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夏の残り香

作者: なと

何故夏は人を死に誘う

夕闇頃に脳は闇色に染まる

凡て夢だったら良かったのに

仏間の阿弥陀様が妖しく微笑んでいる

あの世へのいざないは聖も悪もない

只、荒れ野が呼んでいるのさ風は吹き

あの宿場町も眺めていると死にたくなる

まこと、迷い多き衆生は解夏をも詩の道しるべにする

僧の托鉢に夏を見る

幽霊船、今私の家にあるよ

木枯らしがお風呂の温みに変わる頃

月は半分傾いている

夜空は鏡を合わせたような

自己主張の続けており

縫い合わせた布は

互いにちぐはぐだ

ボンボン時計は午前二時を指しているのに

さっぱり眠れない私にも

金縛りと天罰を





怖くて足が進めなかった暗闇も

古き町角の影踏みを出来なかったことも

凡ては幼かったから

夏は熟れた枇杷や梨のように

ところどころ痛んでいて痛々しくも

翳が怖くなくなった今では

背中に影を背負って

夜顔の美しさを月に照らして

ゆっくりとゆっくりと歩んでいます

神社の神様と

夜の散歩を






さっきまで寝ていたので眼が冴えており、と犯人は申しており

びっくりするほど起きている

前に一歩進んで後ろに二歩下がる それが人生

挫けるなと言われればすでに時遅しと答えます






月明かりに出会いたくて

ぶらぶら杏仁豆腐の入った袋を片手に

街灯だけの道を歩いてゆきます

宮沢賢治を想い出して

会いたくて

夜に咲く花なんてあれば

私は救われたのになあ

遠い列車の汽笛の音

車の走る音

海は静かに波を立て

ぱちぱちと海の焚き木が音を立て

出来立ての味噌汁を

午前十二時に飲む







拝啓、子供だった頃の君

あなたは小さな海町で懐かしい風景を知った

蔵の中で眠る少女は巻物の中の絵に

真っ赤な血の流れる昏き地獄絵を見た

なんだか分からないけど

躰から炎がほとばしる気がした

古い祖母の家が大好きで

自分の住む何の変哲もないアパートは嫌いだった

大人になっても

夏が好きで







ふとに迷い込んだ道で

うっかり宿場町だったりして

宿場町を初めて知った

格子戸の連なる家々古き商店の面影

蔵の裏の川の人魚は時々

蛍石を吐き出して驚かせる

坂道の川床に横たわる白い大蛇も

神棚の恵比寿様の落とす砂金も

その頃から始まった吉祥

腕に福毛が生えて来たのは

失恋で泣いてばかりの頃







今は懐かし故郷の醤油蔵

まだ醤油問屋は続いていて

小道に入るとぷんと醤油の匂いがする

風鈴があちこちでりんと言って

静かに刻は流れる

刻の止まったかのような古い町

脳が溶けそうな真夏の日に

蝉に囲まれて

私は何で寫眞なんか撮っている

あの坂道もあの石畳の小路も

今では影も形もなくなった







夏の跫追いかけて行けば何処か知らない町

昔棲んでいた街なのにふと見知らぬ顔をする

匣入りの名主の美しい娘を見たかのような

夏は見知らぬ人遠くの海辺の故郷

潮の匂いが時折太陽の火に焦がされて

私は小さな六畳の部屋で海鳴りを待ちつつ眠ります

何処までも吸い込まれるような空に

ため息の入道雲







神様はあの曲がり角にそっと

幽霊みたいに日陰の部分で団子を食す

明るい所が苦手なんです

木陰のきらめきや陽だまりは好きなんだけど

火傷したみたいになるんです

船町は祭りが終わってしんとしている

さみしい秋の終わり

冬は秋もまだ夏を引き摺って

あのカキ氷屋さんの知らない部屋で氷は眠る眠る








夏に惹かれる

小さな家の窓から鼻歌が聞こえる

誰かの小さな幸せ

洗濯物が取り寄せられないまま

雨が降っている

家の住人生きているか

死んでいるか分からない

懐かしいそんな記憶も

小さな故郷に残されてます

夜の灯り家の灯り

古い木の匂いのする家や軒下

きっと其処には

懐古のお化けが笑ってる








祭りの夜の呼び聲

山から風が吹く夜は

娘がひとりずつ消えて行く

荒神を鎮める為に祭りは催され

今では豊穣のお祭りに名を変えて

しかし知っているかい

祭りの夜には魑魅魍魎が湧く

山の荒神も秘かに里に下りてくる

子どもの後ろをついていって驚かせたり

神社の境内で娘を襲ったり

今でもなお







美しい蝶は炎を纏い燃えていた

鎮魂の祈りの様に捧げられた人身御供

過去の記憶だけが依り代になる

因習めいた呪いの様に蛇がぞろぞろと足に絡みつき

真っ黒な仏様達がわらわらと首を這いあがる

満月は朧にして射干玉の海の潮

只、そんな夢を見たのです

悲しくて悲しくて

居間のちゃぶ台で見た、夢







曼殊沙華は仏壇で今も燃えている

炎とは純粋な戀の想い出

仏間で釈迦如来の像がどくんどくんと脈打つ頃

遠くのお山では村が燃やされる

悲しい涙だけが滂沱の様にしとどと

悲しい事があったんだね

悲しい事があったんだよ

今では伝説をして語られる其の戦いも

幾多の墓の下で眠る武将の魂の鎮魂を







遠い季節は過去の想い出

遠くへ行きたい

虫達のシグナルは青に点滅している

これは危険信号

早く夏を摂取しなくては

信号機は赤になったまま深夜の歩道

ひとりでカキ氷を食べる

秋なのに風鈴は鳴らしたままだ

近所迷惑を考えないのか

テールランプが息絶えてゆく午前零時

只、夏を感じたくて

夏欠乏症







古町の裏路地の星屑集め

光の経典と陰翳礼賛は意外と仲がいい

鄙びた何かと鉱石や光り物と相性がいい

生きる時代を間違えた唐変木は

伽藍堂の心に水を遣るように寫眞に魂を吹き込む

過去に生きていいですか

夕闇のとばりに独り言

夢ばかり追いかけて

気が付けば墓石が近づいてくる

其れも運命








古きを尊び仙人の様に霞を喰う

杜の生活は静かな化石

アンモナイトになってから幾年経ったか

首筋の甲殻類がこそばゆい

夏は逝ってしまったよやうで

まだ掌の水たまりで遊んでいる

彼岸花は枯れてきてるんです

其れが寂しくてお地蔵様には

お団子をいつもより多めにお供え

雨合羽の少年は透き通った足







たましゐはこころに諭す

過去は戻ってこない

未来なんて言葉は嫌いなんです

常に後ろ向き

喪服を着て鈴を鳴らして番傘で時代に逆らって

僕は静かな反逆者

炎は屋根裏で神様になる夢を見る

仏壇の影はそれを見て首を垂れて

深い秋みたいな溜息を吐く

やがて冬になった頃

たましゐは解き放たれ

夢は幻影






夏の幻、秋の戯れ、冬の孤独、春のほころび

季節はめぐり、また君の季節に微笑みを

夕べの雨は静かだった

旅人のくしゃみみたいに静かだった

眠る季節は季節の秘密を抱え込んで

冷蔵庫の中で入道雲が眠っています

軒の下で秋雨が寄り道してました

どうしたって雷雨とは喧嘩になって仕舞う

ゆめまぼろし





青い季節は夏かもしれない

蚊取り線香をいつの間にか閉まってゐた

季節は移ろいますね

夕べのご飯に溶け込んだ仏様が

旅人のコートの中にひょっこり潜んでゐた

仏様も旅がしたい

夏の幻、炎のたましゐは静かに布団に眠る

やがて冬が来ると心も杜の中で眠りたい

石焼き芋の車が町を練り歩く季節になる







夏の記憶を海がさらうよ

山では炎みたいに花が咲く咲く

夜の旅は自分を見つめる旅

小さな灯り、旅宿の終わりは

お風呂の湯に溶けてゆく記憶

秋の夢のなか、夢は枯野を駆け巡る

足が地についてないのだ

ふわふわと夏の記憶を引きずったまま

銭湯にて夏を洗い落とす

なかなか躰にこびりついている模様








悲しみと旅路を共にする

叶わないことばかりでした

遠い記憶と近い嘆きと

悲しみは心に寄り添ってくれるかな

窓の外から秋が見えるよ

彼岸花の終わりを見に行こう

夏を患い秋に寄り掛かり

やがて冬が脳に沁み込んで

枯れ木を見下ろす月にもなろう

古き町は仏のように諭すから

私もゆっくり眠れるんだ






陰翳礼賛、背徳の教科書

闇は座敷になじみ翳は呪いの様に

春はまだですか開かずの扉の中で眠っている春の國

赤いあやとりの紐をこっそり咲いている櫻に結び

夜の街を踊るのさ無邪気なまま

神社の下で入道雲をそっと棺に入れる

また来年会いましょうと

冷蔵庫の中で見つけた綿飴はまだ帰りたくない様






夏の遺体に優しくしていたら秋雨の降る

この貝何処で拾ってきたの桜貝っていうの

透明な子は喜んで海を飲み込む

懐かしき調べは幽玄さと儚さをかもしだして

空の青に溶けだしそうになる、躰

夢は置き去りの夏

何時かの記憶を便りに一杯

旅人と懐古の酒を一気にあおって酩酊

思えば遠くに来たものです







眠りの國から目覚めるも外は未だ昏い

宿場町も眠るススキノも眠る冷蔵庫だって眠る

静かな町には静かな街灯が旅人を照らす

かすかな秋とため息が溶けあってゆく午前四時

夏は小さな匣に入って草原に捨てられている

私はそれを拾いに秋から松明を持って

抽斗から古い鋏が入ってゐて

夜を終わらせるため







孤独はひたひたと季節を侵してゆく

悲しみは人の心を豊かにするという

誰かの言葉が膝の人面相の口から

人に見えないモノが見えるんだ

其れは人の心、伽藍堂の独りぼっち

秋はどうしてこんなに心に隙間風が吹く

たましゐは古き道を見つけて水を得た魚のやう

炎の代わりの宿場町の裏道

孤独が強さになる







夏の言葉は青春が隠れている

サイダーの限りないブルー

煙草の燐光もマグネシウムが燃えるよやうに

あの神社に行こう誰かが待っている

南の熱風は風鈴を揺らして胸の鼓動も揺らす

空が青いように海も青い

何故、どうして、刹那、危うげな感情も揺さぶられる

どうしようもなく愚かなのだ

夏の吐息







宿場町を歩む老婆の背中はもはや一種の憧憬

吊るし雛は妖しく光り古い日本人形の影

黒猫が足元を纏わりついてくる

何もかもが過去と懐古

郷愁注意、過去に囚われます

街角の看板の注意書き

ここに来てからたましゐは抜け落ちた

歯が抜ける様に骨が折れる様に

何かがふっと奪われた

そう、囚われたのだ






宿場町は風を操り人を癒す

謎多き影法師が風の舞い

闇と仏もどじょう掬いを踊って

夏はなかなか終わらない

夢法師あの曲がり角で夢が渦巻いている

裏の川で鯉をなますにしてからというもの

背中の鱗の跡がなかなか取れないと

嘆いている衆生が嵐の夜に

本物の鯉になって仕舞う

夏は呼んでいる







祭りの後は気をつけなされ

後をついてくる幽霊たちは

人間を驚かせたくて

妖しは問いかける

お前は生きていいのかと

問いかけに答えられないと

風が吹いてきて部屋中落ち葉だらけ

私は生きていい人間なのだろうか

それに値する人なのだろうか

季節は廻り春が来て夏が来て

只、懐かしい季節ばかりが







夜の夢はモノクロームの静かなシネマ

秋風が冷たくなって街灯の光が恋しい季節

灯りひとつひとつの下に人の居る体温

お風呂の入浴剤の匂いがする側溝の生活排水

夏の気配をまだ味わいたくて

カキ氷屋の扉は開かずの扉

中できっと氷はずっと眠っている

秋祭りは虫達も参加したい鈴の音






昔の夢は海の夢

座敷のふちまでざんざざんと波が寄せる

たましゐの有り様とは

みなもに光る陽の光か

此処は静かで昏い

日差しだけが畳を映す

夢日記に描いた通りのデジャヴは

狂気への道しるべか

時折不思議な夢を見る

墓ばかりが並んでいる古い通り道に

櫻の花が永遠とつらなっている

過去へ行きたい






懐かしい面影は街のあちこちに

海沿いの街は線香の香りとラジオの音

何処からかお皿を洗う音

三輪車で遊ぶ小さな子

泡沫の木漏れ日が町は眠りにつく

木陰の優しさがささくれた心を癒してくれる

寂しい悲しい辛いそんな言葉が

あの神社の杜に溶けて消えればと

念仏の様に呪詛を

まだ私は眠れない






涅槃の花が静かに咲いている

あの絵葉書の中で笑うあなたは夏色で

夢ばかり見ていました

過去はあなたの心に残る花

懐古の風が何処からか吹いてきて

清水はこんこんと湧き出てくる

通りには夏の熱風が今だ何処かで

懐かしい想い出闇のような記憶

あの家のなかで光るたましゐに

罪はないのだから







夕べの夢に私を恨むあなたが見えた

電柱の横からも怖い顔で私を恨むあなたが見えた

夏は過ぎ去ったあなたは赤い彼岸花を片手に

虚栄心と昏き眼は過去と言う名の病理が良く似合う

きっとあなたは過去に囚われている

そのまま赤と黒に呪われた少女をやっていろ

私は絶望と悲しみを抱えて息絶えるから







朝の日を浴びながら夕の昏さを待つ

その扉は開きません夢日記に抜け出る方法が

麝香の匂いの蛇の抜け殻が二階に転がっている

昏きを求めてその辺を徘徊する旅人になりたい

その夏は青くて黒かった遠くの海のやうに

夏風に潮の香が混じって蛍烏賊になった気分

夜になるとぴかぴか光ります

ゆめまぼろし






風鈴があの世へと呼んでいる懐古のしらべ

夏が終わると知った時

灯りは堕ちて世界は暗闇に閉ざされた

秋は冷たい風、あの荒野にだけ灯りは点る

裸電球とブラウン管は七つの秘密道具

街の看板にはお祭り注意提灯の誘惑と書いてある

二の腕の柔らかい場所に夏の呪いが

見知らぬ真言があの世への知らせ






何故夏は人を死に誘う

夕闇頃に脳は闇色に染まる

凡て夢だったら良かったのに

仏間の阿弥陀様が妖しく微笑んでいる

あの世へのいざないは聖も悪もない

只、荒れ野が呼んでいるのさ風は吹き

あの宿場町も眺めていると死にたくなる

まこと、迷い多き衆生は解夏をも詩の道しるべにする

僧の托鉢に夏を見る








夜の船町は化物を飲み込んで肥大してゆく

幽霊船が夜空でちかちかと

たましゐの有り様は如何ほどで

あの世への切符はなんぼでっしゃろ

突然関西弁の血が体内に流れ始める

きっと宇宙人は青い血が流れている

宿場町にはお化けが棲んでいる

踊りながらお化けを探して

虫籠と虫取り網を携えて

夜の歩道を






少女は大人になる夢を見る

赤い潮も丸みを帯びる体も

なんだか侘しい寂しい

永遠に子供で居たかった

久遠の社の下で毎日枯れ葉の布団を作って

梅雨の水田で泥団子を作って

校庭で独りぼっちで鉄棒する少女は

誰か知らない人の腕の中で

赤信号は点滅している

黒猫は横切る

これではいけないと

それでも







秋のともしびはかそけきもの

お墓参りの時燃える彼岸花を摘んで

近くのお地蔵様にお供え

遠くの海からは人魚の泣き声が木魂す

近くの山からは座敷童が燃える家から飛び出し

悲しい事が重なりあの面影は不意に悪魔になる

それでも夏は過ぎ去り秋は深まる

ただ呼び声が聞きたくて今日も町にたたずみます






透き通った息を吐く春の夕べ

妖しは多分遠い過去よりやってきた目覚めの使者

あの神社では只櫻があのお寺では只櫻が

闇の群れに抱かれ刻は戻らないと

過去だけが笑って微笑むだろう

薬指の柔らかい所に蝶は止まって雨水を飲む

その腕にはもう抱かれる事はないだろうと

願えば願うだけ此方を振り返る影





ぬばたまの夜

春の水路に蛇ひとり

くゆりくゆりと煙を吐く旅人も

夕闇の妖しさに影となり

夕べの夢はよい夢でしたか

大和撫子は咲きましたか

雨に濡れて口のきけない少女は

きりりと赤いあやとりを握ったまま

街灯の下で櫻を恨んだまま

とても遠い町の話

とても長い刻のゆめ

山茶花は咲きましたか






神様はあの曲がり角にそっと

幽霊みたいに日陰の部分で団子を食す

明るい所が苦手なんです

木陰のきらめきや陽だまりは好きなんだけど

火傷したみたいになるんです

船町は祭りが終わってしんとしている

さみしい秋の終わり

冬は秋もまだ夏を引き摺って

あのカキ氷屋さんの知らない部屋で氷は眠る眠る

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― 新着の感想 ―
大正か昭和の文豪を彷彿とさせる古風な文体が良かったです!
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