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【砂利道を歩く野良犬たち】      作者: トントン03
第八章 バーテンダーの手利き
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―文子と二軒目の店で― (串揚げの店を出てから二人は)

第一話から第九話まで読み返さないと、もしかしたら忘れられてしまっていることも。。

上手くつながればいいのですが。ちと不安です。

第七十八話



 ―文子と二軒目の店で―

(串揚げの店を出てから二人は)


「それで?」

 興味津々に、肇が文子に訊いている。

「それからが大変だったんですよ、優史と和泉……」

「何かが起こったのは間違いないようだね?」

 文子は、その何かって分かります、先生? と訊きたいような顔つきをしながらも自分から話出してしまった。

「優史はね、さよりのお母さんと三人で生涯暮らして行くプランを立てたんです。優史って、そうと決めたら突き進むタイプじゃないですか。事故死の原因が優史のお父さんだった、その責任感からなんでしょうけど。でも、持って行き方がちょっと強引だったのかな。自分が、もしさよりだったら……どうしただろうって。今でも和彩美と二人で会ったとき話すことがあるんですよ」

「それだけ優史はさよりのことを好きだったってことかあ……」肇は、さっき串揚げ屋で飲んでいた時の優史の振る舞いを考えていた――。

「高二から、みんなで集まって勉強していた図書館の隣に広場があるんですけど、そこで、優史と和泉がね……」文子はグラスを掴むと口許へ持っていった。


 さっきまで教え子たちと飲んでいた串揚げ屋を出てから、どのくらい話をしながら文子と二人で歩き回っていただろう。それも、どこをどう曲がってきたのかはもう分からない。ただ、極力駅から離れない方が良いだろうと、彼女の悩み事を聞ける静かな場所を探し回っていた。 

「あそこにしよう、ブンちゃん」と言って入ったのが、この店だったのだ。


 探し当てた場所、それは半地下にあった。歩道から見える建端のある木製ドアがえらく目立っていた。なぜなら、そこへ向かうまでの、大きく手を広げた状態から胸元へと絞り込んでいくダウンステップが素敵だったからだ。なんとも客の心を擽り無意識に引き込む力を感じさせた。

 二人は、店の思惑通りにその階段を下りていった。


 二人が着ているレインコート。その肩に些末な雨粒が光っている。ドアの前で互いに払い合った。

 肇は、牛の角のような真鍮製の取っ手を握り、彼女を店内へ誘導した。


「おお、先生、素敵なお店ですよ。そう言えばあたし、最近ファミレスとコンビニしか行ってないなあ……」

「俺は、毎日ばあさんとコタツでミカンだよ」


 文子と肇は、床に足が届きそうにないカウンター席に座った。

 テーブル席のほうが落ち着いて話が出来るのだが、肇は敢えてカウンター席を選んだ。相手の深刻そうな悩み事を聞く場合には正面に座らないほうがいい。誰でもじっと見つめられながら悩み事を話すのは気まずいものだからだ。


 シーリングファンが回っている天井は高かった。大型で暢気に回っている二台のそれらは居住性と相容れない関係にあった。

 店内の真ん中には、離れ小島のように楕円形のテーブルが設置されている。十五人程度座れるその大きなテーブルに、三組のカップが干渉されぬよう間を空けて座っていた。話し声は聞こえてくるが、揺蕩うピアノの音列には勝てていない。これなら邪魔にはならない、条件にぴったり合う店だと肇は思った。


「優史と和泉がね……ってさ、そこで話を止めるなよ。二人がどうしたっていうんだ?」

 肇は、二人にその後何があったのかが気掛かりで仕方がない。この話の続きが、純子と優史を結び付ける切っ掛けになったのではないか? たとえ今更ながらの話でも、次から次へと知らなかった出来事が明らかになっていこうとしていた。


 肇は、さっきの串揚げ屋で、たった一時間程度ではあったが、久しぶりに会った教え子たちと飲みはじめてからの話は、初っ端からの「誰と誰が付き合っていると思いますぅ?」という謎かけで皆から弄ばれたり、調子に乗って話している優史にムカついたり、和彩美の話し相手としては不適格で途中お手上げ状態になってしまったりと……。ところが今さっき聞かされたさよりのお父さんの事故死、これには驚愕してしまった。

 だが、そんな中にも、さよりの店員に扮しての登場には、お笑いが隠蔽されていたというオチのある悲劇を鑑賞させられた。お蔭で、頭の中は天手古舞い状態だ。ところが、興味深く其々の立場の話を紡ぎながら聞いていると、教え子たちの固い絆を否応なしに感じてしまった。


「優史と和泉、この間に……。それは一方ならぬ不思議な出来事があったんです」と文子が言った。

 文子は、その時の出来事を具に話しはじめた。


 ――図書館の閉館は二十時だった。この日は、放課後、勉強するために塾仲間の六人全員が図書館に集まっていた。

 優史は、閉館後、隣の敬老館と囲まれている広場のベンチに座って、さよりと話をしようと目論んでいた。〝閉館後、話したいことがある。隣の広場で待ってるから〟と書いたメモ書きを、さよりの机の上に投げて一階へ降りていった。新聞や月刊雑誌が置いてあるコーナーへ、住宅情報誌はないだろうかと探しにいった。

 閉館時間まで居たのは、数人の中学生と塾の仲間の六人だけだった。

 優史は和彩美に「明日、重大なことをさよりに話すから、閉館後、気づかれないようにどっかで様子を見ておいてほしい」と頼んでおいた。彼女にそう言っておけば、他のメンバーにも声を掛けてくれるだろうと思ったのだ。それは、さよりと話すにつれ興奮して何を言い出すか分からない自分自身が心配だったからだった。場合によっては、止めに入ってほしいという気持ちもあった。


 優史が、先に広場のベンチに座って待っていると、さよりがやって来た。


「話って何?」

 相変わらず、さよりの言い方は突っ慳貪だった。

 優史は空を見上げたが、星は見当たらない。

「座ったら……」

 二人だけで話すのは久しぶりだった。

 座ったばかりだというのに、さよりが、

「あたしね、早く帰りたいの。お母さんが夕飯作って待ってるから」と、また刺々しく言ってきた。

「分かったよ。それは分かったけど……どう、最近勉強捗ってる?」

 間をおいても、さよりが口を開くことはなかった。

「俺たち、前のように話せなくなっちゃったのかな?」


「…………」


 加害者側でありながら、これまでさよりに何言われてもへこたれることがなかった優史。それは、時間を掛ければ、前のような会話を取り戻せる、そんな自信があるからだった。


「以前ね、俺がさよりに話したライフプランを和彩美に相談してみたんだ。困った時は和彩美の九星占いって俺たち思ってるじゃん。よくみんなで和彩美の家に集まって占ってもらったよな」

「確かに。そんなことして遊んでたこともあったね……」

「それでさ、和彩美が、『なら、うちに来て』って言うから久しぶりに行ってみたら、あいつの本棚、参考書は端の方に押しやって、以前より占いの本が増えてたんだ。和彩美は、占い師にでもなるつもりなのかな?」


 本来なら、会話を盛り上げてくれるはずのさよりなのだが、

「それで、和彩美に何を占ってもらおうと思ったの?」

 さよりは、とっとと話を先へ進めてもらいたいらしい。

「それなんだけど、さよりにも提案したことだよ。ほら、うちの作業場の上に、さよりのお母さんと俺たち三人の住まいを作るっていうプランのことさ。それって上手くいくのかどうか、それを占ってもらったんだ。和彩美なら俺たちのことを十分わかってるからね。そしたら、占いになると、なぜか上から目線になってさ、『それはダメ! 上手くいかない』って、きっぱりと言われたんだ。なぜなんだって訊いたけど答えてくれなかった。でも、和彩美の言いたいことは、その時、俺わかったんだ。和彩美に相談してよかったよ。和彩美って、生まれもったスピリチュアルパワーがあるんじゃないかって、その時めっちゃ感じたな」

「優史、あたし、何遍も言ったよね、『あたしたちのことは放っておいて』ってさ……」

「聞いてるさ、何遍も。でも、俺からしてみれば、さよりの言っていることは身勝手な言い分なんだよな」

「それ、どういう意味?」

 俯きながら話していたさよりは、〝身勝手〟という一言に反応したようで、優史の横顔を睨みつけている。

「だってそうだろ、さよりとさよりのお母さんに辛い思いをさせてしまったのは、親父の所為なんだ。それを放っておいてくれって言われても放っておけるか? そんなことできる訳がないだろっ!」

「放っておいてくれなきゃ、相手をもっと苦しめることになる、そうは考えないんだ?」

「俺は考えないなっ」

「へえ~、そうなんだぁ……」

「足踏みしていたんじゃ先へは進まないんだよ。将来のことを考えて行かなきゃ。これから話すことは、俺なりに時間を掛けて練ったプランなんだ。今はどうであれ、結果的にこれでよかったと思ってくれるはず、絶対にね!」

「勝手だよね……」

「今は何と言われようが仕方ないと思ってる。でもさ、先々のことを俺は考えてるんだってことは理解してほしい」

 これについては、さよりからの返事はなかった。

「まあ、いいさ。でっ、ちょっと聞いてくれる? 新たなプランを――」



 肇は、臨場感溢れた文子のこの話に、すっかりのめり込んで聞いていた。

「プラン? 今度はどんなプランを考えついたというんだ?」肇が文子に尋ねた。

 優史は、さよりとお母さんを生涯背負っていく覚悟でいるのだろう。とすると、新たなプランとは、どのようなものだったのだろう。興味が湧いてきた。

 文子が説明し始めた。

「それはですね、最初のプランって、作業場の上に、優史とさよりとさよりのお母さん三人で暮らすための住まいを作るという案でしたよね、これって優史の両親と一緒に住むようなものでしょ? 同じ敷地内に居るんだから。それじゃあ、さよりとお母さんは生涯気を使って暮らして行かなきゃならなくなるわけですよ。少なくとも、さよりはお嫁さん的立場で馴染んでいくかもしれないけど、お母さんの立場を考えるとねえ……。そこで、次に考えた優史のプランは、『丸ごと隣町へ移そう』というものだったんです」

「丸ごと?」

 そう訊き返しはしたが、察しはついた。

 再び文子は一歩踏み込んだ話をしていく――。



 優史が言った。「愕くなよ、さよりっ」

 勿体ぶって話している優史が気に障ったようだ。

「あたしは早く帰らなきゃいけないの、さっき言ったよね?」

「分かってるって。で、それはね、隣町にマンションを買って、三人で住むということ。マンションは親父に買わせる。それは了解済みなんだ。気兼ねなく、お母さんとさよりと俺と、な? いいプランだろ?」

 さよりは唖然となり、

「優史っ、いい加減にして! もうやめてよ、しつこいんだよっ」と怒鳴った。

「そういう問題じゃないんだ、冷静になって考えなきゃいけないことなんだよ」

「そんなプラン、もう聞きたくないっ!」

 この叫び声も、当然、建物に隠れながら聞いている仲間たちの耳にも響いていたはずだ。さよりにとっては、誰も居ないはずの広場だった。


 そこへ、


「優史っ、もうやめろよ。さよりは嫌がってるんだ。やめてくれって言ってるのが分からないのか!」

 後ろを振り向くと、和泉が立っていた。驚いた優史がベンチから立ち上がった。

「おまえには関係ないっ、あっちへ行ってろっ!」

 ベンチの後ろに立っていた和泉が回り込み、優史の正面に立ちはだかった。


「あっちって……どっちだ?」              (つづく)


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