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【砂利道を歩く野良犬たち】      作者: トントン03
第五章 出来上がった厨房内の確執と家族の絆
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―みんなで“牛徳”へ行こう―

麻子:由紀子さんの娘であり、美乃里の妹。さよりにとっては、七歳年上の叔母にあたる。


由紀子が麻子に託す想いとは……。それを麻子はどう受け止めるのだろうか。また、これらの家族親子関係の複雑で互いに思い遣る心のぶつかり合い、すれ違いはここから始まっていく――。


*漸く五人の教え子たちの二人目である和泉君が登場するが、キーポイントとなる彼の行動とは――。


第四十一話



 ―みんなで“牛徳”へ行こう―

 

 深い眠りの中でうなされていたようだ。さよりがそんな父親の体を揺すった。

「どうしたの? 起きて、お父さん。お昼になっちゃうよ。今日、お姉ちゃんのところへ行く約束してるんだよ!」

 小学生とは思えぬ張りのある声だった。善幸は目を開け、さよりの顔を見た。彼女は来年中学生になる。

 三人揃って、美乃里の平屋建ての実家へ行くのは正月以来だった。さよりの目的は、七歳しか離れていないのに叔母に当たる麻子に会いに行くこと。会えばいつも優しく接してくれる。さよりは、そんな麻子が大好きだった。

「起きないの? それとも、行きたくないの? どっち?」母親に似て、質問攻めが癖になってしまったようだ。

「そうだったな、起きるか……」

 善幸は深い眠りの中の、今さっき見ていた夢を思い起こそうとしていた。しかし、なかなか出てきそうにない。諦めかけていると、

「うなされてたよ、職場で何かあったの?」美乃里が訊いてきた。

 美乃里は、腰窓に沿って取り付けてある一本のロープに洗濯物を干していた。

「そうか? 別に何もないけど……」


 職場で何があろうと、それを美乃里に話したところで解決する訳ではない。却って、揉め事を作るだけだと思った。

 美乃里の体が屈むたびに善幸の顔に陽が当たった。善幸は、堪らず腕で陽を遮った。


「ならいいけど。布団畳むから起きて。お昼皆で一緒に食べることになってるの。でも、お昼の時間は避けた方がよさそうね。〝牛徳〟は混んでると思うから」美乃里が壁掛けの時計を見て言った。

 それは、料理長のマンションにあったディズニーの時計。料理長が香港へ帰る数日前に、オモチャと一緒に送ってくれたものだった。

「皆と一緒に行くときは、いつも〝牛徳〟なんだよ、お父さん。いつも混んでるんだよねえー。お父さんは初めてじゃない?」さよりは嬉しそうに訊いてきた。

「お父さんだけ仲間外れか?」

「お父さんだけ休みが合わないからだよ。牛徳は、昨日も行ったんだよ」

「それじゃ、二日連続だな。二人でか?」

「二人じゃ愉しくないじゃない。和泉くんのお母さんも一緒にね」

「和泉くんかあ、無口な男の子だけど、幼稚園の頃から知ってるから、何を言いたいのかが分かるんだよな。作ってあげたチャーハンを頷きながら食べていたら〝今日のチャーハンも美味しいよ、おじちゃん〟ってことだし、お父さんが寝てる時、気配を感じて目を開けてみると、和泉くんが覗くように見てた時があって、そんな時は〝おじちゃん、疲れてるんでしょ? 大丈夫?〟ってことなんだと思ったよ」

 そると、さよりが「そう言えば、和泉くんって、いつもお父さんの寝顔を興味深そうに覗いてるよね」

「お父さんのファンなんだろ。彼とは良いお友達になれそうだな」

 なんとか寝起き一発目の笑顔が作れた。

「この世に存在しない動物でも見てるかのようだって言ってたけど」さよりは父親をからかっている。

「おい、そんじゃ、お友達になれそうにないな。お父さんは友達が少ないから喜んじゃったじゃないか。でも、諦めないぞっ」

「お父さんの身体を心配してたことは本当だよ。これだけで友達を超えてしまったね。もう親友なんじゃない?」

「親友かあ……。いいね! ところで、和泉くんは野球やってるのか?」

「なんで?」

「巨人軍の帽子をかぶってたからさ。もし野球が好きなら、巨人戦の試合にでも連れてってあげたいな、親友になったんだから」

「和泉くんってね、スポーツは何もやってないの。あの帽子、二つ持ってるんだよ。バカでしょ?」

「多分、一つ千円の帽子が二つで千五百円だったんじゃないか?」

「ブーッだね。それね、あたしが関係してるんだよ。和泉くんはね、毎日その帽子をかぶってくるの。でさ、傍にいるとニオってくるから『クサすぎる!』って言って突き飛ばしたことがあって」

「そしたら?」

「和泉くん、その日は何も言わず家に帰っちゃった。次の日から帽子をかぶんなくなっちゃったの」

「可哀相なことすんなっ、和泉くんは傷つきやすい男の子なんだよ。お父さんだったら、おまえに無理やりその帽子をかぶせちゃうけどな」

「お父さんって、小学生の頃、いじめっ子だったでしょ?」

「どうだったかなあー、そうかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない」

「お父さんはね、間違いなく意地悪だったと思うよ」

「さよりがそう思うなら、そうしとくか?」

 美乃里に限らず、さよりまで勘違いしているようだ。

「驚いたのはさ、数日後、また同じ帽子をかぶって来たの」

「驚くことないだろ、お母さんに洗ってもらったんじゃないのか」

「違うんだよ。和泉くんね、その帽子は一つしか持ってなかったんだけど、あたしの叫んだ『クサすぎる!』がよっぽど効いたのかもね。そう言った後に、帽子をもう一つお母さんに買ってもらったらしいの。それもまったく同じ巨人軍の帽子。野球やってないのにさ。理解できなかった、というよりバカだよね?」

 善幸は暫く考えていた――。

「和泉くんって、良い奴だな……」

「変な奴じゃなくて?」

「さより、男の子の気持ちを少しは理解してあげないといけないよ」

「なになに? どういうこと?」

 さよりは、答えようとしない父親の横顔を見ている……。


「お二人さ~ん、もう話は終わりましたかあ?」

 洗濯物は干し終わったらしい。美乃里は、空カゴを洗濯機の上にのせると、今度は布団に座った状態の善幸をお尻でどかし布団を片付けはじめた。


 


 三人は、“見慣れた駅”に降り立った。午後一時半を回っていた。牛徳の昼の部は十五時までに入らなければならない。善幸たちは、思い出深い商店街を通らずに近道をすることにした。実家までは急ぎ足でも十五分以上はかかる。さよりが先頭に美乃里がつづいた。


「あれっ」

 善幸は、その光景に愕いた。知らぬ間に、実家の前の道が舗装されていたのだ。古びた平屋建ての家の前は砂利道でなければならない。何者かによって、あの頃の大切な記憶を、ダダダダダッと工事用のランマーで締め固められてしまったような不快感を覚えた。

「綺麗になったでしょ? ドン詰まりの狭い道なのにね。今年の二月に市が舗装してくれたのよ。税金が余ってたのかなあ」美乃里が喜んでいる。

「勝手にやるなってんだよ!」

「お父さん、なに怒ってるの?」さよりが不思議そうな顔をしている。

「理由かあ、怒る理由ねえ……」

 想い出なんてもんは、自分が憶えてさえいればそれでよかったのだ。

 三人は門扉の前で止まった。どうやら三人の声は聞こえていたようで由紀子さんが先に出てきた。

「遅かったじゃない、善くん……」


 この言い方、苛立ちを抑えつつ女のおねだり感が漂っていた。この時、善幸は、義理の母親を“由紀子さん”と呼ぶ決心を固めた。

 当時、美乃里が一人で手入れをしていた庭。スズランの葉が勢いよく伸びている。遠慮がちの開花はこれからのようだ。


「お父さんの寝坊が原因なの」

 美乃里は〝原因はコイツだっ〟と言わんばかりに、指先を善幸に向けた。始まろうとしていた由紀子さんとの語らいが、ぶち壊される前に善幸が言った。

「由紀子さんっ、美乃里の言ったことは信じないでください。実を言うと、俺って寝起きが悪いので、さよりが優しく起こしてくれるのを待ってたんですよ」

「あたしは、善くんの言ったことを信じるわ」

 由紀子さんはこの言い訳を気に入ってくれたようだ。他人が聞いたら、とても身内の日常会話とは思えないだろう。それに義理の息子に名前で呼ばれることに抵抗がないというより、互いに嬉しさが込み上げてくるというより……微妙な心の通じ合いみたいなものが加味し、お互いが自然と引き寄せられてしまう……おぉ~。だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

「あたしね、お父さんが疲れているんじゃないかと思って、ぎりぎりまで起こさなかったんだよ」さよりさえもフォローしてくれた。

 なので、

「さより、まだ小学生なのにその思いやりは凄いぞ。お父さん涙が出てきそうだ」

 麻子が何か閃いたらしい。「そうだっ、皆でこの家に住むっていうのはどう? あたし、良いこと思いついたでしょ?」そう提案した。

 麻子は、年の離れた姉である美乃里の背丈を超えていた。善幸はどことなく母親の由紀子さんに似てきたような気がした。

 由紀子さんの後ろにいた義父が前に出てきた。「じゃあ、狭いから増築しないとな。二階建てにして、風呂も大きくするか」満更でもなさそうに義父が古びた平屋の家を眺めている。

「そんなこと、今考えてどうするの? 三時までにいかないと焼肉食べられなくなるよ」美乃里が一番現実的だった。


 一斉に歩き出した。まるで集団登校。一番最後を歩いているのが義父だった。

 善幸は、久しぶりに会った由紀子さんと話をしたくなった。何を話そうかと考えていたら、由紀子さんの方から話し掛けてきた。

「この砂利道ね、舗装してくれて本当に良かったわ。だって、雨が降ると泥が跳ねあがって足が汚れてしまうでしょ?」


 ……由紀子さんの困った顔を見るのは始めてだった善幸。


「役所はなぜもっと早くやらなかったんだ! その場に俺が居たら、由紀子さんの汚れた脚を綺麗にしてあげられたのになあ……」善幸は、すぐさま阿る態度をとった。


 後ろを歩いている美乃里と麻子の話し声は聞こえてこなかった。                                                  (つづく)


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