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【砂利道を歩く野良犬たち】      作者: トントン03
第二章 美乃里と善幸との出会いから
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―フロアレディ ローズとの接点(かみさんの尻に紙風船を付けさせれば)―

第二十話



 ―フロアレディ ローズとの接点―

 (かみさんの尻に紙風船を付けさせれば)


 この時間帯の電車は空いていた。二人はドアのすぐ近くに腰掛けた。

 美乃里は、専門学校へ行く時に使っている紺色の帆布バックを持っていた。高校生が教科書を入れ持ち歩くようなバッグだ。デートの時にぶら下げて歩くおしゃれ感は全くなかった。これしか持っていないのだろうか。中身が大して入っていないから、腕の重さでクシャッと潰されていた。

「また、いいバッグ持ってきたね」

 善幸は、バッグについてる汚れを右手の甲でササッと払ってやった。

「触らないで!」

 経年の汚れだから勿論落ちやしない。

 その後、二人は話をすることもなく正面を向き、窓越しの風景を眺めていた――。

 彼女がこっちを向いた。「お腹空かない?」と、思い出したかのような問い掛けに、善幸が返事をする。「そういやあ、腹減ったなあ」

 サトシのことで腹が立っていたから、それだけで満たされていたのだろう。

「ブランチじゃなくなったね」善幸の顔をみて彼女が笑っている。

 善幸の計画では、ブランチはさくらに連れて行ってもらったパンケーキ屋を考えていた。正午を過ぎると混むので、十一時半には外苑前の駅に着く予定でいた。洒落た店なんてそこしか知らなかった。もしその店に行っていたら、美乃里は気づくだろうか、さくらの店のパンケーキと似すぎているということに……。

 善幸はサトシに感謝した。

「ブランチの時間は通過しちゃったからさ、東京駅まで行っちゃおう」計画の変更を彼女に告げた。

「東京駅? 何かあるの?」

 善幸はそれには応えなかった。その態度に不服そうな彼女は、また窓越しの犇めき合って立ち並ぶ家々を目で追っていた。

 善幸がふと思いついたこととは、中学生だった頃に親に連れられ見て回った東京駅の地下街と大丸だった。親が共稼ぎだったこともあり、家族で遊園地や旅行に行ったことは数える程しかない。その記憶の中で、迷路のような地下街で家族皆で食事をしたことがある。そこで美乃里と一緒に食事をしたい、好きなものを食べさせてあげたいと思ったのだ。

 もう一つ、電車に乗っていて思いついたことがあった。一時間以上待たせてしまった美乃里に、お詫びとして気に入ったバッグを買ってあげるということ。〝私事都合〟の抗えない事由で遅れてしまったことが、却って二人の愉しみを凝縮させてくれたようだ。

 今日は、その後、関内から歩いて『港の見える丘公園』へ行き夜景を愉しんだら、親方に「八時までには行けよ」と言われた四川料理の店へ行くというはっきりとした目的がある。当ても無く歩きまわり、意味もなく時間を潰していたこれまでの休日の使い方とは違った。それも一人じゃない。この先の生活のリズムまでもが、ガラッと変わって行きそうな予感がしてならなかった。

 規則的に耳に響いてくるガタンゴトンという電車の音や一定の距離間隔で開閉するドアの音を、二人は黙って聞いていた。

「次が東京駅だよ、善くんっ」

 彼女は、沈黙の時間を打ち破った。

 善幸はゆっくりと目を開けた。

「終点だから、慌てなくても大丈夫だよ」

「東京駅で何するの?」

「乗り換えるんだよ。その前に、おまえ、腹減ってるんだろ? 何か食べようよ。何食べたい?」

「善くんは?」

「おまえに訊いてるの、俺は何でもいいんだよ」

 美乃里は、夜は四川料理食べるから、パスタがいいという。善幸は、東京駅の地下街で彼女の気に入る店を探さなければならなかった。

「食べた後は、買い物でもするかあ」

「買い物? 何か買いたいものがあるの?」

「おまえのバッグ」

 彼女はキョトンとしている。

 ドアが開き、善幸がサッサと降りると、彼女が小走りでついて来る。

「あたしのバックを買ってくれるって? このバッグじゃ変だから?」

「そうじゃない。遅れたから。そのお詫びだよ。欲しくないの? 要らないなら買うのやめるけど」善幸は、不愛想にそう言った。

 善幸の強みは、先月分の給料袋にまだ手を付けていないことだった。今日はその封筒ごと持ってきている。これだけあれば、美乃里の前で恥をかくことはないだろう。

「じゃあいいよ、別にいらないから」

 おおっ、あっさりと来たか、でも想定内。善幸は慮る……。

「そうだよな、好きでもない相手からのプレゼントなんか受け取れないよな。真っ当な言い分だ。偉いぞっ!」

 先に善幸が改札口を出ると、汚れた帆布のバッグを胸に抱えこんだ美乃里が、すっと善幸の横に並んだ。

「ブランド物を買ってくれるならいいけど」

 おっとと、どの女も侮れないな、更に善幸は思い巡らす。

「もしかして、君……、フロアレディやってなかった?」

「フロアレディって何?」

「知らないの? 黒光りしている大理石の床の上を歩いてる女の子だよ。網タイツ穿いて」

「目的は何? 変なこと?」

「えっ、おまえの変なことって何?」

 ここは確認しながら話を進めなければいけないところだ。

「知らない。でも網タイツ穿いてるんでしょ?」

「もしかして、おまえも穿きたいの?」

 話が変な方向に向かっていた。

「じゃあ、あたしにバッグと網タイツを買ってくれるんだ?」

「まあ、そういうことになるな。似合うかどうかは見てみないとわからないけど。そのうち確認しに行くからヨロシク。二年前に俺が時々通ってた網タイツの店なんだけどさ、女の子の恰好がバニーガールだったんだよ。バニーガールって、お酒を運んでくるだけで通常お客さんの隣には座らないもんじゃない?」

 彼女は首を横に振った。

「座らないものなんだけどさ、そこの店は座って話し相手になってくれるんだよ。話す内容は取るに足らない話なんだけど」

「善くんさ、この話も取るに足らない話だと思うよ」

「違うね。この話の続きを聞けば、俺の凄さが分かると思う」

「俺の凄さ? へえー」

 二人は飲食店が立ち並ぶ地下街を歩いていた。彼女は時々喉を鳴らしながら、どの店へ入ろうかと迷っている。そんな話はやめてくれと言っているようにも窺えた。だが、凄さをわからせてやろうと、二、三歩スキップ気味に急ぎ、善幸は彼女の前にしゃしゃり出た。

「バニーガールの恰好って、お尻に白いマリモみたいなのがくっ付いてるよね。それでね、女の子が席を立つ時、俺、それがズレてたから直してあげようと思って摘んだんだ。そしたら、びょ~んと伸びちゃってさぁ、吃驚。ゴムで留まってたんだね。どこまで伸びるんだろうと思って、それを引っ張ったら手が滑って、パチンッ、キャーだって。ハハッ。いきなりなもんだから女の子も周りのお客さんも吃驚しちゃってさあー、悪ふざけで、その後も四、五回やったら、店内で瞬く間に流行っちゃったんだよ。客があっちこっちで真似て、パチンッ、パチンッやりはじめたんだ。客も慣れてくると、ゴムが切れる寸前まで伸ばしてから放すようになって、良い音を出そうと競争しはじめたんだ。同時に、女の子たちがキャーキャー悲鳴をあげるもんだから、店長が『お客さーんっ、やめて下さい!』そう言いながら、ボックス席を走り回ってやんの。女の子たち、逃げ場がなくてパニくってたな。面白かったのはね、尻の大きさによってなんだけど、パーンッと乾いた音系と、ポーンッとシャンパンを開けた時のような音系があってさ、その高低差が結構あって面白かったよ。その日、俺についた子はねぇ、違ったんだ。〝ズンッ〟だって。慢性便秘症なのか、土方が四〇㌔の砂袋を地面に落とすような音だった」

「そんなことで喜んでるんだぁ、善くんは……」

「おい、俺は発案者だぞ。偶然にでも、こんな企画モノは誰も考えつかないと思う。各省庁のお役人が、この店に一度でも来たら次の日には職場で大変だ。その役人が『ノーパン喫茶よりいい店見つけましたけど……。今度、一緒に現地調査へ行きましよう、課長っ!』そう言うとさ、『そうか、そうかぁ……。で、君、そこの店だけど、予約はできないのか?』とか言って、ヒソヒソと耳打ちしてんじゃないか?」

「お役人の人って、スケベな人が多いの?」

「サトシと違って、頭の良い人たちばっかりだからな。職場では、毎日企画書とか作ってるわけだろ、だからさ、こっちの企画モノにも一応触れておこっか、なんて思っちゃうんじゃないの。ストレス解消。大目に見てやれよ。真面目そうな奴ほどスケベって言うだろ? これって、悪いことじゃないんだよ」

「調査を兼ねてねぇ……。税金を使ってそう」

「遠からず、かもな。自分の懐からは出さないよ、多分。それとね、」善幸が続きを話そうとしたら、彼女が「もう〝マリモ〟の話はいらないから!」と遮った。

 語尾を強めたので、彼女は嫌がっているのだろう。それでも、善幸はこの話の完結を目指した。まだこの話は三合目だったのだ。取り敢えず、最初は機嫌直しに、

「おまえって、バニー系似合いそうだけど。面接で合格するんじゃない?」

「やらせたいの? お金が無くてもやるつもりなんかないから!」

「そうだよな。でも、あの店長だったら食い下がるんじゃないか、時給は他の女の子の倍出すからなんてさ」

 ここまで言われりゃ、悪い気はしないだろう。澄ました顔をして歩いてはいるが、何も言わないところを見ると、内心は嬉しいと思っているに違いなかった。

「それでさ、一週間後、またその店へ早い時間帯に行ってみたんだよ。そしたら店の前で店長が呼び込みしてて……」

 彼女は下を向いて歩いている。善幸は、様子を見ながら話すことにした。

「俺を見るなり、『こないだはありがとう!』って肩叩かれたんだ。店長がニコっと笑ってくれたんだよ。この前、騒がせちゃったもんだから、店長は俺の顔を覚えてたんだね。でも、なんで俺にお礼を言ったのか不思議に思わない? 出入り禁止かなと思ってたのにさ」

「…………」

 彼女の足の運びが速まった。

「俺、店に入るつもりはなかったんだけど、店長が階段を下ったところにいるボーイに『大切なお客様一名ご案内! 大サービスよろしく!』って、大きな声を出したんだ。大切に扱われたんだぜ、凄くない?」

「それで、気分よくして入ったってわけ?」

「まあいいじゃん。それでね、仕方なく階段を下りていったんだよ。そしたらボーイがドアを開けた途端、店内からワイワイガヤガヤの騒音が聞こえてきてさ、その上からボーイのアナウンスがおっ被さって、うるさいのなんのって参ったね。この時間帯、空いてると思ってたから愕いたよ。既に客さんが三分の二は埋まってたな」

「ここは、コヒーショップ、あそこは中華かあ……」彼女が呟いた。キョロキョロ辺りの店を覗くようにして見ている。 

「ひとり、ボックスに座って周りを見回していたら、バランスが悪いんだよ。この前とは違ってたんだ」

 不思議と、美乃里がこれに反応した。

「バランスが悪いって何が?」

 興味が湧かない話でもしっかりと聞いているようだ。彼女のこの問い掛けが話の堰を切った。

「おまえがさっき言ったマリモだよ、マ、リ、モ」と言うと、彼女は不快な顔つきになった。善幸はお構いなく話していく。

「マリモの大きさがさ、ふた回りデカくなってて毛の生えた丸いクッションのようなものに変わってたんだ。それがカッコ悪いのよ。天井で点滅している五色のスポットライトとミラーボールの所為で、白いマリモが鮮やかな肌色に変化する時があってさ、離れたところから見ると、尻がポッカリと破けてるように見えるんだ。まあ、それはそれで偶然のエロさが効いてて良い演出になってたけど、ただ、大きさが不自然なんだよねえ、『これ、掴んで下さい』って催促してるようで。店長は、お客さんに対して分かり易い楽しみ方を考えたんだろうけど、楽しいのは最初だけで次第に白けてきちゃうと思ったね。どうして大きさを変えたのかを、店を出るときに店長に訊いてみたら、高齢者のためだって言ってた。女の子が腰を振るとなかなか掴みづらいんだってさ」

「お年寄りも来るんだあ……」彼女は不思議がっている。

「大概お年寄りは帽子を被って来るんだよ。わかり易いやね。俺が行ったときも、四、五人はいたかな。この高齢者の人数、無視はできないと思ったんじゃないか? ほんで、店長は家に帰って実験したんだって。研究熱心っていうか、まあ責任者だからねえ」

「実験? どんな?」

 話に喰いついて来た。

「これまで付けていたマリモをさ、持ち帰ってかみさんに付けさせたらしい。八十近い自分の父親の顔の前で腰を振らせたんだって。ところがね、かみさんが年寄り相手にムキになっちゃってさ、掴まれたら負けだと思ったのか、高速で腰を振り出したらしいんだ」

「お年寄り相手に真剣勝負? で、お爺さん掴めたの?」

「三分間やったけどダメだったって。かみさんは勝負に勝って大喜びしてたらしい。お爺さんはね、若い頃剣道をやってたらしく、もし、かみさんの尻に紙風船を付けさせて、丸めた新聞紙を持たせたら勝てたんじゃないかって、店長が言ってた」

「奥さんがそんなに大喜びしたら、お爺さんの気分を害したんじゃない?」

「入れ歯をガタガタさせている爺さんの顔が目に浮かぶだろ? 嫁と舅との間に確執があるのかもよお? 車椅子生活をしているらしいから、現状では体力的、立場的にいっても嫁の方が上だ。虐め放題ってか? 店長の嫁はん、見えないところで爺さんをぶん殴ってそうだな」

「かわいそう……。痣は〝どうらん〟で隠せるからね。でも、酷い嫁だね」彼女は、この話を鵜呑みにして聞いている。

「決着が付いた後、爺さんね、気分が悪くなって寝込んでしまったらしい。マリモの残像の所為だと思うけど」

「お爺さん、目が回ってしまったんだね。一度くらい勝たせてあげればよかったのに……」

 美乃里とは笑いのツボが違うようだ。

「ねえ、善くん、お店見つけてくれてる?」

 彼女は、探してはいるようだが、なかなか気に入った店が見つからないようだった。

「おまえが入りたいと思う店でいいって」

 彼女の歩くスピードが速まった。 ( つづく)


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