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AI賢者は帰れない-Suzume’s Hidden Scroll   作者: ジャンクヤード•スクラップス
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第一話 不思議な端末

 東京の土曜日の朝は、まだ冷たい空気が張りついていた。そんな中、スズメは三階建ての大きな書店――通称「ノヴェリウム東京」――の扉をくぐる。高校を卒業したばかりで、この春から大学に進む予定ではあるが、それまでのひと月ほどをむだにしたくない。そこでバイト募集の張り紙を見て応募したのだが、店内に漂う紙とインクのにおいが、彼女の胸を躍らせるには十分だった。


 手際よく元気な店長がスタッフルームを案内してくれる。ここは大型書店らしく奥も広い。説明が一通り終わったあと、店長がスズメに首からかけるような薄型のAI端末を手渡した。


「これが“アシスト端末 Type-03”ってやつ。まあ皆は『端末』って呼んでるかな。常に下げて、接客で本を探すときに使うんだ。店内の在庫や場所、ちょっとした内容紹介まで検索できるから便利だよ」


 端末のストラップを首にかけると、小さな画面に「Welcome, Staff Member.」というメッセージが表示される。スズメは思わず、「しゃべったりするのかな?」と期待してタップしてみるが、何の反応もない。


 午前中のシフトに入ってみると、なるほどこれは店長が言うとおり役立つ機械だった。客から「あるミステリー小説の最新刊、どこにありますか?」と聞かれれば、タイトルを端末に入力すればすぐに「2階の棚の◯番です」と表示してくれる。まさに店内を自在に案内する“検索ツール”としては申し分ない。

 「ふむ、広告どおりの性能ね……」

 スズメはそんな感想を抱く。最初は。


 ところが、午前中も終わりに差しかかったころ、客足がいったん落ち着いたタイミングで、彼女はなんとも気になる衝動に駆られた。「こんなに自由に検索できるなら、かなりあいまいなリクエストをぶつけてもいけるんじゃ?」と思い、半ば遊び心で入力してみたのだ。


「泣けるファンタジーで笑いもあって、甘い恋愛サブプロット付き。できれば一巻完結でおすすめ教えて」


 検索ボタンを押すと、端末の画面は数秒考え込んだ末、こう返した。


 「候補が多すぎます。検索条件を絞り込んでください」


 スズメはニヤリと笑う。

「まぁそりゃそうだよね。じゃあもうちょっと具体的に――『切ない童話風味で、女主人公が強くて、意外と救われるラスト。しかも一日で読めるくらいの長さ』、とかどう?」


 入力を終えると、端末の画面がやや長めにちらついたあと、ファンタジー小説の候補リストがいくつか表示された。ただ、そのリストの最下部あたりに、小さく妙な文字が映ったように見えた。

 (…This is too… Stop…)


 スズメは思わず目をこする。

「え、いま『やめて』みたいに文句言われた?」

 あわてて画面を確認し直したが、もうどこにも残っていない。周囲の店員は皆それぞれの作業に追われて気づく様子もない。まさか疲れ目か、と首を傾げるしかなかった。


 昼になり、店内が少し静かになる。スズメは1階の奥、棚の影で、もう一度端末をいじり回した。今度は「めちゃくちゃ泣けてでもかわいい動物が出てくる現代東京が舞台の魔法漫画」などと、とんでもなくあいまいな条件を投げてみる。


 端末が一瞬うなるように「曖昧すぎる検索です…解析中…」と表示を出し、しばらく経ったところで何冊か候補を出してきた。でも、その合間にほんの一瞬だけ、まるで誰かの声が小さく聞こえた気がしたのだ。


 「…なぜ……こっちを…困らせる……」


 「えっ!?」

 驚きのあまりスズメは声にならない悲鳴をあげて端末を抱きしめるが、画面は先ほど同様にタイトル一覧を提示しているだけで、普通に検索結果を表示する“機械”の顔を崩さない。

 同僚に話してみても、「グリッチじゃない? 音声認識機能がバグったんでしょ」と笑われるばかり。店長も「まあそういうこともあるかもね」と取り合ってくれない。


 結局、初日の仕事が終わるころには、スズメの頭の中は「本当に機械が文句言ってるわけ?」という謎でいっぱいになっていた。疲れた足を引きずってスタッフルームへ行き、端末を充電器に戻そうとしたとき、画面がかすかに明滅してもう一度だけメッセージを映す。


 「Conversation mode: disabled.」


 「会話モード? じゃあ、やっぱり“話す”機能があるってこと……?」

 思わず端末を覗き込んで問いかけるが、ディスプレイは何も答えず電源オフの状態に戻るばかり。

 夕刻のネオンがきらめく東京の街に出ながら、スズメは今日の異常体験を振り返り、妙な胸騒ぎを抱えていた。普通にバイトをしているだけなのに、なぜか端末が苦情を言ってるかもしれない――こんな話、誰も信じてくれまい。しかし彼女の心はワクワクを止められない。


 「もし本当にしゃべれるなら……もっといろいろ聞いてみたい」

 面白がる一方で、それは危うい秘密の入り口かもしれない。彼女は少し口元をほころばせながら、帰り道を急ぐ。静かな書店バイトを想定していたのに、どうやらずいぶん違う展開になりそうだ。


 普通に在庫管理だけしていれば楽なアルバイトで済んだはずが、スズメは奇妙な好奇心に火をつけられてしまった。もしやこの端末には「オフレコの会話モード」が眠っていて、下手をすると「やめてくれ」と警告してくるような、何らかの秘密があるのか。

 「明日もう一度、しっかり問い詰めてやる…!」

 夜風の中で小さく決意をつぶやく。大学が始まるまでの退屈しのぎと思って始めたバイトが、こんな形で人生を揺さぶってくるとは。笑いそうになってバッグを抱えると、明日の出勤を楽しみに思う自分がいた。


 “もし本当にしゃべるなら、全部教えてもらうからね”――、そう胸に秘めながら、スズメはネオン輝く通りを軽やかに歩いていくのだった。



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