―サトシの成長ぶりは本物だった―
サトシのお蔭で何とかなりそう?
第六十四話
―サトシの成長ぶりは本物だった―
カタカタカタカタ、階段を上ってくる音がする。
「ただいまあー」
靴を脱ぎながら、美乃里はさっそく話し出した。
「愕かないでよ、サトシさんとクルミさんね、喧嘩しないんだって。意外でしょう?」
「詰まらないこと聞いてくんなよ。昨日話したことは忘れろ。それにな、あの二人が喧嘩しないはずがない。嘘言ってんだよ」
美乃里が手にしているレジ袋が膨らんでいた。それは印象深いレジ袋だった。『高木商店』と印刷されている赤い文字から、惣菜屋の一人娘である小菊の姿が浮かんできた。
「そうかなあ、幼い頃から喧嘩ばっかりしてきたから、飽きちゃったんじゃない。でも、二人の話を聞いているとね、三つ年上の姉さん女房のクルミさんが、結構サトシさんに従順なの」
「信じられないな、人間的にどれほどサトシが成長したっていうんだ?」
「ああ、そうかあ、あなたはサトシさんと十年以上会ってないもんね。会ったらびっくりすると思うな」
「そんなに身長が伸びたのか?」
無視して、彼女は話を続けた。
「あのね、サトシさんって、電話で話をしている時の悠ちゃんの話し方に似てるんだよ」
「何言ってんだ、なんで料理長とサトシが似てきちゃうんだよ、耳まで可笑しくなったのか?」
「耳までって?」
一瞬、善幸は自分が言ったことにドキッとしたが、何のことだか美乃里は気づかなかったようだ。
「悠ちゃんからの電話ってね、話す内容はいつも変わらないの。あたしの健康状態と、さよりは大きくなっただろうなあ、それと、あなたのこと……」
「サトシと何の関係があるんだ?」
「毎回、同じ話をするんだけど新鮮味があるの。海を越えて聞こえてくる声って不思議よね。話の鮮度を感じてしまうのよ。サトシさんと話していても、それを感じるの」
「腕前が上がってきた料理人のような言い方すんなって。でも、そんなに似てきたというのなら、是非サトシちゃんとやらに会ってみたいもんだな、いや、会って確認しないといけないっ」
善幸は、そんな話より最近の心臓の動き具合を訊かなければならなかった。だが、美乃里は、まだサトシのことについて話し足りないらしい。
「そうそう、聞いてくれる。サトシさんがね、仕事仲間に工務店の社長がいるから紹介してくれるっていうのよ。ほらねぇ、今日会って来て良かったでしょ?」
「おまえ、変なこと頼んできてないだろうな?」
美乃里は、餅でも詰まらせたかのように一瞬顎を引いた。
「もしかして、店の改装工事を頼もうと……、それが目的で朝からサトシのところへ行ってたのか?」
「そうよ、なんで? いいじゃない。その方が安心だもん。サトシさんなら、予算内でやってくれると思う。相談する価値ありだよ」
「工事の内容もわからないくせして口出しすんな! サトシに頼み事をするなんて、俺は絶対嫌だからなっ」
「サトシさんのことになると、いつもムキになるよね」
自分でも何故なのかが分からなかった。
「暑くねーか? このエアコン、買え替えないとダメそうだな」
「我慢、我慢。今年の夏は乗り切らなきゃ。そんなお金は無いでしょ。さよりの部屋が効いてればいいのよ」
美乃里は、さよりが出かける前に首に掛けていたタオルを善幸に渡した。
心の持ちようで、サトシに対する見方は如何様にでも変えられる。善幸はそう思うことにした。美乃里の前で訳もなく片意地を張るのはやめて、プラス思考でいくことに決めたのだ。ダメもとで店舗工事の件で訊いてみると思えばいいだけのことだった。
翌日、善幸は美乃里に連れられて中村電器へ向かった。サトシが現場から帰って来るのは夕方の六時頃らしい。
二人は改札口を出た。善幸は美乃里の後ろから付いて行く。と、目の前に懐かしい光景が迫って来た。そこへ、美乃里の後ろ姿がすうっと溶け込んでいった。
夕方だというのに人通りは少なかった。耳を澄ますと、何処からともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
時計を見ると、六時半になろうとしている。サトシは、もう仕事から帰って来て家に居るはずだ。
「変わっちゃったなあ……」
善幸は、歩道から大きく車道にはみ出ている桜の枝振りを見て言った。
「見た目が変わっただけよ」振り向かずに美乃里が言った。
善幸には、美乃里が本当にそう思っているのか、そう思いたいのかの判別がつかなかった。
「今にわかるから……」美乃里が付け加えた。
親方の店【和食処 悠の里】は、あの頃の〝煤〟をきれいに取っ払い、接道している間口いっぱいに日用雑貨品や医薬品が並べられていた。善幸は、サトシの店が視界に入ってはいるもののそこから首が動かないでいる。歩行者の邪魔にならぬように突っ立っていると〝店〟の中から二人が出てきたようだ。だが、美乃里の掛け声が聞こえてこなかった。
美乃里は、ゆっくりと振り向き、こっちを見ている。グルになってしまった三人。その三人に見つめられ、気まずくなった善幸は、思わずサトシの店の看板を見上げてしまった。
そこには、当時サトシが考案したあのキャッチコピー“――の馬鹿野郎”は消されていて、カタカナの社名が書かれてあった。
誰かが近寄って来た。
「久しぶりだな、善幸……」そう言い、サトシが善幸の肩に手を掛けた。
善幸は一瞬ドキッとした。どう返事をしたらいいものか……。見つめ合っている二人。
そこへ、「善くん、久しぶりぃ、しっかし、老けたねえ~」と、笑みを浮かべながらクルミ姉さんが場を和らげてくれた。
「そうですかぁ、さよりの友達から父親じゃなく兄貴じゃないかって言われますけど。いやー、クルミ姉さんは全然変わってない」
「あれれ、どうしたんだ、善幸? 歯が浮くようなこと言って。おまえらしくないぞっ」
落ち着きのある声だった。善幸は「俺も吃驚!」と反応した。
サトシとクルミ姉さんが笑い出すと、美乃里が連れ笑いをしている。お蔭で善幸はお膳立てされた笑顔が作れ、張っていた気を抜くことができた。これで会話の歯車が嚙み合いそうだ。
サトシは、押してもふら付かない存在感を放っていた。美乃里が、悠ちゃんに似てきたと話していたことが頷けるような気がするのは、サトシのあの頃の〝背伸び〟が鼻につかなくなった所為なのだろう。〝おまえ〟と呼ばれる年の差と旧知の仲というのは、熟成させると深い意味合いを醸し出すものなのかもしれない。
花屋だったクルミ姉さんの家と、現在はサトシが経営する電気店は一つの建物なのだろう。以前、花屋を営んでいたスペースは、看板制作する作業場になっているようだ。二階が渡り廊下で繋がっている。それは、〝窓越しの喧嘩〟の永遠の仲裁役を担っているかのように思えた。でも、なんだか疑わしい。善幸には、まだ仮設の渡り廊下に見えて仕方がなかった。
事務所での話は弾んだ。時々顔を出してくれたサトシとクルミ姉さんのご両親も健在のようだ。次々に飛び出してくる親方と一緒に働いていた時の想い出話。その話に一緒に働いていたおばちゃん達の面影が花を添える。クルミ姉さんが徐に、初恋の人のことを話しはじめた。
「親方があんなに頑固じゃなかったら、悠ちゃんは店を出て行かなくて済んだんだから。出て行かなかったら……あたし、悠ちゃんのお嫁さんになってただろうね」クルミ姉さんが満足げな顔をして言うと、サトシが噴き出した。
サトシが言い返す。「おっと、そうなってたら、美乃里は俺の嫁さんになってたかもな……」それを聞いて、美乃里が照れ笑いしている。「じゃあ、俺の存在は?」と善幸が言うと三人が笑った。
善幸は、事務所のガラスドア越しにみえるケーキ屋に目を向けた。この時間帯で既にシャッターが下りているということは店を閉じてしまったのだろう。美乃里から、九年前にさくらちゃんは見合いして嫁にいったと聞かされた。何処か遠くへ行ってしまったのか。二階の電気も点いていなかった。紅葉の時期に、さくらと神宮外苑へ二人で行った一度だけのデート……。彼女も一人娘だった。(やっぱり、この商店街は変わってしまったんだ……)と心の中で呟いてしまった。
「善幸、ところで店の名前は決めたのか?」
想い出話から、唐突に出店の話に切り替わった。
「それね、もう決めてるんだ」と善幸が言うと、美乃里が「ええっ、決めてるの? あたしに相談もしないで? クルミさん、この人いつもこうなのよ」と嘆いている。
「善くん、美乃里がその店名を聞いて嫌だと言ったら却下だからね。で、なんていう名前にしたの?」クルミ姉さんも興味津々のようだ。
「では、発表しますね、【四川料理 悠】です!」
歓声が上がった。手を叩きはじめたのはサトシとクルミ姉さんだった。
「よしっ!」サトシの目が光った。
「文句なんかない、大賛成だよ。善くんっ!」クルミ姉さんが喜んでいる。
「その店名の背後には親方がいる訳だ。善幸、おまえ大変だな。でも、それでいいんだよ。なぜなら、絶対に潰れないということだから。もし、潰したりなんかしたら、俺が容赦しないからなっ」
「俺の店は潰れない。忙しすぎて儲かり過ぎて過労死するんじゃないかと、そっちの方が心配なくらいだよ」
「おまえだったら、天国にいる親方が褒めてくれる店にきっとするだろうな。頑張れよ……」
「善くん、あたしたちの披露宴、店でやってくれるって美乃里が言ってたけど、それじゃあ期待していいって訳ね?」
「勿論、四十人ぐらいしか入らない店だけど、親方と悠さんに叩き込まれた料理の融合で勝負しようと思ってるんだ。偉そうな言い方をすれば、その集大成を賞味してもらおうと考えてる。悠さんの家族全員で来てほしいなあ」
クルミ姉さんは何度も頷いていた。
サトシが言った。「なら、二店舗目の出店は近いんじゃないか? でもよ、そのためには先ず店の経営を安定させないとな。そうなると、二店舗目は来年の今頃になるのか? それだったら、俺たちの披露宴は後回しでいいぞ」
四人は、すっかり打ち解けてしまった。十五年という空白の歳月が一挙に消えてしまったみたいだ。元々、サトシとは兄弟のように仲が良かったのではないかと思えるほどだった。
「ああそうだ、オープンする前に、忘れずに二人で親方の墓参りしとけよ」とサトシが言うと、美乃里がパンッと手を打ち「忘れるところだった。そうよね、さよりも連れて行かなきゃ!」
花立てには、いつも一目でクルミ姉さんが生けたと思われる花が供えてあった。毎年、年始になると善幸たちより早く、サトシたちは親方のお墓参りを済ませていたのだ。
「それでなんだけど、くれぐれも、悠さんにはまだ内緒にしておいてもらいたいんだ。悠さんも十一月のオープンに向けての準備で大変だと思うから。余計な心配を掛けたくはないからさ……」
「わかってるって、善くん。美乃里から、既にまだ言わないようにって口止めされてるしね。でもさ『善くんたち、店をはじめちゃったよ』って言ったら、悠ちゃんは吃驚するだろうねえ。怒られるかもよ、何で言わなかったんだって」
「でも言わないでおいてほしい。俺の口から言いたいから……」
「善幸、言わないから安心しろよ。うちの会社って、法人化してもう五年経つんだけどさ、俺がそのことを悠ちゃんに電話で報告した時、『おまえ、法人にしたのか、じゃあ、社長さんじゃねーか』そう言って大笑いしてたよ。とても喜んでくれた。善幸の独立となれば、喜び方は俺の時と比べものにならないと思うぞ。今でも悠ちゃんからの電話で、必ずおまえのこと訊いて来る。気になって仕方がないんだろうなあ。そろそろ、俺たち、悠ちゃんに心配を掛けないようにしていかないとダメだよな」
この〝悠ちゃん〟という呼び方、俺だけがまだ言えないでいた。
「だから、今年いっぱいで目途を付けたいと考えていて。それでなんだけど、店舗工事の件で相談したいことがあって……」
このことが、善幸としては言い出し辛くて仕方がなかった。もう既に美乃里から聞いているのだろうが、今日来た訳を自分の口から説明しなければならなかった。
目先の問題は、改装する工事代金。これを上手く予算内に押っ付けないとオープンさせることができない。サトシの知り合いの工務店にそこまで無理を通せるものだろうか。
サトシは、時々質問しながら善幸の話を聞いていた――。
一通り話し終えると、「で、いくらでやってほしいんだ?」このサトシの問い掛けに、善幸はダメもとで、「込々の一千三百万円。それしか出せない」ズバッと答えた。
サトシは愕きもせず「細かい打ち合わせは後日するとして、なんとかしないといけないなあ……」そう呟き椅子の背に凭れた。
その後、四人は焼肉屋へ行き、「二人共、前祝いだ、乾杯! おい、さよりも呼べよ」と、サトシはさっきの話は解決してしまったかのような燥ぎ様で、美乃里も開店祝いと勘違いしているかのように喜んでいた。
善幸は、その美乃里の浮かれている元気な姿を眺めてはいるものの〝気鬱〟を紛らわすことは出来なかった。しかしながら、この場で一人だけ浮かぬ顔はできない。従って、まがい物の笑みを浮かべ、聞き上手として参加することにした。
そんな気鬱を他所に、サトシは、日を待たずして、知り合いの工務店の社長に連絡を取ってくれた。
翌朝、サトシから連絡があり、夕方、現場で打ち合わせの約束をした。
鍵を開けて待っていると、サトシと手帳を手にした細身で白髪頭の男が入ってきた。「おお、結構草臥れてるなあ……」と壁天井を見ながら男が言った。この初老の男が工務店の社長なのだろう。工事屋であれば見るところは同じ。金の掛かる厨房へ何も言わずに入っていった。善幸は後ろから付いていく。
社長は、二十分ほど厨房の配電盤をちらっと見た後は、水道とガスの配管の立ち上がりが気になるようで、写真を撮りながらメモしていた。その後、勝手口から一旦外へ出ると、換気ダクトの取り付け状態を調べている。最後に水道とガスのメーターを確認した。
薄汚れた椅子に腰かけているサトシが言った。
「善幸さ、オープンは九月十五日って美乃里が言ってたけど、それだと、どんなに急いでも間に合わないかもしれないぞ。ずらせない理由でもあるのか?」善幸に訊いてきた。
そう言われるのは重々承知していた。急ぐ理由は、店を一日でも早くオープンすれば日銭が入ってくるから。それに、開店するに当たり、土日と金曜日は避けたい。この条件を満たすのは、暦の上では木曜日の十五日しかなかったのだ。これを逃してしまうと十九日になってしまう。巷の給料日は二十五日。それよりなるべく早くオープンさせておきたいと考えたのだった。
オープン後、お客さんからの苦情が来ないように如何に料理を提供できるかは、料理人が新規の厨房機器を使用する上で、その配置に慣れておくことは絶対だった。また基本的な接客の仕方は、スタッフに指導しておく必要があった。そのための時間が欲しかったのだ。
この辺りは住宅地なので目新しさを狙って、どっと住人が押し寄せてこないとも限らない。それは願ってもないことなのだが、接客が不慣れな段階での混雑は避けるのがこの業界のセオリー。客から「早くして!」と催促される程度ならまだいいが、慌ててテーブルにとろみの付いた熱々の麺類でもひっくり返そうものなら「すみません……」では済まされない。そんなへまが続けば、のちの客足にも影響が出てきてしまう。
社長が一通り確認し終わると、三人は、ガタつくテーブルを挟んで施工内容を話し合った。
善幸は、先週不動産屋で青木と井守社長に相談した時と同じ内容を繰り返した。サトシは、まるで施工業者であるかのように話を進めていく。看板制作だけではないらしい。話しているうちに、この社長の右腕のような存在に思えてきた。それだけ個人的にも深い関係であるということなのだろう。
善幸は、信頼できるこの二人に望みを託そうと思った。話し合いの末、オープンまであと一月しか残されてない。三人は工事の発注者と請負業者の関係を取り除いた挙党態勢で臨むことにした。
善幸は、店舗工事の件に関しては、サトシのお蔭で一気に不安が和らいだ。あとは目先のことを順次やっつけていけばいい。気掛かりなのは一つだけ。今年いっぱいで結果を出さなければならないということ。その為には、今年いっぱい何とか美乃里の心臓が正常に動き続けてくれなければならない。それを願うばかりだった。
美乃里の心臓の具合は、サトシもクルミ姉さんから聞いて分かっているようで、美乃里が手伝うにしても動きっぱなし状態は良くないだろうし、苦しくなった時は休ませる場所を確保しておいた方がいいということで、その分客席は減るが三畳程の小上がりを厨房内に作っておけば、いざというとき寝かせるのに役に立つはずだと提案してくれた。
これは良い提案だと感心してしまった。善幸は、別な使い方で頭に浮かんだことは、営業時間外で腰を下ろしながら餃子を作ることも出来るし、不足分のスープ作りをするために自分が泊ることだって出来る。だが、余計な工事費用を掛けることになってしまうのではないか? そもそもこの工事、不可能と思える予算でやろうとしているのに、追加工事のような話を持ち出してきて、予算内で果たして収まるのか? 善幸には不可能な方向へ向かっているような気がしてならなかった。
しかし、サトシは「良い思い付きだろう?」と言わんばかりの顔をしている。彼の話を聞いていると、最後に「実はな、予算を切り詰める妙案があるんだよ、善幸っ」そう言ってこないと合点がいかない話として終わってしまうことになりはしないか?
その日の夜、サトシから「二日後から解体工事に入るぞ!」との連絡が入った。一日たりとも時間を無駄にしないという手回しは、施主の想い以上かもしれない。善幸は、解体工事が始まる日の午後に現場へ行ってみることにした。
現場から三十メートル離れていても、道路工事でもしているかのような激しい音が響いているのが分かった。歩道を半分占拠している廃材が店の前に積んである。明らかにうちの解体工事で出たものだ。
ドアを開けた途端、善幸は耳を塞ぎたくなった。店内で若い職人二人が作業をしている。一人が厨房のコンクリートの床を斫っていて、もう一人が客席の天井材を剥がしていた。善幸は入口のところから大声で「ご苦労様です!」と言ったが、二人は気づかないようだ。近づいて行き、もう一度「ご苦労様っ」と更に大きな声で言った。
二人は手を止めて軽く会釈をした。
「社長は今日来るのかな?」そう善幸が訊くと、一人がマスクを外し「うちの社長は廃材を捨てに行ってます」と答えた。
先日打ち合わせした社長のところの職人と思っていたが、話していくうちに、この二人はサトシが雇っている職人だということが分かった。つまり、廃材を捨てに行っているのはサトシ本人だということになる。
厨房のコンクリートの床を斫るのに四日は掛かるという。若いとは言え、コンクリートの斫りを朝から晩まで続けるのは重労働なはずだ。善幸は、途中コンビニで買ったお茶やコーラの入ったレジ袋を彼らに渡した。
工事初日で、大変な改装工事であることが理解できた。はっきり言って、この先、しんどい作業を伴いながらの解体をするくらいなら、いっそのこと重機を使って一気に壊し、更地にしてから建て替えた方が手間いらずではないかとさえ思えてくる。解せないのは、工事をやるのは工務店じゃないの? そんな疑問が湧いてきたことだった。
その質問を彼らにぶつけてみると、「社長の友達の店らしく、工期も予算もないから俺たちが手伝うしかないんだって言ってましたけど」などと言われてしまった。彼らは善幸を施主だとは思っていないようだ。もう、工事に関しては、サトシに一任する他はなかった。
職人の一人が、朝八時から床をハンマードリルでガタガタと斫り出したら、何事かと近所の人が店に入って来て文句を言われたという。説明はしたらしいが、施主の立場としては、工事着工する前に挨拶をしておくべきだった。タイミングを逃しはしたものの、早い方が良いと思い、この後、善幸は、近隣へ挨拶回りをするための粗品を買いに行き、挨拶回りをすることにした。 (つづく)




