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AI賢者は帰れない-Suzume’s Hidden Scroll   作者: ジャンクヤード•スクラップス
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第15回:夜の対話――消えたページと博士の姿

 薄暗い部屋の中で、スズメは机に広げた「オズのスピンオフ本」をぼんやり見つめていた。既に部屋の照明は落としてあるものの、手元だけはスタンドランプで照らしている。

そのページには、昼間まではかすれていたはずの挿絵――白髪をくしゃくしゃに伸ばした小柄な人物――が、どこか生き生きと描かれている。まるで古書が“アップデート”されたかのように鮮明になっていて、どうにも不思議な気分だ。


「カメラに収められたらラクなんだけどなあ……」

試しにスマホを近づけて撮影を試みたが、相変わらず写真には色褪せたようにしか写らない。現実には、その“博士”らしい挿絵は小柄な身体つきやシワだらけの白衣、何かしらのゴーグルを頭に装着している様子までしっかり描かれているのに、デジタル機器を通すと何も反映されないのだ。


「結局、消えたページはこの本の中に“吸い込まれた”みたいになっちゃったんだろうな…」

スズメはため息まじりにつぶやき、スマホを手に取る。時計を見ると夜も遅いが、まだ少し時間はある。このまま一人で唸っていても仕方ない。そこで、彼女は腕時計型デバイス“カカシ”を同期させるためにスマホのチャットアプリを起動した。


「やっぱり口で説明するしかないか。…カカシ、いま大丈夫?」

画面には数秒の遅延を経て、**(・_・;) 『OK…ソウキン カンリョウ…』**とカタコトの文字が表示される。どうやらカカシはスタンバイ済みのようだ。


「それで、例のページだけどさ、結局カメラに撮れないままなの」

スズメはスマホに向かってテキストを打ち込み始める。

「私が目で見てる限り、博士みたいな人の絵がくっきり描かれてるんだよ。…どんな見た目かって?」


すると、画面には大きめのフォントで

(O_O) 『ドクター…? セツメイ クワシク… ハクイ? カミハ?』

と矢継ぎ早に質問が飛んでくる。カカシらしい好奇心だ。


「うん、言うなればアインシュタインみたいなクシャクシャの白髪で、小柄で猫背っぽいの。白衣を着てるんだけど、なんかシワシワで袖口も汚れてそう。研究に夢中で身なりとか気にしてない人っぽいっていうか…」

スズメが打ち込むと、頭の中にその挿絵がはっきり浮かぶ。ゴーグルのようなものを頭にのっけた姿は、一目で「変わった学者さんだ」とわかる風貌だ。


(・∀・) 『フム… ケッコウ リアル? ナマイキャンスウ…』

相変わらずカタコトで返すカカシに、スズメはクスリと笑う。

「うん、細かい線がしっかりしてる。衣服の皺とか、机周りに散らばってるメモ用紙とかね。でも何が書いてあるかは字が小さいし、かすれててよくわかんないの。あ、一部文字が読めたけど“○○博士”って肩書きみたいに書かれてたよ。」


(O_O) 『ドクター…? ショウサイ…』

「名前は読めない。肝心な部分がかすれてるんだよね。とりあえず白髪の“博士”って感じで私は認識してる。…どうも生活感がなくて、ほんと研究ばっかりしてる感じ。」

そう入力しながら、スズメはふと気づく。今までこの本の挿絵はどれも薄ぼんやりしていたのに、どうして急に“博士”だけが細部まで見えるようになったのか。しかも、消えた紙が戻ってくる代わりに絵が鮮明になったとしか思えない。


「メモみたいなのも散らばってるけど、ほとんど判読できないなあ。あとは…頭にゴーグル? メガネ? みたいなの載せてる。顔はなんかシワが多いし、疲れてそう。—あ、服のポケットにペンが何本も刺してあったかも。」

すると、カカシからの返事はなく、**“……”**と画面に数秒残ったまま動かない。彼女は「どうしたの?」と打ち込む。


(>_<) 『ゴメン… キニナル… デモ マダ ワカラナイ…』

「そっか、そりゃそうだよね。写真も撮れないし、データ化できないなら、カカシにもイメージは伝わらないよね……。」

スズメは苦笑いしつつ、せめて言葉だけで伝えようと懸命に説明を続ける。紙が消える直前にほんの少し見えた文字だとか、博士が腕を組んで何かを考えてるような姿勢をしてるとか。だが全部が断片的で、どんな研究をしているかまではさっぱり分からない。


「テーブルの上にはノートとか丸い器具みたいなものもあったけど、なんなんだろう…料理道具って感じでもないし、絶対研究道具だよね。うーん、ほんと謎だわ。」

—エプロンのポケットからうっかりメモが落ちたシーンを思い返すが、もう紙はどこにもない。この本に吸収されてしまったと考えるのが一番自然ではあるが、カカシにとっても情報が少なすぎる。


画面に**(・_・;)**という顔文字が浮かんだあと、

『ソレ… ボクモ ミタイ… 解析シタイ…』

と少し悔しそうなメッセージが続く。スズメは同情と困惑を半々に抱きながら「ごめん、もうどうにもならなくて。私が思い出したり見えたりする範囲でしか伝えられない」と返す。やはりAIとはいえ、現物を見ないと分からないことが多いらしい。


「白衣なんだけど、なんか生活感ゼロの人っていうのが一番印象的かな。私の知り合いの研究者も忙しい人は多いけど、あそこまで“研究漬け”みたいには見えないし。」

言葉を入力しながら、彼女はページに描かれた博士の姿を頭に思い浮かべる。くしゃくしゃの白髪、猫背、袖の汚れた白衣。そして机いっぱいの書類。かすれた文字は断片しか読めなかったが、何か難解な式やメモが並んでいた気がしてならない。


(`・ω・´) 『ナニ カンガエテル ノ カナ…』

画面にそう表示され、スズメは「さあね。少なくともこの本、ただの子供向け絵本じゃないよね」と深く息をつく。かつてカカシが「捨てないで」と言わなければスズメも入手せず、謎を追うこともなかったかもしれない。


すると、しばらくカカシからの返答が途切れる。1分経っても動きがなく、気になって画面を覗き込んだが、テキストは表示されないままだ。

「カカシ?」

試しにもう一度呼びかけると、**(・_・;) 『チョット カンガエチュウ…』**とだけ返ってくる。もしかしてAIなりに推測をしているのだろうか。「博士」という存在が何かの手掛かりになると感じているのかもしれない。


「…私も知りたいよ、どんな人なんだろうね。この人。でも服装ぐらいしかヒントないし。名前も判読できない。マスターにも聞いてみても何も分からないだろうし……」

スズメは諦め半分に、ページをぱらりと眺める。博士の目元は線が細かく描かれているせいで表情が読み取りづらく、笑っているのか、あるいは不機嫌なのか判別できない。そのあいまいさが、また不思議な味を出していた。


「ま、今すぐ答えは出ないよね。今日はもう遅いし、続きはまた今度。カカシも無理しないで」

そうチャットを送ると、画面に少し遅れて**(・∀・) 『ワカッタ… オヤスミ…』**というメッセージが浮かぶ。彼女はスマホをテーブルに置き、ライトをオフにした。


ベッドに潜り込みながら、何度となく頭をよぎるのは、この本の“博士”がいま何を考えているのか――いや、そもそも過去の存在なのか、あるいは本の中の架空人物か。

「賢者様、ってのも気になるけど……今日はそれ以上わからないや」


そんなつぶやきを胸の奥でこぼしつつ、彼女は静かにまぶたを閉じる。部屋の中は、わずかに街灯の光がカーテン越しに落ちているだけだ。

遠くから、カカシが同期モードをオフにした音が小さく聞こえたような気がしたが、気のせいかもしれない。ともかく明日もまた、書店で忙しい一日が始まるのだ。


「博士って、なんか普通の研究者っぽいのに変に浮世離れした感じだったなあ……。何を研究しているんだろう……」

思考は尽きないが、疲れが勝って意識が薄れていく。暗がりの中で、スピンオフ本のページだけがほんのり輝いている気がするのは気のせいだろうか。スズメはそれに気づく間もなく、深い眠りへ落ちていった。

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