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【砂利道を歩く野良犬たち】      作者: トントン03
第五章 出来上がった厨房内の確執と家族の絆
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―張り詰めた空気―

善幸は、これから全てを美乃里に打ち明けるつもりでいる。

第六十一話



 ―張り詰めた空気―


 三千五百万円という借金の話をはじめた直後、美乃里は流石にショックを隠せないようで、そのためか目を丸くしたまま一通り話し終わるのを黙って聞いていた――。


 その後、美乃里の質問攻めがはじまった。

「三千五百万円だって? 頭がおかしくなっちゃったの? ねえっ! どこから借りたのよっ、担保もないのにどうやって? 金利はどのくらいなの? そもそもサラ金だってこんな大金貸すわけないでしょ! あたし達……どうなっちゃうの……ねえーっ、なんであたしに相談してくれなかったのよっ!」


 訝しむのも無理はない。美乃里は唇が震えだし、泣き出しそうだ……。

「おまえさ、経理の山下さんって知ってるだろ?」

 范料理長が店に居た頃、山下の話を持ち出したことが何度かあった。美乃里は、良い印象を持っているはずだ。

「会ったことはないけど、その人が個人的に三千五百万円を貸してくれたっていうの? まさか、バカなこと言わないでよっ!」

「落ち着けって、彼はとても真面目で信頼できる人なんだ。俺が店で働き始めた頃からの長い付き合いだからさ、彼のことはよく分かってる。だから、大丈夫なんだよ」


 この後、善幸は、山下が傷害事件の後始末と高額な開業融資の問題を片っ端から解決していってくれた経緯を美乃里に話していった。出来るだけ、不安を抱かせないように気を配りながら……。


 善幸は上手く話せたと思った。しかし――。

 美乃里が、本格的に問い詰めてきたのはこの後からだった。その声は、道路を隔てた戸建てにまで聞こえていたに違いない。傷害事件を起こした事の重大さより、多額の借金で前途に失望してしまった衝撃のほうが大きかったようだ。


「そんな高額なお金……返していけると思ってる? 金利が三十六・八七%だって? サラ金以上じゃないっ、何も知らないで借りたってこと? どうして、そんな勝手なことを相談もなくしたの! ねえっ、何でさよりのことを考えなかったのよっ! もおーっ」


 借りられる金融機関なんて無いんだ、どこも貸してはくれないんだよ……。そう言いたかった。が、善幸はすぐさまテーマの転換を図った。

「そりゃ、自分たちの店をはじめてやろうとしているんだから、誰でも不安なものさ。でもな、俺は平気。かなりのハンデを背負っての出店になりそうだけど、この苦難を乗り越えられると思ってる。自信があるんだよ」

 美乃里を安心させようと、こんなことを言ってしまったが、善幸の本心は絶望の淵からの、他力でお膳立てされたチャンスをもらっての独立開業であって、それは危険な賭け事だということは熟知していた。

「それ、ただの自信過剰だよ、楽観視し過ぎでしょ? そんな簡単なはずないっ!」

 美乃里は、電卓を持ち出してきてテンキーを叩き出した。


「単純計算だけど……、金利だけで月の支払いが百万円を超えてしまうんだよ、ちゃんと計算してみた? 何の計画も立てないで店をやろうとしてるの? 一体、どうしちゃったのよ……」

 まるで親が子供を諭しながら叱りつけているかのようだ。

 しかし、善幸は負けていなかった。

「そんなの計算済み。大丈夫なんだ。確かに金利の額はデカいけど、月の売上げから考えれば返済可能な範囲内。そのうちゆっくりと説明してあげるからさ」

「どう考えても無理だと思う。あたし、とんでもない方向へ向かっているような気がしてならないよっ」

「大丈夫、大丈夫だって。自分の店を一つぐらい持てなくてどうするよ。俺たち、その為に頑張って来たんだろ? オープンしてしまえばこっちのものさ。お客さんが、また食べたくなる料理のラインナップを出し続けていけばいいんだよ。店の存続のキーポイントはそこにあるんだ。おまえには分からないと思う。けど……だからさ、そこは俺に任せておけって、な?」


 この話を切り出してから一時間半が過ぎていた。美乃里は、〝やってしまった事〟は仕方がない、どうにもならない、それは理解したようだが、そのことを踏まえて彼女が出した結論は、自分たちの店を持つのは諦めて、開業資金のために貯めてきた一千二百万円を損害賠償に当て、残金は少しづ返済していこうという考えだった。二人で働き続ければ、なんとか完済可能な額だし、それに最低限の生活レベルになろうが生きてはいける。すべてはさよりのために……。だから、そっちの道を選択したいと言い張った。

「さよりは受験だし、目指している大学ってね、優史君と同じ私立大学なの。お金の心配はさせたくない……」

「それも考えたんだ。俺ね、年末までに店を軌道に乗せるつもりでいる。さよりが高三になる前に安定した経営状態にしたいからね。さよりにとっても早い方がいいと思うんだ。条件の合った空き店舗を早く見つけて、九月中旬までにオープン出来れば、客足は年末に向かって順調に増えていく。今、不動産屋の担当者に言ってあるんだ。良い物件が出たら連絡してくれるようにってね。俺の思惑通りに進んでるんだよ。だから、大丈夫、大丈夫なんだって!」

「大丈夫? 何が大丈夫なの? 失敗したら、すべてを失ってしまうんだよっ、生きていく術を失ってしまうのよ……」

「おまえ、心配し過ぎ。俺だぞっ、この俺が店をやるんだ!」

 一瞬、美乃里が愕いた表情をみせた。

「大きな声出さないで、お隣に聞こえるから……」

「もう聞こえてるだろ、ぺらっぺらな壁なんだからよっ」

「和泉くんのお母さんから聞いたんだけど、高二の夏って大切な時期なんだっていうの。それで、塾の方でも再来週に面談をやるそうよ。あなたも行くんじゃなかった? 夏休みに入る前に、先生と一緒に計画を立てて苦手な科目を夏休みの間に克服するんだって。だから、あたしたちは、さよりが勉強に集中できる環境を作ってあげなきゃいけないのよ」

「俺が考えていることは、おまえとは違うんだ。俺はね、だからさ、極力受験勉強に支障が出ないように、今年中に店を軌道に乗せようと思っているんだよ。考えてみろ、さよりだって、お父さんが店をオープンするってことを知ったら吃驚するぞ。そんな親の頑張って働いている姿をみたら、『あたしも合格するように頑張んなきゃ!』って思うだろうよ。〝子どもは親の背中をみて育つ〟っていうじゃないか。そおっとしておいてあげるのが良いとは限らないんだよ。出店は、さよりにとってもプラスに働いていくはずだ、きっと」

「それはあなたの勝手な言い分。あたしね、」

 ここは押し通すところ、そう思い、善幸は言葉を遮った。

「俺の話を最後まで聞けよ、さっきも言ったけど、俺が一番気になっているのは、オープンさせるまでの準備期間を出来るだけ短くしたいということだ。それは俺が頑張るしかない。オープンを先にずらしたら、店の運営が安定してくるまで、下手したらさよりが高三になってしまうかもしれないだろ。そうなると、もろに受験に引っ掛かって来る。いくらなんでもそれは避けたいよな。オープンするまでの準備って短期間でやるのは大変なことなんだよ。オープンしてからだって暫くは大変だろうと思う。しかし、そこは乗り越えなきゃ……。おまえにも協力してもらうことになるけどさ」

「いくらでも手伝ってあげる。でも……無理だよ、無謀だと思う。ねえ、借金を返してからだって店を持つことは出来るよ。あたしもいっぱい働く。お金貯めるから……ね、そうしよ?」

「チャンスってな、そう何度も来ないんだよ。人生において、二、三回あったらいい方なんじゃないか? 今回、俺はもうやるしかない、そう決めたんだよ」

〝もう〟やるしかない、これしか残されていなかったのだ。

 美乃里が言った。「〝もう〟ってどういうこと? まだチャンスはあるよ! まだ時間もある。借りたお金だって、足りない分だけ借りればいい訳だし、明日にでも三千五百万円の半額は返せる。その分、高い金利だって払わなくて済む。今週いっぱい、もう一度考えてみよう、ね? 今直ぐに決めなきゃいけない話じゃないわ」

 善幸は突っ慳貪に言った。

「大丈夫だって言ってんだろっ、何度も言わせるなっ!」

 言葉に詰まったら〝大丈夫〟を繰り返すことに決めていたのが役に立っただろうか。

 会話が途切れた――。


 なんとか、さよりが学校から帰って来る前に、喉に詰まっていた話をすべて吐き出すことはできた。 

 善幸は、二つ目の山を越えようとしている。いや、そうではなくて、越えたんだと決めつけて、この件を落着させなければならなかった。美乃里は、まだ残っている涙を光らせながら善幸を見つめていた。


 少しだけ開けていた腰高の窓から入り込んでくる雨が、束ねたレースカーテンを重くしていた。あと十日もすれば、梅雨は明けるだろう。




 当てにしていた不動産屋だったが、二週間が過ぎても連絡は来なかった。これまで担当者から紹介された一番良さそうな物件でも、こっちが伝えた条件の六割しか満たしていない。もっと良い物件があるはずだ、一体この不動産屋は探す気があるのだろうかと善幸は苛立っていた。

 善幸は、この不動産屋に行き着くまでに、駅前の四、五件の不動産屋へ飛び込んでは物件を漁っていた。しかし、どの物件も伝えている条件を半分もクリアーしていないものばかりだった。やはり、待つしかないのだろうかと考えもしたが、そんな呑気なことは言っていられなかった。

 

 善幸は、真剣に探しているんだという意気込みと、急いでいることをアピールするため、担当の青木のところへ再度連絡を入れてみることにした。

 青木は外出中だった。電話口に出た営業マンは、善幸が店を探していることを知っていた。「青木の方も、一階で三十坪前後の店舗が無いか、付き合いのある他の不動産会社にも当たっているところなんですが……。わたしにも気に掛けておいてくれと言っていました。ですから、決して探してないわけではないんです」

 少なくとも、一見さん扱いにしていた訳ではないのは彼の言い分から汲み取れた。

「そうは思っていませんが、オープンを九月の中旬に予定しているものですから。一階が無理なら二階でも地下でもいいですので紹介してもらえませんか?」

「ああ、そうですか、それならご紹介できる物件数は全然異なってきます。飲食店の場合、皆さん一階を希望されるので、空くとすぐに埋まってしまうんです。店舗って難しいんですよ、どうしても借主側の条件がきつくなってしまいますからね。それに合う物件となると、なかなか……。住宅と違って、比べ物にならないくらい物件数も少ないんです。その中から探すわけですからねえ。一、二年店舗物件を探しているお客さんなんてザラなんですよ。駅前の良い物件が空いたら、ほとんどフランチャイズ事業者や大手の飲食業者が持っていってしまいますし」

 善幸は、店舗物件の流通のからくりを聞いて、そう簡単には見つからないものなんだということを理解した。

 電話より直に話をした方がいいと思い、

「今から伺ってもいいですか?」と善幸は言ってみた。

 相手にプレッシャーを掛け、真剣に探させるためだった。


 不動産屋のドアを開けると、「青木はまだ戻っていませんが、私がお話をお伺いしますので」と名刺を差し出しながら言った。彼が電話で話していた営業マンだった。

 彼は、善幸が希望している中央線ではなく、並行して走っている私鉄沿線の店舗物件のチラシをめくりはじめた。

「この物件はどうでしょうか? 考えようによっては良い物件だと私は思いますが。物件を見に行ったときは、昼間だけじゃなく夕方以降の人の流れや、周辺を歩いてみて住民の生活レベルがどの程度なのかを掴んでおくことも大切だと思いますよ。平日と土日でも違ってきますからね。また、中華屋をやるのでしたら、宅配するかしないかに因っても売り上げは大きく変わってきます。この辺りは住宅地ですから尚更です」と、最初は尤もらしく言って、早くこの物件で決めさせてしまおうと思っているのではないかと勘繰り、話半分に聞いていた。

 その後も、彼は四、五件の物件のチラシを見せ説明してくれたが、それらは、間口の狭い階段を上っていく物件だったり、同じく間口が狭く薄暗い階段を下りていく物件だったりと、とてもこのような場所で、それも命懸けで〝開業するぞ!〟と考えられるような物件ではなかった。これらはスナック物件に違いないと思った。


 善幸は、いくら家賃が安いとはいえ、やっぱり、通行人が「どんな店だろう。客は入っているだろうか」と店内を覗くことができる一階がいいと改めて思った。

 こうして他の物件と比較して考えてみると、先日、青木が紹介してくれた物件が段々良く思えてきた。

「前に、青木さんに紹介してもらった物件なんですが、もう一度下見できますか?」彼に訊いてみた。

 まだ借主が決まっていなかった。


 翌日、善幸は、その物件と周辺の環境を下見しに現地へ行くことにした。

 善幸は、物件のある駅の北口ではなく南口に出てみた。目の前には道幅が広く真っ直ぐに貫かれている通りが、ゆとりのある生活感を漂わせていた。それゆえ、両サイドの不規則に植えられている桜とイチョウの青々と生い茂った木立が映えてみえた。この並木通り、春と秋の季節感を出すためにバランスを考え植えられたのではないだろうか。

 ロータリーに設置されている道案内を見てみた。すると、この並木通りは大学通りと名付けられていた。どこの大学だろうと案内板を見てみる――。広範なスペースを割いている敷地があった。この場所に一橋大学があるのかと、一瞬考えさせられてしまった。


 善幸は歩き出した。学生が立ち寄りたくなるような焼き立てのパン屋やコーヒーショップ、それにファーストフードの店が目についた。この大学通りを歩きながらふと思った。さよりの第一志望である私大の授業料ぐらい背負ってやるぞ! と。ところがその荷は一度屈んでしまったら立ち上がることができないくらい今の自分には重かった。

 出来れば、優史と同じ早稲田大学を目指すのではなく、経済的負担の少ない一橋大学を第一志望にしてくれないだろうか、と思わず弱音が頭を擡げた。

 学生の足取りはだらしなく遅かった。連なる学生達を追い越しながら、大学の周辺を歩き回っている。戸建ての住宅が整然と立ち並ぶ通りを時間を掛けて歩いた。その間、直角に七つ八つ曲っただろうか。

 善幸は、高架下をくぐり、店舗物件のある北口に来ていた。こじんまりとしたロータリーにバスが一台止まっている。傘を持った乗客数人がそのバスに乗り込もうとしていた。

 北口の周辺は、これ以上下見しても目に留まるようなものは何も無かった。南口と比べると、随分と差を付けてくれたもんだ、と頭を抱えたくなるほどだ。人通りも雲泥の差だった。

 善幸は時間を確認した。午後二時を跨いだところ。物件の周辺を調査するのには良い時間帯だった。



 ふくらはぎの疲れを抱えて帰宅した善幸は、既に風呂から上がり、ビールを飲みながらテレビを見ていた。

 そこへ、塾から帰って来たさよりが、

「お父さんさあ、最近、帰りが不規則だよね。どうして?」

 一瞬戸惑ったが、

「偉くなると、切りの良いところで帰れるんだよ。タイムカードなんて、そもそも無いしな」なんとか、不自然さを感じさせずに言うことができた。まだ、さよりに話すタイミングではなかった。

「へえ、お父さん、偉くなったんだあ、じゃあさ、給料も上がるんでしょ?」

「どうかな……」

「どうしたの? なんでそんな暗い顔をしているの?」

 さよりは、ノリの悪い返事に、いつもとは違う父親を見つけたようだ。

「偉くなると、仕事は減っても悩み事は増えるんだよ……」

 今日、再度下見してきた物件は、今一つ決定打に欠けていた。だが、余り時間は掛けられない。善幸は、この物件に決めてよいものかと、帰宅してからずうっと悩んでいた。

「それ、わかるよ……、あたし」

「はあ? おまえの頭も疲れてるみたいだな。いいからもう寝ろ。高二の夏を制する者が受験を制するんだろ。だから頑張れ、さより」

「お父さん、大学受験の経験ないじゃない、わかるの?」

「所詮自分のためだろ。自分のために頑張ってるだけなんだぞ、偉そうなことを言うな! おまえが社会に出れば分かるようになるさ」 

「じゃあ、それまで待つとするかあ……」

 さよりに軽く往なされた。

 台所から、美乃里が声を掛けてきた。

「さより、塾の面談のこと、訊いておかなくていいの?」

「そうそう、話したよね、お父さん。再来週に塾の面談があるんだよ。行ける?」

「勿論行くさ。前回の面談で、肇先生にはすっかり顔を覚えられてしまったようだしな。相談しやすそうな先生じゃないか。さよりも期待されてるみたいだし。それに、面談に行くことは、お父さんの愉しみの一つになってしまったからな」

「同じ塾に行ってる仲の良い友達が五人いるんだけどさ、あたしを含めて四人が早稲田が第一志望なの。優史ってね、もう合格圏内にいるんだよ。優史がうちに来たとき話したの覚えてる?」

「和泉くんと違って、スポーツも出来るっておまえが言ってたよな。でも、気を付けろよ。そんなこと、本人の前で言うもんじゃない」

「和泉なら言っても大丈夫。気にしないって。優史ね、肇先生に言われたんだって、数学のセンスがあるって。肇先生は数学教えてるの。このまま行けば絶対受かる。だから、あたしも同じ大学へ行けるように頑張らなきゃ!」

 受験って、考え方に因っては愉しくやれるものらしい。

「第一志望が早稲田なのか?」

「和泉だけ違うの。早稲田は嫌なんだって。なんでかは知らない……」

「訊けよっ、気にならないのか? 幼なじみだろっ」

「今度訊いておくよ」

 何ともつれない返事だった。

「どこ狙っているんだ、和泉くんは?」

「一橋らしいよ」

「一橋って、国立の一橋大学のことか?」

 今日行ってきた町にある大学だ。これは偶然なのだろうかと一瞬驚いたが、家から近いという理由かもしれない。

「そう言えば、和泉のお父さんって一橋大学だったかな。それでかなあ。高二になる前は、和泉があたしにね、一緒の大学に行こうよ、なんて言ってたのにさ」

「だったら、一橋大学にすればいいだろ。おまえも文系なんだから」

「もう決めたの。四人で同じ大学を目指して、全員そろって合格しようねって。それに、一橋じゃ、理系が無いんだよ。優史は理系なんだからさ。それとね、和泉……」

 急にさよりが言葉を詰まらせた。

「どうした?」

「滑り止めに、関西の私大を受けるんだってさ……」

「なんでだ?」

「わかんない」

「訊けや!」

「変なの、和泉がそんなに心配なの?」

「小さい頃から知ってんだぞ。うちによく遊びに来てたし。おまえ、忘れたのか? お父さんがよくおやつ代わりに作ってあげてたチャーハンを、和泉くんはいつも『美味しい、おじさん、とても美味しいよぉ』って言いながら食べてたのを、そういえば、最近、顔を出さなくなったなあ……」

「そんなことあったっけ?」

 さよりは、あっけらかんとしていた。

 美乃里の声が聞こえてこない。台所でさっきっから何をやっているのだろうと思っていたら、さよりの夕飯の用意をしているようだ。何も言わずに、二人の会話を聞いているふうでもあった。

「さより、食べたらすぐにお風呂に入ってね……」

 おぼんにセットされた焼肉定食が出てきた。先ほど、美乃里と二人で食べたのは焼き魚定食だった。

「最近、お母さんも元気がないね。具合でも悪いの?」そう言うと、さよりは一口焼肉を頬張った。

「そんなことないわよ、気の所為じゃない?」

 善幸は、「さより、お母さんの元気が無い分、お父さんがあるから大丈夫だよ」と言ってあげた。


 ここ数日間〝大丈夫、きっと上手くいくから。心配すんなって!〟と、美乃里の方を見つめては心の中でそう呟いていた。


 ところが〝あれ以来〟美乃里と目が合うことはなくなった……。  (つづく)

                                  


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