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【短編小説】犬になった僕にできること

作者: 青いひつじ

これが、僕にできる恩返し。

犬も「あ〜、今日は肉が食べたいなぁ」とか思うのだろうか。

遊んで、食べて、寝て、たまに飼い主の言うこと聞いて、楽でいいよな。

来世は犬になりたいなんて、そんなことを考えていた。




どれくらい眠っていたのだろう。かなり長い時間が経った気がする。

目が覚めると僕は、犬になっていた‥‥。いや、正確にはまだ犬になったと確定したわけではない。しかし、このソファー、テーブル、カーテン、仏壇、そしてそこに写っているのは、20歳のままの僕。視線を下ろすと、毛だらけの両腕。やはり犬になっている。



あれは、誕生日の日だった。大雨の夜、コンビニ帰りに僕は、スリップしたバイクに巻き込まれ死亡した。

自業自得だと思った。

中学生になってすぐ、社会に馴染めず引きこもりになった。母さんはいつも、「しっかり食べてね」とだけ言うと、ご飯を扉の前に置いた。僕はそれを泣きながらかきこんで、扉の前に返却した。朝になると、食器はなくなっていた。

夜中、トイレに降りると台所から鼻を啜る音がした。扉の隙間から覗くと、母さんが机に突っ伏して泣いていた。心が張り裂けそうだった。悲しんでいる姿を見れば見るほど、話しかけられなくなった。

次第に僕は、両親とも一切会話しなくなり、完全に自分だけの世界に閉じこもった。そんな人間だから、死んだって自業自得なのだ。



僕が犬になって2週間がたった。


「ハナちゃん〜、あら、お父さんハナちゃんどこいきました?」


“ハナ”とは僕のことだ。体に花のような模様があることから"ハナ"と名付けられた。


「ん?机の下じゃないか?」


お父さんが新聞から顔を出す。


「まーたそんなとこ隠れて、ハナちゃん出ておいでー、朝ご飯ですよー」


僕が渋々出ると、母さんに捕まり頭をこねくり回されるのが毎朝の儀式である。たっぷりのミルクに浸したドッグフードにかぶりつく。母さんが仏壇の前に座り、りんを鳴らした。何かを強く願うように手を合わせ、目を瞑った。


「今日で30歳ね。おめでとう」


そう言うと、深く息を吸い、小さく吐いた。今日は僕の誕生日だ。


「ちゃんと幸せだったかしら。今も幸せに暮らしてるかしら」


母さんは、ティッシュで両目をおさえた。いなくなった後までこうして悲しませてしまう。僕は、台所の手拭きタオルを口で引っ張り下ろし、母さんの膝元へ置いた。何か、少しでも、恩返しがしたい。


「ハナちゃんは、まるで人の心が分かるみたいね」


母さんは、背中を優しくさすった。それから僕は、犬になった僕にできることを考えた。食べ終わった器は、必ず台所へ運んだ。

父さんはトイレットペーパーを替えたがらないので、無くなっていれば押し入れから引っ張り出した。遊んでると思われて、父さんに何度かゲンコツされた。


ウンチを自分で片付けようとしたが、顔中ウンチまみれになってしまった。

散歩中見つけた綺麗な花を持って帰ると、母さんはとても嬉しそうだった。

僕は、犬にしては珍しく散歩が嫌いだったが、リードを咥えて散歩に誘った。

晴れの日も、雨の日も、雪の日も、一緒に歩いた。



今日の晩御飯は肉じゃがだ。もちろん僕は、ミルクたっぷりドッグフードである。早々に晩御飯を終わらせて、いつものように机の下に隠れた。


「お、今日は肉じゃがか」


父さんが2階から降りてきた。


聡太(そうた)、肉じゃが好きだったよな」


「いつも大盛りにしてましたよね」


ふたりは、たくさん話しはしなかったが、それはとても穏やかな時間だった。


「お父さん、ハナちゃん飼うこと賛成してくれて、ありがとうございます」


「なんだよ、改まって」


「いえ、なんとなく。こうして、みんな一緒にいれることがとても幸せなの」


考えてみれば、僕が引きこもりになってから家族揃ってご飯を食べたことはなかった。

何も話さなくても、ソファーでゴロゴロしたり、みんなでテレビを見たり、食卓を囲んだり、そんな当たり前のようなことが、僕ら家族はできなかった。


母さんの笑顔を取り戻したくて、足りない頭で、できることをたくさん考えたけど

僕は机の下から出て、母さんの足下に伏せた。


きっと、これが、犬になった僕にできること。




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