半は、先生や先輩からカリキュラムや単位の仕組み、大学のシステム利用法などの話が延々と続く。専門用語が多くて頭がくらくらしそうになるが、スズメは腕時計のカカシをちらりと見て気合を入れ直し、ユキも真剣にメモをとっている。途中で「わからないところは先輩に聞こうね」と二人で声をかけあううち、自然と親近感が育っていった。
休憩時間、廊下に出たスズメはバイト先の先輩が偶然近くにいるのを見つけた。先輩はオリエンテーションスタッフとして手伝いに来ており、「スズメ、何か困ってることある?」と声をかけてくれる。履修登録の細かい点を教えてもらい、スズメは「やっぱ先輩、頼りになる~」とほっと息をつく。ユキはそれを隣で見て「いいね、そういう知り合いがいると助かるね」と微笑んだ。少し羨ましそうに見えたが、スズメは「ユキちゃんもすぐ知り合いできるよ!」と何気なく答える。
後半はゼミの概要やサークルの告知。スクリーンにスライドが映し出され、先輩たちが順番に紹介していくが、情報量があまりに多く、スズメとユキはノートに急いで走り書きするばかり。やがてオリエンテーションは無事に終了し、大講義室から新入生たちが一気に廊下へあふれ出る。みんな口々に「疲れた…」「何か食べに行く?」などと話し合い、あちこちでわいわい盛り上がっている。
「ふう、なんだか頭いっぱいになっちゃったね」
スズメが伸びをしながら苦笑すると、ユキは「ほんと、それ」と相槌。遠方から来た彼女は、一人暮らしを始めたばかりだと打ち明け、「友達もまだいないし、こういう場所に慣れてなくて…」と弱々しく微笑む。スズメは思わず「私もそんなにわかってないよ。でも、いっしょにサークル見たりしようよ!」と気軽に誘った。ユキは目を丸くして、それから照れるように笑う。「いいの? ありがとう。ぜひお願いしたいな。」
外へ出ると、校舎の前にはサークル勧誘のブースやポスターが並び、上級生が新入生に声をかけている。葉桜の並木道にはまだ人だかりができていて、写真を撮るグループや教室へ急ぐ学生などが入り乱れている。「あれも見てみたいね」と言いたくなるが、二人ともオリエンテーションだけで疲労困憊。結局、今日はここで解散することに決めた。
「じゃあ明日か明後日、また一緒にブースまわろう?」
「うん、そうだね。落ち着いたら履修登録もやらなきゃ…」
ユキは少しだけ息をつき、「スズメちゃん、ほんとにありがとう。まだこっちに知り合いが全然いなくて心細かったんだ」と笑った。その表情はどこか儚げで、スズメは思わず胸がきゅっとなるくらいの美しさを感じる。それでいて控えめな性格というギャップがあり、「なんだか守ってあげたくなる」と思ってしまう。
腕時計を覗くと、カカシが(`・ω・´) “Well done!”と誇らしげな文字を出している。スズメは心の中で“ありがとう、カカシ。今日、いい友達ができたよ”と返すように呟いた。孤独だったかもしれないオリエンテーションが、ユキとの出会いで一気に楽しくなった。これで大学生活を乗り越えられるかもしれない――そんな期待が湧いてくる。
「それじゃ、また明日ね」
スズメが手を振ると、ユキは柔らかな笑みを浮かべて小さく会釈し、「うん。よろしく」と一言返して歩き出す。少し遠ざかる彼女の後ろ姿は、やはり目立つ。周囲にちらりと視線を向けられているが、当の本人は気づいていないらしい。その光景を見送りながら、スズメは「素敵な出会いが早くもあってラッキーだな」と頬を緩めた。
桜は散り、若葉が繁る季節。新しい生活の始まりにふさわしい柔らかな風が吹き抜ける中、スズメは銀の勾玉が揺れるキーリングをそっと確かめる――そして腕時計のカカシを見下ろし、笑みを返す。誰もが不安を抱えつつ、それでも小さなきっかけで一歩を踏み出せる。ユキという友達ができたのも、そんな春ならではの奇跡なのかもしれない。スズメはそんなことを思いながら、葉桜の並木を帰路へ向けて歩き始めた。




