巨大ヒーローは茜空の彼方を目指す
高鳥屋百貨店難波店の七階イベントスペースに設けられた特別展示室から出た私は、つい今し方に退場したばかりの出口を思わず振り返ってしまったの。
「ううむ…噂以上の凄さでしたね、『丸川プロ特撮展・アルティメマン達と歩んだ軌跡』は。」
そうして垂れ幕に記されている特別展のタイトルを読み上げると、思わず鳥肌が立ってしまうね。
どうやら私の胸中には、特別展で目の当たりにした貴重な展示品への感動と興奮が未だに余韻として残っているらしい。
正義の巨大宇宙人と巨大怪獣の攻防戦を描いた特撮ヒーロー番組である「アルティメマン」のシリーズは、今や日本を代表する特撮ヒーローとして世界各国で人気を博していて、老若男女大勢の人達に幅広く愛されているね。
撮影に使用された貴重な品々や当時の記録映像とかを見ていると、学年別学習雑誌の特集記事を読みながら夕方のテレビ放送を楽しみにしていた小学生の頃の純真な気分が鮮明に蘇ってくる感じがして、何とも懐かしくて楽しいなぁ。
誘ってくれた畿内大学映画研究会の先輩には、本当に感謝だよ。
「現存する怪獣の着ぐるみや撮影用プロップを間近で見ると、思わずグッと込み上げてきちゃいましたよ。お誘い頂けて感謝しますよ、枚方先輩。」
「ああ…うん…」
ところが枚方先輩と来たら、私の声にも殆ど上の空だったの。
気の抜けた生返事なのは百歩譲って良いとしても、出口から僅かに垣間見える初代アルティメマンの立像を名残惜しそうに見つめていたんだからね。
本当に困っちゃうよ。
「もしもし、先輩!枚方修久先輩!こんな狭い所でボンヤリしていたら危ないですよ。」
「ハッ!?ああ、樟葉君か…」
肩を揺さぶられて正気に戻った先輩は、バツの悪そうな苦笑を浮かべながら頭を掻いていたの。
ひょろ長い痩せ型の体型と気弱そうな表情も相まって、何処か頼りない印象があるのは否めない。
だけど地味な丸眼鏡の下で輝く笑顔は意外と整っているし、何より興味の対象に傾ける純粋な情熱と温厚で誠実な人柄は充分に好感の持てる物だったの。
そういう訳で私こと園樟葉と枚方修久先輩との間柄は、単なる映研の仲間というには少しばかり親密な関係性にあるんだよね。
こうして特撮ヒーロー番組の特別展へ二人だけで来場するのだって、見方によってはデートとも解釈出来る訳だし。
「いかにも私は、畿内大学文学部一回生の園樟葉ですよ。ボンヤリしてないでシャンとして下さいよ、枚方先輩。後ろ髪引かれる気持ちは分かりますけど、逆走しても再入場なんか出来ませんからね。物販コーナーで図録を買うか、また日を改めて出直すか。其の辺で妥協しましょうよ。」
「そうだね、樟葉君。図録は初日に行われたサイン会の対象商品として買ったから、成相寺真雄監督のギャラリートークがある日まではそれを見て満足する事にするよ。」
どうやら先輩ったら、この特別展に来るのは今日が初めてじゃないみたい。
きっとギャラリートークに来場された成相寺真雄監督にも、図録にサインを入れて貰うんだろうなぁ。
初日に来場した時に物販コーナーも覗いているはずなのに、枚方先輩はアレコレと買い漁っていた。
放送当時に発売されていたブロマイドやミニソフビの復刻版に、フォノシートに収録されていたオーディオドラマを再録したCD。
私も先輩の勢いに乗せられて、地球防衛軍が使っていた戦闘機の復刻版合金玩具を買っちゃったんだ。
そんな先輩の戦利品の中でも特に目を引くのが、当時の撮影用プロップを完全に再現した飛び人形だったの。
両手を前方で窄めて腹這いになったアルティメマンの飛行姿勢は、日本人なら誰でも知っているお馴染みのポーズだったんだ。
「これはまた凄いのを買いましたね、枚方先輩。幾ら放送当時に造形を担当されていた有田得生さんの複製サインがパッケージに箔押しされているとはいえ、大学生が買うには勇気のいる金額だったでしょうに…」
「初日に見た時は予算が足らなくて断念したんだけど、ずっと気になっていてね。そうだ、樟葉君!もし時間があるなら、少し付きあってくれないかな。」
そうして何かを思い立った先輩に連れられ、私は高鳥屋の屋上に設けられたミニ遊園地に赴いたんだ。
高鳥屋難波店は九階建てだから、屋上からだと御堂筋がよく見渡せるよ。
銀杏並木に施されたイルミネーション用のLEDライトが、夕闇に映えて何とも美しいね。
土日祝の昼間には子供向けのキャラクターショーの開催される屋上遊園地だけど、こうしてイルミネーションを眺めるのも風情があるよ。
だけど枚方先輩が私を屋上に誘ったのは、イルミネーションを愛でる為ではなかったんだ。
「えっ?ここで開けちゃうんですか、先輩?」
箔押しサインが傷付かないように慎重に箱を開けると、先輩はアルティメマンの飛び人形を丁寧に取り出したの。
そして注意深く台座から外して、銀と赤で塗装された人形の腰部を二本の指で挟んでソッと持ち上げたんだ。
それはまるで、飛び人形を本当に離陸させようとしているかのようだったよ。
「怪獣との戦いを終えて夕焼け空を目指して飛んで行くアルティメマンの姿が、子供心にも美しく感じられてね。あの頃も僕は、こうしてソフビ人形を掲げて夕焼け空を眺めていたっけ…」
そうして腹這いの姿勢を取ったアルティメマンの飛び人形を夕焼け空に翳す先輩は、まるで子供のように純真な笑顔を浮かべていたの。
「成程…この飛び人形は先輩にとって、少年時代からの憧れだったんですね。確かにアルティメマンの銀と赤のボディは、夕日に照らされると実に映えましたけど…」
私の呼び掛けにも、先輩はほとんど上の空。
きっと先輩の心は、一人の怪獣少年だった十数年前の時代にタイムスリップしているんだろうな。
恐らくは、あのアルティメマンの飛び人形と一緒にね。
それなら、私も…
「コバヤシキャップより、各機へ。ティルトビートルはアルティメマンを援護せよ。」
「おっ、樟葉君…」
飛び人形の背後を守るよう感じで私が翳した、戦闘機の合金玩具。
それに一瞬だけ驚いた枚方先輩だけど、その少年みたいな笑顔はさっきより一層に深まった気がするんだ。
大学生の男女二人が百貨店の屋上で特撮ヒーローのフィギュアを翳しているのは、第三者の目には何とも奇妙な光景に映るのかも知れない。
だけど私としては、枚方先輩の少年時代の思い出に立ち会えたような気がして、何とも嬉しかったんだ。