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【砂利道を歩く野良犬たち】      作者: トントン03
第七章 いよいよオープン! フカヒレで差別化
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―顔馴染みになれたコンビニ店員―

第七十四話


 ―顔馴染みになれたコンビニ店員―


 美乃里の大動脈弁置換の手術は三月二十二日に決まった。まだ二週間ある。

 善幸は、アパートに一人で暮らしていた。なぜなら、一月分の『極東商会』へ支払うべき返済金を月末に振り込まなかった所為で取り立て屋が来る羽目になってしまったからだ。三月一日に先方から電話があり、三月四日までに延滞金を上乗せした金額を振り込まなかったら、家に取り立てに行くからとの連絡が入ったのだ。

 善幸は、さよりに言った。「由紀子さんがな、具合悪そうなんだ。だから、おまえが泊まり込みで面倒を見てやってくれないか? あそこからなら、学校へ行くのに二十分早く出れば行けるんじゃないか?」と頼んだら、さよりは快く引き受けてくれた。


 さよりが学校へ行っている間に、善幸は娘の衣類などを詰めたバッグを由紀子さんのところへ持って行った。行く目的はもう一つあった。それは、「大丈夫ですよ、由紀子さん。先生が手術が成功する確率は九十パーセントって言ってましたから。そりゃ、百パーセントとは言えませんからね。手術後一月も経たないうちに退院できるそうです」そう言って安心させるためでもあった。


 予告通り、三月六日の夕方『極東商会』から取り立て屋がやって来た。善幸は、睨みを効かせた物言いの若いあんちゃん二人が話し終わるのを待った。その後に「何度かお越し頂いたようで申し訳ない。来月の末……、どうかなあ、確かなのは再来月の末日までには支払いますよ、慌てなさんな。嘘じゃないから」と軽く往なすように言った。

 それでも、彼らはまた来週来ると言って帰って行った。彼らの仕事は債務者が支払うまで精神的圧力を与え続けること。これに関しては多少理解してやらなければいけないのだが、今ある金は取っておかなくてはならなかった。


 明日にでも美乃里のところへ行こう。今度は美乃里にヘッドハンティングの話をしなければならない。さよりより手強いのは間違いなかった。



  善幸は病室に入り、締めてあるカーテンを開けた。ひと月ぐらい会っていないような気がしてならなかった。

「どうだ、調子は?」

 善幸は、相手が風邪でも引いてるかのような軽い気持ちで話し掛けた。

「寝てたあ……」美乃里が目を開けた。

「詰まらないことを考えてたんじゃないのか? 心配性だからな、おまえって……」

「何も心配なんかしてないよ。早く手術が終わんないかなあ、そう思ってるだけ。そうそう、サトシさんたちが昨日の夕方、またお見舞いに来てくれたの。それでね、今年はさよりが受験勉強で忙しいだろうから、来年、大学の入学祝いも兼ねて、あたしたちを旅行に連れて行ってくれるってよっ」美乃里は嬉しそうな顔になった。

「ほお~、ハワイか? せっかくだから奮発してもらおうぜ。愉しみだ。しかし随分先の話だな。まあさ、その頃には全快してるから問題ないな」

「ハワイかあ……。おねだりしちゃおうかな」

「おまえ、泳げないんだから水着にはならないよな。だから、ジッパーみたいな胸の縫い目があっても気にならないよな? そうだ、フラダンスにしとけよ」

 上っ面だけの二人の会話は続いた。

「公民館で、確かフラダンス教室やってたと思う」

 善幸はこの話を引っ張っていった。「秒速四、五回の腰振り、あれだけ腰を振ってるのに、頭は動いていない。いやー、本場のフラダンスって凄いよな。キレもないとさ。でも、掃除機を掛けてる時のおまえの腰つきじゃあ、ブレーキの効かない自転車に乗ってるみたいで、ピタッと腰が決まらないんじゃないの? 練習すればいけるのか?」手術前の不安な気持ちを一生懸命紛らわせようとしていた。

「そんなことより、手術痕って、そんなに目立っちゃうの? せめてファスナー程度にしておいてくんないかなあ」

「どっちでも同じようなもんだろ。でも、手術痕なんて俺が毎日舐めてやりゃ目立たなくなるさ、大丈夫だよ、大丈夫」

 美乃里は薄い笑みを浮かべた。善幸の“大丈夫”の口癖が漸く受け入れられてきたようだ。

「昨日ね、さよりとお母さんも来たのよ。お母さんの話ではね、先週麻子から電話が掛かってきて、手術の二十二日にこっちへ来るって。あたしの意識が戻るまで居るって言ってたらしい。目が覚めたら、お父さん、お母さん、麻子にサトシさんとクルミさん、それに悠ちゃんも居るんだ、吃驚し過ぎてあたしの心臓大丈夫かな?」

「そんじゃ、俺が居なくても大丈夫そうだな」

「そう、大丈夫かもね……」

 美乃里には、ストレスを和らげてくれる人達が沢山いたのだ。

「そうだ、おまえに話しておかなきゃいけないことがあるんだよ」

「なに?」美乃里の笑みが止まった。

「いい話だから、心配すんなって。ところで、おまえさ、ヘッドハンティングって知ってるか?」

 いまいち馴染みの無い言葉のようだった。善幸は、さよりに話したことを繰り返した。美乃里は、黙ってその話を聞いていた。

 善幸は、スラスラと作り話を終えることができた。先日、さよりに話したことが良い練習になったようだ。

 上手く通じただろうと、善幸は美乃里の顔を窺っていた――。


 美乃里は、天井を見つめている。

「お父さんがね、月曜日一人で病院に来たの」

「一人で? お父さんは月曜日から現場へ行ったんじゃなかったっけ? それとも、冬になると膝が痛むって言ってたから、仕事休んだのか?」

 顔を顰めながら屈伸運動をしている義父の姿が頭に浮かんだ。

「膝の痛みはあるみたいだけど、身体が動く間は働くんだって言ってた。お父さんはとっても働き者なの」

「そんなことわかってるさ。お父さんには負けるけど、俺もそこそこ働き者だと思うけど?」

「そう、あなたも働き者よ。でもね、お父さんが言ってたんだけど、働いてるだけではおっつかない場合もあるって。人生って、死ぬまで何があるか分からないとも言ってた……」

 善幸は、美乃里が突然話を変えてしまったことに疑問を抱いてしまった。また、義父はどこへ行くにも由紀子さんと一緒なのに、一人で病院に来たのはなぜなんだろうと別な疑問が湧いてきてしまった。

「それで?」

 美乃里は善幸の顔を見つめている……。 


「これは、お父さんの提案なんだけど……怒らないで聞いてくれる?」

「何だよ、早く話せよ」

「自己破産したらどうかって言うの」

 これを聞いて、驚きを隠せないでいる善幸は「それは出来ない!」と即答した。

 美乃里に、ヘッドハンティングの話など、そもそも通用するはずもなかった。彼女はベッドから上半身を起こし、「なんで? どうして?」と訊いてきた。

「あたし達には、それしか方法がないじゃない!」と譲らない。きっと、義父と二人きりで、今後のことを話し込んだのだろう。


 それにしても、善幸では考えつかない義父からの提案だった。

 義父は、きっと高金利で融資を受けていることを美乃里から聞いて知っていたのだ。そこの一番大きな支払いが無くなり自分も協力すれば、善幸たち親子もなんとかやっていけると踏んだに違いなかった。

 実際は、『極東商会』からの借り入れを、自己破産によってチャラにしたとしても、奴らは自己破産とは関係なく取り立てにやって来るだろう。その目的は、美乃里の治したての心臓をストレスによって弱らせること。それと、さよりの将来を奪ってやるぞという脅しだ。その結果、善幸は堪え切れなくなり、支払うための何かしらの行動をとるだろうと企んでいるのではないだろうか。

 しかし、善幸を苦しめているのはそれだけではなかった。絶対的に返さなければならない借金が積み上がっていたのだ。

 サトシに支払わなければならない店の改修工事代金未払い分の五百万円に加え、義父が美乃里の将来を見据え、手術代として毎月積み立ててくれた六百万円。それを全部開店資金として使い込んでしまっていた。今、由紀子さんの肝臓病の進行も心配で、いつ手術してもおかしくない状況だ。だから、なにがなんでも、美乃里のために積み立ててくれていた六百万円は義父に返さなければならない。それと、先月兄貴から借りた三百万円が上乗せになってしまった。これは、生活費、家賃、さよりの塾の費用などで消えていってしまうだろう。それよりも、先ず美乃里の手術代に充てなければならなかった。


 善幸は、一時しのぎとして使用できる兄貴から借りた金と、不動産屋から戻ってくる金の使い道を綿密に考えようとした。が、その必要ってあるのだろうか……と再び考え込んでしまった。ところが〝事〟の一切合切を綺麗に吹き飛ばす方向へ考えが及んでいる今では、誰に何を言われようがへっちゃらな心構えが出来ていた。


 悠さんが手術後に香港からやって来る……。考えた末の、俺を助ける秘策を携えて来るのではないだろうか。善幸の周りは、「あいつを何とかしてやらねば……」と思い悩んでいる人たちで溢れていた。


 急がねばならないのは分かっていた。けれど、せめて美乃里の手術の結果を聞いてからと、善幸は決めていた。


 善幸は、美乃里の十日後の手術に向け、色々と段取りを踏んでおかなくてはならないことがあった。一人、六畳の真ん中に布団を引き寝ている。早朝四時過ぎになると目が覚めた。まだ暗い中、ぼーっと天井を見ている……。五時十分前に起き上がり、パジャマの上から黒色のジャンパーを着て部屋から出て行った。

 善幸が向かう先は、直ぐそこの、横断歩道を渡った角にあるコンビニで、その店は幹線道路が交差している北西の角地にあった。


 店内に入り、見回してみるがお客さんは誰も居なかった。店員が、積み重なっている平箱から菓子パン類を手に取り棚に並べていた。

 善幸は、その店員の背後から声を掛けた。

「寒さが戻って来ちゃったねえ……」

「あ、いらっしゃいませー。ちょっと風が吹いてるみたいですねえ」

「マフラーしてくればよかったかな」

 善幸は、極力その店員と話をしておかなければならなかった。

「学生さん? アルバイトなの?」と関心の無いことを訊いてみた。

「はい、そうです」

「どこの大学? もしかして一橋大学じゃない?」近くの大学かなと思い訊いてみた。

「そうです。今年卒業なんですけど……」

 善幸はちょっぴり興味が湧いてきた。

「うちの子が来年受験でね、一橋と早稲田を受けるみたいなんだけど、なんとか一橋に受かってもらうと親としては助かるんだけどなあ~」

 その店員は手を止め、善幸の顔を見て微笑んでくれた。

 善幸は、独り言のように言った。

「最近、早く目が覚めちゃって、一気に年をとってしまったらしい」

「お近くなんですか?」

「直ぐそこ、歩いて一分だよ」

彼は、「そうなんですかぁ」と言い、また手を動かし始めた。

 そんな彼に、善幸は執拗に話し掛けた。

「この時間帯って、弁当類も入荷して来るんだね。品数が一番増える時間帯ってことかな。でも、コンビニの弁当って、カロリー高いからなあ」

「おにぎりもありますし、サラダなんかも単品で置いてありますよ」

 彼は、それらが置いてある背後の棚を指差した。

「なるほど、サラダも種類を増やしたみたいだね。一人暮らしだから助かるわ。毎朝買いに来るから、よろしくね」

 この会話は、僅か二、三分だったけれど、善幸の顔は彼の記憶に残ったに違いなかった。

 善幸は、菓子パンとおにぎり一つずつとサラダ、それと大きい方の牛乳パックを籠に入れレジに向かった。

 レジ台に籠を置くと、もう一人のアルバイトと思われる店員がバックヤードから出てきた。善幸はその彼にも声を掛けた。

「髪、綺麗に染めたねえ。パンクでもやってるの?」

 彼の髪の毛は見事な金髪だった。

 善幸は、次の日もその次の日も、朝、五時頃に交差点の横断歩道を渡りコンビニへ行く。ドアを押すと同時に、こっちから「おはよう!」と高らかに声を掛け中に入ると、店員二人が「あ、おはようございまーす!」と挨拶をしてくる。すっかり顔馴染みになってしまったようだ。

 善幸は、今日も同じ時間にコンビニへ行こうと考えていた。


 この時間帯の車の通行量は、信号機が邪魔だと思うほど少ない。通り過ぎるタクシーは例外なく髪が乱れるほどの速度を出していた。

 善幸は、信号は赤だったが横断歩道を渡ろうかと歩道から一歩踏み出し、右方向を確認している。すると、向こうの方からやって来たのはアップライトにしている一台のトラックだった。まだ安全に渡れるほどの距離があったが、取り敢えずトラックが通り過ぎ、歩行者用の信号機が青になるのを待つことにした。

 トラックは、信号機が黄色になり赤に変わろうとする瞬間、ザアーッと善幸の目の前を通過し、広い交差点を突っ切っていった。先の信号も同じスピードを維持し通過して行く。この勢いで行けば、間違いなく三十分程で都心まで辿り着くことができるだろう。しかし、最終目的地は神奈川か千葉方面ではないのか、その時……うん? “これだっ”と、善幸は閃いた。

 既に、そのトラックのテールランプは見えなくなろうとしていた。



 翌朝、善幸は部屋の窓を全開にし、テレビで時刻を合わせた腕時計を見ながら、昨日のトラックがこの交差点を通過するのではないかと期待しながら待っていた。仕事場への通り道になっていればいいのだが……。

 すると、(おっ、あのライトの色ではないか?)善幸は近づいてくる車を窓から見つめていた。

 ボディの色が確認できた。間違いなく昨日の青色のトラックだ。時計を見ると、午前五時二分だった。前の道を通過する時、ガタッとガラス戸を振動させ、信号機が赤に変わる瞬間にザアーッと勢いよく交差点を通過して行った。


 善幸は、翌日から立て続けにその光景を、それも同時刻に確認することができた。定時の電車が通過して行くような正確さがあった。もうその二トントラックとも顔馴染みになってしまったようだ。 

 積み荷を見ると工務店のトラックのようだった。荷台には、日替わりで梯子や脚立を積んでいたり、長尺の材木を積んでいたり、大量のベニヤを積んでいたりと現場は慌ただしそうに思えた。

 翌朝も間違いなく、この交差点を同じ時刻にあのスピードで通過していく“あのトラック”を窓から眺めることができるだろう。

 ほーら……ザアーッ。

 今回は、アパート住民の目覚まし代わりに建物全体を揺らしていった。その走りっぷりは満足させるものだった。

 善幸はお茶を淹れ、さっきコンビニで買ってきた雑誌を読みはじめた。通過して行ったトラックは、今頃環七を通り過ぎたところだろうか……。


 白々と夜が明けてきた――。                  (つづく)




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