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AI賢者は帰れない-Suzume’s Hidden Scroll   作者: ジャンクヤード•スクラップス
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第12回 変わりゆく日常

 午前9時からのバイトを終え、書店の出口を出たのは15時少し前。スズメは軽く伸びをしながら、薄い春の光を顔に受けた。ここ数日、仕事がとてもスムーズに進む。

「お疲れさま、もう全部片づいたの?」

同僚が不思議そうに首をかしげると、スズメは「うん、棚の位置とか慣れちゃったから。探すのもだいぶ早いんだよね」と笑ってみせた。

本当は腕時計型デバイスにこっそり話しかければ、カフェにいるカカシが在庫をぱぱっと検索してくれる。おかげでどんな曖昧な依頼でも手早く対応できるのだが、同僚には内緒だ。スズメはカバンを肩にかけ、さわやかに挨拶して書店をあとにする。


街を少し歩くと、いつものカフェが見えてきた。マスターが営むこの店は、夕方前でも常連客が数人いて、柔らかな照明とコーヒーの香りが包み込むように広がっている。

「こんにちはー。今日もバイト終わったよ」

スズメはドアを押し開け、顔なじみのお客さんたちにペコリと頭を下げた。店内は落ち着いた雰囲気で、それぞれが読書やおしゃべりを楽しんでいる。カウンターに立つマスターがスズメに目をやり、微笑で迎える。

「お、早かったな。ずいぶん慣れたみたいじゃないか」

「うん、いろいろコツがわかってきたんだ。今日は特に変なリクエストもなかったからラクだったよ」


スズメは店の一角へ歩み寄る。そこにはiPadが置かれ、画面には何やらモノクロームの文字が浮かんでいた。実際には、ここにカカシ――あのAIが宿っている。

「( ‘д‘⊂彡☆))Д´) …スズメ…来タ?」

いかにも昔の掲示板風の顔文字が、ぎこちなく表情を作る。音声機能はまだおぼつかず、日本語入力もカタコトだが、スズメにはその不器用さがむしろ可愛らしく思える。


「うん。今日もありがとね、カカシ。棚探し、ほんと助かってるよ」

スズメが声をかけると、iPadには「(*゜▽゜)ノ゛ アナイマイ検索…ツカレル…」と表示されて、笑いを誘う。

「ごめんごめん、これからも変な検索するかもだけど、いつもありがとう」

スズメが明るく言うと、カカシは「(`・ω・´) レア本…ボクモ集メタイ…報酬…欲シイ…」と主張を返す。どうやら以前から言っていた“レア本を探してよ”というお願いを改めて持ちかけているらしい。


「ああ、そういやそんな話してたね。いいよ、今度ちょっと古書店とか見てみるから」

するとマスターがコーヒー豆を計りながら、「そうそう、スズメ、前に ‘レア本で釣るかな’ とか言ってたろ。最近こいつ、うちのオーダー管理まで手伝ってくれてるんだ。ちょっとぐらい約束守ってやれよ」と半分冗談めかして言う。

「うん、わかった。カカシ、ちゃんと探してくるから待ってて!」

スズメが笑顔で応じると、カカシは「やった…(゜∀゜) !」と表示して喜んでいる。マスターは苦笑しながらも、どこか嬉しそうだ。きっとカフェの営業に役立っているカカシに好感を持っているのだろう。


スズメは「じゃ、私もコーヒーちょうだい」と注文して、一息つくことにした。店内はまばらに客がいるが、どれも顔なじみらしくゆったりくつろぐ様子。マスターがサッと淹れてくれたコーヒーは豆の香りが際立ち、スズメの疲れをほどよく癒やしてくれる。

「ふぅ……毎日来てごめんね。バイト後にここでコーヒー飲むのが日課になっちゃってる」

「いいんじゃないか。お前はうちの売上に貢献してるし、カカシも待ってるしな」

「それもそっか。じゃあ今度またレア本探しにいったら報告するね」


そう言ってスズメは席を立ち、常連たちにも軽く会釈して店を出た。気づけば外はすっかり黄昏の色になっていて、ビルの合間から夕陽が薄赤く射している。腕時計を見ると、カカシから「(`・ω・´) レア本マッテル…」というメッセージが届いていて思わずクスリと笑った。


夜、自室で挑む難解な一冊


自宅に戻ると、スズメはまず軽く洗面を済ませ、バイト用のバッグを開く。そこから取り出したのは、ここしばらくずっと持ち歩いている“オズのスピンオフ”らしき古本。背表紙は児童書風の明るいデザインが施されていたようだが、古すぎて色あせている。

「よし、今日こそは読み進めるぞ……最近全然進まなくて困ってるけどね」


苦笑しながらベッドに腰掛け、ページを開く。印刷がしっかりしている箇所もあるが、後半は白紙だらけ。残っている文も呪文めいた言葉や祈りのフレーズが多く、ストーリーらしきものは極わずかだ。

「ホントに子供向けなのかこれ……」


それでも好奇心が勝り、スズメは灯りを少し明るくして字を追いはじめる。ときどき読めそうな単語を見つけるが、そんな断片ではさっぱり意味が取れない。身体にじわじわ疲れが蘇ってきて、だんだんまぶたが重くなるのを感じる。

「ダメダメ、寝たらまた……」


そう言い聞かせ、必死に意識を保とうとするスズメ。しかし、布団に半分身体を沈めた姿勢のままで、それはどこまで耐えられるだろうか――。


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