表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【砂利道を歩く野良犬たち】      作者: トントン03
第三章 【山下公園】と【港の見える丘公園】
26/87

―由紀子と見知らぬ男との関係―

のちに明らかになっていく由紀子が失踪した理由とその思惑。由紀子は何を考えていたのか。それが明らかにされぬまま美乃里は悩み続けることになる。

第二十六話


―由紀子と見知らぬ男との関係―


 話を戻すのには何か理由があるのだろう。そこで、

「偶にしか帰って来ないのに、玄関を開けたらおまえの嫌そうな顔が出てくれば、お父さんだって家にいるのが嫌になるよ。それに義理の関係だろ、だからじゃないか?」善幸はこのように解釈した。

 一瞬の間があった。

「それ、違うんだよ。お父さんはあたしと一緒にいるのが嫌なわけじゃなかったの。あたしが嫌がっているから、どっかへ行かなくちゃいけないと思ったんだよ。それで、あたしが起きてくる前に姿を消しておきたかった、そういうことだったの」

「それ、変だよ。だったら現場にいたまま帰ってこなきゃいいじゃん」

「だからさ、帰って来たいんだよ、お父さん……」

「なんじゃそりゃ、おまえが、勝手にそう思い込んでるだけだろ」

「家に帰ったら、お母さんが帰って来てるかもしれないでしょ?『お父さん、お疲れ様、元気だった?』とか言って、お父さんに抱きつくかもしれないじゃない」

 善幸は呆れてしまった。

「そんな妄想するな、ありえないだろ! お母さんが家に帰って来てたとしても、玄関の扉が開いたら先ず手をついて『お父さん、ごめんなさい!』じゃないのか? おまえを置いて好きな男のところへ行っちゃったんだぞっ、それなのに、お父さんに抱きついてほっぺにチュッか? だとしたら、おまえのお母さんは頭がおかしい!」

「そうだよね……。通常なら考えられない。でもね、うちのお母さんって、そのくらいのことを平気でやってのけるの」

「やってのけちゃうんだあ、へえー。お母さんって随分と男馴れしてんだな、すっげぇーよ。会ってみたくなった」

 善幸は左右に首を振った。頭の中は〝そんなこと、あり得るか!〟と言う気持ちでいっぱいだった。

 美乃里は、橋桁が渡されていない橋脚の灯りに眼差しを向けている。お父さんでも探しているのだろうか。

 善幸には、母親の人間像がどうも頭に浮んでこなかった。思い巡らしていると、なぜかローズのバニー姿が頭に浮んできた。それは、水商売という共通点だけではなさそうだ。

 薄暗く煙草の煙が立ち込める店内で、『皆様、お待たせしました。これから、ぱっちんマリモショーを開催致します!』、そのアナウンスの割れる声が轟く中、ミラーボールが回転しはじめると、ソファからが立ち上がり腰に手を当てるローズ。そのポーズは、浴びている散光を妖光に変え、善幸の目に照らし返した。時折、彼女の顔に刺さる斜光が濃いめの化粧に罅を入れる。推定年齢の読み違いかと思わせる顔の皺があったような気もした。

 偶然、店の前の商店街通りを歩いているローズを見かけたら、美乃里の母親と年齢は然程かわらないのではないだろうか。


「美人なんだよ、うちのお母さん。あたしと似てないの」

 善幸は一呼吸おいて、

「自慢できるお母さんで良かったじゃん。うちのお袋なんか、かっぽう着の似合うただのババアだからさ」心配りをした。

「うちのお母さんってね、派手好きなの。またスタイルもいいしね。若い子に負けてないんじゃないかな」

「オシャレなんだね。でも、おまえの話を聞いているとさ、自分のことより娘のことを、ちったー考えてやれやっ、て言いたくなるな」

「あたしのことはどうでもいいよ。お母さんなんて、忘れてしまえばいいだけだから……。でも、お父さんはそうはいかない。お母さんが家を出ていってから、あたしをどう扱っていいのか、悩んだんだよ。遠い現場だった時でも、極力家に帰ってこようとしてた。以前より、帰って来る頻度が多くなってさ。あの頃、あたしのことが心配で休暇をとってまで帰って来てたんじゃないかと思う」

「おまえの母親は、罪なことをするよなあ……」

「こういう時って、遠い親戚より近くの他人だよね。あたしのことで悩んでたお父さんは、隣のおじさんに相談したらしいの。どうしたら、あたしと上手く暮らせるようになるかを。そしたら、おじさんの趣味が釣りで、それでお父さんを誘ってその溜池に行ったんだって。それが釣りに行くようになった切っ掛けだったらしい。その時に、おじさんがアドバイスをしてくれたことは、あたしとは一旦距離を置いてみたらどうかって。それから、徐々に時間をかけて近寄って行った方が上手くいくんじゃないかって」

「話が繋がったな」

 面白さに欠ける話ではあるけれど、善幸はほっとした気持ちになれた。

「隣近所って大切だなあと思った。この話はね、おじさんの奥さんから聞いたんだよ。旦那さんと夕飯を食べてる時にでも話したんじゃない。あたしがお父さんと一緒に釣りに行くようになったのは、その後からなの。最初は、あたしの態度が急に変わって困った顔をしてたけど、次第に打ち解けていった。お父さんが、あたしのことでこんなに悩んでいたなんてさぁ……」

「相手のことを思い遣る気持ちは、時として誤解を生じることがあるってことだね。関係が壊れるだけじゃなくて、そのあと恨まれたりさ、合わねーよなあ」

「でも、あたしの場合は、誤解が解けたし、結果オーライだった。よかったよ、本当に。隣のおじさんとおばさんのお蔭だよ」

「人ってさ、些細なことで救われることってあるよな。出会いもそう。その人の人生をも変えてしまうことだって稀じゃない。でも、良い場合と悪い場合があるから、そこが怖いところだけど」

 彼女は、満足気な笑みで応えた。

「お父さんと、あたしの釣竿を一緒に買いに行った時ね、おまえにはこの竿がいいだろうって勧めたのが、ゴールドの下地に赤と黒のストライプが入ったものでさ、変なんだよ。でも折角選んでくれたんだから、それにしたんだあ」 

「話を聞いてるとお父さんって、おまえと一緒で地味そうに感じるんだけど?」

「地味だよ。どこへ出かける時も、作業着を着てるのと変わり映えしない恰好してる。なんでかっていうと、お母さんって自分は派手なのに、お父さんの服を買う時は地味なものを選ぶんだよ。安物を探していると、そうなっちゃうのかな」

「そんなことはどうでもいいけど、お父さん、置き去りにされた〝荷物〟のことに、どれだけ気を遣ってたんだろう。大切に考えてくれてたんだな、おまえのこと……」

 彼女は、善幸の顔をちらっと見たが、すぐに夜景に目を向けた。彼の〝荷物〟などという悪意のない言い方に慣れてきたようだった。

「今の家ってね、お母さんとお父さんが結婚すると同時に購入したようなものなの。お父さんの仕事の現場は、関東地域がほとんどだし、家を買うなら東京がいいってことになってさ、今の家に決めたの。だけど、物件を紹介してくれた不動産屋が悪徳でさ、相場より二割も高く吹っかけているのに『掘り出し物件』だって言われて、結局、信用して買っちゃったんだよ。こっちに引っ越してから、それが分かって、悔しくてお母さんが一年ぐらい嘆いてたよ。その上、砂利道で行き止まりの一番奥の家でしょ、塀の向こうは畑だしさ、最悪な物件だよね。その先にはお寺があるの、わかった?」

「寺があるんだ。夜だから気づかなかったな」

「気分的な問題なんだけどさ、第一印象はよくないよね。でも、もうここを売って別な家を買うなんて絶対無理だと思う。売るとしても、買った時の半分以下じゃないかな」

「バカだな、よく考えて買えよ。安い買い物と違うんだからさ」

 腹の立つ要因がもう一つ追加された。

「家を買うなんてはじめてだし、あたしたち田舎者なんだよ。新潟にいたんだから。それに物件の下見には一度しか行けなかったの。二人とも仕事があるじゃない。下見に行った時ね、不動産屋の営業マンが『こちらの物件になります』って、掌で示した先を見たら唖然としたよ。でも、お父さんが『静かな住宅地で東京なのに空気もいいし、立地は最高だな。美乃里はどう思う?』ってあたしに訊いてきたの。墓石らしきものが見えたから、一段と静かに感じたよ。あたしさ、この家を見るまで、てっきり新築の家を想像してたから、こんなカビ臭い家の前で『どうだ?』って訊かれても困るよね。お母さんは意外にも嬉しそうな顔をしてた。庭木を一本一本確認するように見てたっけ。そしたらさ、『いいんじゃない』って、軽々しく返事をしちゃったの」

「おまえのお母さんらしいな。おまえが反対すれば、買わなくて済んだかもよ」

「お父さんもお母さんも気に入ったみたいだから、『あたしは嫌!』なんて言えなかった。仕方がなかったんだよ。新築なんて高くて無理だし。それでなくても『お父さん、心配しなくていいよ、あたしも働くから』って、お母さんが言ったの。こんなボロ家でもね、お父さんとお母さんが無理をしなきゃ買えない家だったんだよ。そう思ったら、この家を買って三人で仲良く暮らして行きたいって、その時、思ったんだよ……」

「それが、この様かよっ」

「お母さんの選んだ仕事が悪かったんだよ!」

 彼女の形相が変わった。涙が光りながら落ちていく。

「ええっ、まさか、またスナックじゃないよな?」

 それは、もう予感ではなく必然と思えた。

 彼女は黙っている。

「止めろよ! なぜ止めないっ、お父さんは反対しなかったのかっ!」

 善幸は、前屈みになって彼女の顔を見た。

「水商売って、お金がいいんだよ……。お父さんもまさかスナックで働くなんて思ってなかったと思う。こっちに引っ越して来てから、二人が言い合いしているのを聞いたことがあったの。お父さんがね『ダメだ、絶対に許さないからなっ!』って。突然大声を出してお母さんを怒鳴ったんだよ。初めて聞いたよ……あんなにお父さんが怒ってるの。現場監督が職人を叱ってるみたいだった。金槌で頭を叩かれたような衝撃を感じた、あたし。隣の部屋で寝てたから見れなかったけど、その時のお父さん、どんな顔してたんだろう……」

「お母さんは、何て? 黙ってたの?」善幸は好奇心丸出しで訊いてみた。

「お母さんね『時給千八百円もくれるところなんて、他にないんだよっ!』って、お父さんを上回る声で、逆に叱りつけてた」

「お母さんも負けてねえな。それでお父さん、何て言い返した?」

「その後は何も聞こえてこなかった。翌朝、お父さんが現場へ行く時、あたしに、『お母さん、二年間だけスナックで働くことになったから……』って言っただけだった」

「もしかしてさ、一年間だったら〝問題〟は起きなかったんじゃないの?」

「そうかも……。お母さんって、せっかちだからローンを早く返したかったんじゃないかな。それに近くのスナックじゃなくて、二駅先の尾ノ守駅から歩いて十五分のところにある店でさ、バス通りから路地に入った小さなお店だったの。お母さん、どうやって探したんだろう、そんな店。あたし、お父さんと迷いながら様子を覗きに行ったことがあるんだけどさ、」

 そのことより先に、善幸は店の名前が気になった。

「何ていう店?」

「どうして?」

「いいから教えろよ」

 彼女は言いたくなさそうだった。

「……“女の園”」

「わぁお、ペンキの剥がれたドアを開けたら……首を伸ばして『怨めしやぁ~』かあ、幽霊が三体は出てきそうな店の名前じゃん」

「お父さんね、お母さんのことが心配だから、現場から帰って来る度にその店を見に行ってた。店に入るわけじゃなくて、店の近くをうろつきながらチャンスを待ってるの」

「チャンスって?」

「お母さんの顔が覗けるのは、お客さんが出入りする時にドアが開く瞬間だけだからさ、あたしがついて行った時はね、一時間いたんだけど、ドアが開いたのは四回だけだった」

「どうだった?」

「お母さん、グラスを持ったまま楽しそうにお客さんと話したり、マイクをもって歌ってたりしてた。お父さんは、それを身動きせずに見てた。覗いてる時のお父さん、哀しそうな顔しててさ……。カウンターだけの狭い店で、お客さんが窮屈そうにくっついて座ってたよ」

「何で客がいっぱいなんだよ、路地裏のスナックなんだろ?」

「知らないよ、そんなこと!」

「そりゃそうだな」控えめに笑った。


 その店のママのつけている香水は、年齢をも遥かに超えた高い位置にあって、そこから風に運ばれて巷で香っているのだろうか。


「お父さんね、ある時から覗きに行かなくなったの。安心したんだろうと思った。でもそれって、違ったんだね。お父さん、何かを感じ取ったんじゃないかな……」

「何を?」 

「わからない」

 彼女は目じりを上げた。

「俺、また気に障るようなこと、何か言った?」

 彼女の口元が俄かに緩んだのがわかった。

「お父さんとお母さんがね、二人で自転車に乗って買い物に行ったの」

「おいおい、今度は何の話をしようとしているの?」

「ほら、隣の駅にあるシティマート、知ってるでしょ? 二階建ての大型のスーパーだよ」

「それがどうしたの?」

「お母さんがね、買い物してたら突然いなくなったんだよ」

 善幸は耳を疑った。

「お父さん、心配しちゃってさぁ……。店内が広いとはいえ、三十分も探せば居るかどうかくらい分かるよね。お母さんの自転車が置いてあったから、一時間ぐらい店内と駐輪場を何度も往復して探したらしいの。でも、居なかったって……」

「それで?」

「お父さん、蒼い顔して……。玄関に突っ立ってたお父さんの顔、まるでお母さんが事故にでも遭ったかのような顔をしてた。『何かあったの?』って訊いたら、『お母さん、帰って来てないか?』って。その後、もう一度、二人でシティマートへ行ってお母さんを探したんだけど……」

 男と逃げやがったな、当時お父さんも同じ思いだったんじゃないだろうか。

「いくら探しても、いなかったろ?」

「あたし、警察に届けようっていったんだけど、お父さんがその前に、お母さんの実家に電話入れてみるって言うの」

「何かわかった?」

「実家のおばあちゃんが電話に出て、少し前にお母さんから電話があったって……」

「お母さんが出て行く理由を直接お父さんに言えるわけねーもんな」

「…………」

「お父さん、黙っておばあちゃんの話を聞いてた。身体から力が抜けて行くのが分かったよ。受話器を落としそうになったから。そしたら、突然『えっ、大阪だって!』そうお父さんが声を張り上げたから吃驚したよ。その声は今でも耳に残ってる。あたし、傍で聞いてて手に取るように内容がわかった。改めてお父さんに理由は聞けなかったよ……」

「お母さん、男と大阪に行っちゃったんだ?」

「それを知って、あたし、自分の部屋に閉じこもっちゃったの」

「おまえもショックだったろうけど、お父さんは仕事にもいかなきゃいけないし、どうしていいか悩んだだろうなあ。おまえが中二の時でよかったよ。小学生だったら泣きわめくしかなかったもんな」

「それ、泣き方が違うだけだよ。中学生の場合は、声を押し殺さなきゃいけないんだ……」

「それに、来年は高校受験だし、精神的に参ったろ?」

「お母さんを許せなかった……」

 彼女の表情を見ていたら、居た堪れない気持ちになった。

「わかるよ……」

 善幸は、怒りが込み上げながらもその様子を隠していた。右手を握ってあげると、緊張していた彼女の背中が、次第に丸みを帯びていった。

「お父さんね、それ以来、仕事から帰って来ると、『あれ、お母さんはまだ帰って来てないのか?』って言うの。まるで買い物に行ってるみたいにさ……。現場へ向かう時はいつも『美乃里、心配するな。お母さんは必ず帰って来る』そう言って、よく親が子供にするように、あたしの頭を撫でてから出ていくんだよ」

 善幸は考え込んでしまった。彼女は兎も角、お父さんは、今、お母さんのことをどう思っているのだろうかと……。

「お母さんが居なくなってから、もう五年経つんだよな?」

「うん、お父さんとは仲良くやってるよ。だから問題なし。ただね、半年ぐらい前だったかなあ、お父さん、泣いてるの? って思う時があった」

 また、彼女が変なことを言いはじめた。「お父さんって、現場監督なんだろ、なんで泣くんだよ。現場で職人を怒鳴り散らしているのにさ」

「家に帰って来ると違うのかも。危険を伴う仕事だから、背負ってる責任も重いんだよ。それを下せるのが今の家ってことだと思う。あたしね、お父さんがお風呂に入っている時に、着替えを洗濯機の上へ置きにいったの。そしたら、扉の向こうから聞こえてきたんだよ」 

「泣いてる声が?」    

「違う。当たっちゃったんだよ、善くんが」     

「宝くじ? 鉄砲玉か? おまえさ、頼むからスムーズに話してくれよ。推理しながらの聞き役は疲れる」

「お蕎麦屋さんで、善くんが話してたこと」

「俺が話したことって、ぱっちんマリモショーとローズのことだけだぞ。お父さんとローズが過去に付き合ってた、なんて落ちはやめてくれよな。制作会社から放送作家として誘いがきそうだから」

 善幸は笑いをこらえた。彼女はクスリともせず、険しい表情を浮かべている。

「そうじゃなくて、サチコだよ」

 サチコ……? 善幸は、〝商店街〟にそんな一人娘いたっけかな、と一瞬そっちの方を考えてしまった。蕎麦屋で話したことを思い返してみた。そうだ、「おまえのお母さんの名前、サチコじゃねーよな?」なんて言ってしまったことを思い出した。


(歌謡番組の名司会者である玉置宏が独特の語り口で、ニック・ニューサの曲『サチコ』を紹介している光景が善幸の頭に浮かんできた。玉置宏は、ニック・ニューサのボーカルをステージの中央へとリードする)


「えっ、やっぱおまえのお母さんって、サチコだったの? あのニック・ニューサの『サーチコ~、サーチコぉあ~、お~まえーえっえっのお~黒髪ひぃ~』あの『サチコ』か?」

「サチコじゃない!」

「じゃあ、なんだよ、ガッカリさせんなって」

「由紀子だよ……」

「うーん? まあ、オッケーかな。ユーキコ~、ユーキコ~ぉああ、替え歌の良さが出てるぞっ」

「そういうことじゃないんだけど……」彼女が当惑している。

 どうも善幸の頭の中では、ローズもサチコも由紀子も如何わしさに関して言えば共通していると思えて仕方がない。しかし、ここで彼女の話を茶化してはいけなかった。申し訳ないと思いつつも、その気持ちをどう現していいか分からないでいた。

「でも、善くんと話していると、思い出しちゃったあの頃の寂しさを忘れさせてくれるよ。それに、あたしが男の子とこんなに話せるなんて愕き。二人の波長は合ってないって人に言われればそうなんだろうけど、でも、あたし、そう言われてもいいと思ってる」 

「二人のことだからね、俺もそう思うよ」

 彼女が肩を押し付けてきたのがわかった。

「湯船に浸かって、蚊の鳴くような声で歌ってたの、お父さん……」

「ユッ、キコ~ってか?」

 善幸は、名前を口に出すのもやっとな息遣いで歌ってみた。

「そんな感じ。聞いてて、お父さんは今でもお母さんのことが好きなんだってことがわかったの」

「じゃないと、おまえのことをこんなに大切に考えてくれなかったよな」

「それは違う。お父さんは、そんな人じゃない! そういう人だったら、あたしは好きにはならない」

 彼女の言う「お父さんは、そんな人じゃない!」という言い方には、看過できないほどの深い意味があるように感じた。

「お父さんの話はさ、また今度聞くよ。それより、お母さんは大阪に行ったきりなの? 居所はわかってるの?」善幸はこの場にいる時間が気になっていた。

「そのことなんだけど、お母さんが家を出て行ってから一年くらい経ったある日、あたし、電車の中で見かけたの」

「じゃあ、大阪に行ったって言うのは、嘘だったってことじゃん!」

 母親は、身内にも平気で嘘をついていたのだ。収まった怒りがまた込み上げてきた。

 彼女の言い辛いことを口にしてしまった。

「お母さん、男と一緒にいたんだろ、違う?」

「男の人はいなかった」

「男の人はいなかったって、誰がいたんだよ!」 (つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ