―知らぬ間に専属ストリッパーになってしまった美乃里―
第十一話
―親方の決断―
善幸がこの店で働く前は、いっぱしの板前が二人いて、日本料理を提供していたと聞いていた。寿司ネタも、今より多種の魚介類を揃えていたらしい。とは言え、今でも〝季節感を、お客さんに味わってもらう〟この親方の基本方針は変わってはいない。飽きさせない工夫に手間を惜しまない、そんな固い信念を貫いてきたのだ。
善幸は、親方の指導の下で働くようになってから、日を追う毎にそれを感じるようになっていった。
ホールと厨房の片付けや洗い物は、親方の身体を気遣いながら長年働いてくれているパートの酒井のおばちゃんと、一年半前にアルバイトとして入った専門学校に通っている美乃里の担当だった。
板前たちが辞めてからは、人手不足のため、二人が葉物だけではなく根野菜の下処理まで手伝っていた。酒井のおばちゃんは、高齢である親方の仕事を極力減らしてあげようと気遣っていた。二人はもう身内同然の存在だった。
酒井のおばちゃんは、休み時間になると、善幸と一緒に遅い昼飯を食べながら、これまでの店の内情を具に話してくれた。
従来、親方を師と仰ぎ従いて来た板前たちは、善幸がこの店で働きはじめる一年半前から、もう自分たちを雇いきれない経営状態であることに苦悩する親方の心情を十分察していたようだ。
ある日、板前たちは、「俺たち、これ以上仕事もせず、ぼーっと突っ立ってるわけにはいきません……」そう親方に切り出した。一人ずつ辞めていくことを提案したのだ。親方は何も言えなかった。親方への最後の挨拶、「お世話になりました……」その一言を残し、寡黙な板前たちは、バラバラに都心の雑踏の中へ消えていった。板前の最後の一人が辞めたのは、善幸がこの店に来る二日前のことだった。
見習いというのは、先輩や親方の技量を盗み取り、自分の頭と身体へインプットする作業をひたすら繰り返し、自身に覚えこませる期間である。そこには、技量以外の師弟関係で鍛え上げられる忍耐と心遣いを学ぶことも含まれていた。なので、この期間を経て一人前になった板前は、見習いに対し、体得した技術を簡単には教えない。苦労して覚えたことは忘れないもの、それを分かっているからだ。また、それらを身に付けるだけではやっていけない世界であることも次第に認識するようになっていく。
通常、いっぱしの板前になるためには十年は掛かると言われている。けれども、今の時代、それは、昔ほど厳たるものではなくなってきているようだ。
善幸は、初日から、なんと包丁を握らされたのだ。親方が使っていた包丁二本を手渡された。研ぎ方もわからず、何を切る包丁なのかも分からない。只管、言われた通りにやるしかなかった。
親方は、焦りからなのか、善幸に早く覚えてもらおうと、雑多ながらも的確な指示を出していく――。
善幸は、三つの初歩的な切り方を習うと、ネギを其々の切り方で五本ずつ切るよう命じられた。持った包丁の薄汚れた柄に力が入る。刃先がまな板に食い込む。というより、切れ味が良過ぎて吸いついて離れないといった感触感だろうか。その手の感触は、刃物が自分を揶揄っているように思えてならなかった。
シャキッ、ネギを切る音でわかった。力を入れる必要はなかったのだ。また、引き切りにすれば、まったく音が出なくなる。普段、料理などしない善幸でも、あまりの切れ味の良さに驚かされた。(包丁が俺の心を見透かして、先回りしてやがる。そのうち、使い熟してやるぞ!)と、包丁に対し敵意をむき出しにしながら色々な野菜を切り刻んでいった。
善幸は、先月まで建築現場の後片付けのアルバイトをしていた。それは、現場監督から指示されたことを何も考えずにやり続ける仕事だった。その時のことを思い出しながら、ダンボールの箱からネギを取り出しては洗っていく。切るだけとは言え、自分の手を介し人の口に入ると思うと、いい加減な気持ちで作業をしてはいけないと思いはじめた。これまでの仕事では感じなかった責任感が湧いてきたのは初めてのことだった。
ネギを切り終えると、今度は煮物用の根菜類の皮剥きをやらされた。それを横目で見ていた親方が、「どきな、見とけよ」と言って、各食材の切り方を実際に切ってみせた。言葉での説明はなかった。「やってみろっ」と、善幸に即実践させる。彼は、見よう見まねで失敗を気にせず、どんどん切り刻んでいく。親方は、切り方のダメなものを善幸の目の前で撥ねた。撥ねられたものを善幸は手に取り一つ一つ確認していった。
次に、善幸は、アク抜きが必要な野菜とその方法、及び緑黄色野菜の色止めの処置を、親方から言葉少なめに教えてもらった。その過程で、野菜の数だけ、蒸す、煮る、揚げる、焼く、炒める等の調理法があり、且つ其々の火の入れ具合だとか、また料理によっても違う固さ加減だとか、覚えなければならないことは数多であることを実感させられた。
そして、一週間が過ぎた。が、一度やったからといって全部が頭に入るわけではないし、況してや今のところ単純作業でさえ、何一つ親方の満足のいく形で仕上げられないでいた。それでも善幸は、無心になって、指示された手順通りに毎日やり続けた。過ぎていく日々に、これまで仕事を辞める要因になっていた心の徒然からくる嫌厭はやって来なかった。
開店は十一時半。昼の膳を出すには、朝九時半までの間に下拵えを終わらせておかなければならない。板前としての仕事は、全て親方の両肩に圧し掛かっていた。
客の入りが減ったとはいえ、土日は商店街の知人や家族連れなどが来てくれるので、それなりに忙しかった。昼の開店前までの段取りとして、朝一で美乃里と酒井のおばちゃんが店先の掃除と店内の椅子やテーブルの雑巾掛け、備え物の準備を大急ぎで済ませると、手許として、親方には酒井のおばちゃん、善幸には美乃里が付くことになっている。善幸は、時間に追われるようになっていった。
板前たちは、自分たちが辞めた後、親方が困らないように鮮魚以外の下拵えを酒井のおばちゃんと美乃里で出来るようにと、覚え込ませてから辞めていったようだ。そのお蔭もあって、善幸さえまごつかなければ作業はスムーズに運んでいった。
だが、親方と突然飛び込んできた素人の善幸では、これまでのような多種の魚介の下処理はとてもできない。仕方なく、親方は寿司ネタを二分の一に減らした。それでも、季節の移ろいを感じさせる料理をお客さんに味わってもらおうと考えていた。どうやら、親方は、お品書きを一変させるつもりらしい。
その考えた〝善〟とは、四季折々の旬を活かすための魚介を定めると、刺し身をメインにし、選択として煮付け又は焼き物、更に、揚げ物又は蒸し物と、好みの選択幅を広げたメニューになっていた。味の多様さを組み入れたのだ。その他、葉菜と根菜で彩りを添え、椀と酢の物で品数を整え、最終的に板前の手心をも感じ取ってもらえる“膳”ということらしい。
しかしながら、実際お客さんに提供してみると、お品書きに記されている「煮付け又は焼き物と、揚げ物又は蒸し物」の二つもある選択が定まらず、暫く迷っている客が見受けられた。
親方が考えたこの和食の膳は、所謂ラーメンライスやそばかうどんにおにぎりといった同じ炭水化物の組み合わせ〝大阪の粉もん文化〟の魚版と思われてしまうかもしれない。だが、同じ魚でも、料理方法を変えれば、視覚も味覚も変えることが出来る。そこは板前の腕の見せ所でもあった。よく和食のメニューにある「・・・づくし」、そのパクリだと言われればそうかもしれないが、そこは親方の引き出しの多さで勝負といったところだろうか。
また、経営上の面でも、このメニュー構成だったら同じ魚種をドーンと仕入れられるし、その分、単価が下がるので安くお客さんに提供することができる。
善幸は、新たに考えたこのメニュー「悠の膳」を、二千四百円に設定したと親方から聞かされて、ちょっと高いんじゃないかな、と思ってしまった。
ある日、善幸は、親方が丸々と太った鰹を捌いている姿を見ていたら、見惚れてしまった。なんともその包丁捌きがカッコ良かったからだ。
親方は、あっという間に鰹を三枚に下ろすと、更に腹と背に割き四つの柵にしてしまった。善幸は、(エッ、あんなにデカかった鰹が、これっぽっちしか残らないの!)と愕いてしまったのだ。
親方の後ろには、発泡スチロールの箱に一本ずつ氷でまぶされ入っている鰹が五箱ほど積まれていた。箱にはマジックで五~六キログラムの数値が書かれてあった。
親方は、まるで鮮度が落ちては売り物にはならないとばかりに、刺身包丁に持ち替えて柵を引いていく。何故か、尾っぽに近い身は大きく残している。なぜなら、それは我々四人分の賄い用として使用するためだった。親方は、毎日皆の賄い分を考えながら魚を下ろしていたのだ。刺し身以外の賄い料理は酒井のおばちゃんの担当だった。
盛り付けの段階に入ると、親方は、切り身のボリュームを揃え、大根の真っ白なツマの上にふわっと切り身を浮かせ、また脂の乗りの良さを見せびらかすという盛り付け方を善幸に見せつける。
この鰹で何人前出来るのだろうかと、その手捌きを盗み見していたら、たったの十二人前だった。それに【悠の膳】は刺し身がメインではあるが、それだけではないのだ。
善幸は、出来上がったばかりの三人前の〝善〟を目の当たりにし、その見栄え、品数、そして手間を考えれば、二千四百円の設定は決して高くはないと思い直した。
お品書きに新メニューの【悠の膳】を追加してからというもの、次第に年配のお客さんが増えはじめた。しかし、地元の家族連れは期待していたほどではなかった。周辺は住宅地なので家族連れを取り込んでいかないと客席の回転数は上がってはいかない。善幸は、椎茸に飾り切りを施しながら、先々の客の入りを気にするようになっていった。
―ケツでも叩いたような音がした―
それから三箇月が過ぎた。
親方は魚を捌きながら、並びで善幸が桂剥きした大根をリズミカルに千切りする音を聞いているようだ。偶に善幸の手先をちらっと見る。短期間でツマをこれだけ上手に作れるようになったのかあ、などと思ってくれているのかもしれない。彼は満足気な表情を浮かべていた。
酒井のおばちゃんと美乃里は、板前が辞めていってから店の売り上げのことを考え、今まで以上に一生懸働いてくれていた。親方は、二人が勝手にやってしまうことに対し、何も口出しはしなかった。というより指示される前にやってしまうということなのだろう。その様子は、仲の良い家族が苦難を乗り越えようとしている姿に見えた。
二十三時閉店。美乃里は、暖簾を外し、それをレジ台に置くと客席に置いてある〝備え〟の醤油、塩、紙ナプキン、爪楊枝を一箇所に集めはじめる。補充と容器の汚れ落としは、明日の早朝にやることになっていた。酒井のおばちゃんと手分けし食器類を片付け、最後に店内を掃除して一日の仕事が終わる。厨房内の片付けは親方と善幸の仕事だった。
親方は、【和食処 悠の里】の店を開業した同時期に、上階のマンションを借りた。朝が早いので時間を無駄にしないためだと言っていた。
高齢となった今では、別の意味で救いとなっている。それは、ほとんど歩かないで自分の部屋へ戻ることが出来るということ。その安心感もあってか、親方はこれまで働いていた板前が全員辞めてから、片付けが終わっても自分の部屋へは戻らず、一人店に残って酒を飲んでいるうちに寝てしまうことが間々あった。それを心配して、酒井のおばちゃんは、親方が部屋へ戻ったことを確認してから帰ることにしている。
「親方、飲むんだったら、自分の部屋に戻って飲まなきゃダメ! 風邪ひくから。それから、飲み過ぎもダメだからね、分かった?」おばちゃんは、キンキンする声で注意を促した。
親方は、おばちゃんが余り物でこさえた弁当を持たされ、渋々店から出ていく。これが一日の締め括りであり日課となっていた。
酒井のおばちゃんは、生魚に限らず鮮度が保てないと思った食材を煮たり焼いたりと家庭料理の域で調理し、弁当にして美乃里や善幸にも持たせてくれた。多分、そうしてやってくれと、親方から頼まれていたのではないだろうか。
親方を先に追い出した後、いつものように三人揃って店を出る。店の前に並べた自転車三台が縦列で走り出す。酒井のおばちゃんを先頭に美乃里、そして善幸の順だ。途中、酒井のおばちゃんが「お疲れさまあ~、二人とも気を付けて帰ってねえ」と二人に声を掛け、ガードの反対側へと下って行った。二人はそれを見送ってから、今度は善幸が先頭となり、美乃里がピッタリと追従して行く。信号で止まる度に善幸は後ろを振り返る。彼女が従いて来ているかを確認するためだった。
二人は、美乃里の家まで五十メートル程ある脇道の信号まで来ると、別れ際に、
美乃里が、「お疲れさま」
善幸が、「じゃあね」と言い、走り出そうとしたら、
「ちょっと、話したいことがあるんだけど……」
美乃里が呼び止めた。
「なに?」善幸が振り向く。
「再来週の月曜日なんだけど、学校の授業がお休みなんだあ……」
「ふーん、で?」
善幸は、そもそも口数が少ない方なので、人と話をする時、このような不用意な言葉を発してしまい会話が途切れてしまうことがよくある。相手に不快感を与えてしまうのだ。愛想のない返事をされた彼女は困った顔をしている。でも、善幸とこの三箇月間一緒に働いてきたので性格も分かってきたし、何かと戸惑わせる会話には慣れっこになっていたようだ。
めげずに、彼女は話しつづけた。
「休みの日って何してるの?」
店の休日は月曜日だった。
「別に……。部屋でゴロゴロしてるかな。最近、外をぶらつくこともあるよ。気になる店があれば入って食べたりするけど」
「気になる店? どんな店が気になるのか、あたしも気になるなあ……。どの辺行くの?」
「まあ、新宿とか銀座とかだけど」
「へえー、銀座に行くんだ? 意外っ」
「店には〝一見さんお断り〟なんて書いてないからな。まあ、書いてあるようなところもあるらしいけどさ」
善幸と銀座が余りにも不似合いのようで、彼女は苦笑している。
「善くん一人で?」
美乃里は、あの日の〝衝立て事件〟を切っ掛けに、二歳年上の善幸のことを「善くん」と呼ぶようになっていた。彼女にとっては、二年という歳の差をイコール以下にしてしまうほどの事件だったみたいだ。
「月曜日が休みだからさ、友だちを誘うことも出来ないしな。それに、気軽に誘えるような友だちもいないし」
溜息をついた善幸を見て、彼女が本気で笑っている。
「じゃあさ、可哀相だから、あたし、再来週の月曜日付き合ってあげるよ。その代わり美味しいご飯ご馳走してね?」
「別にいいよ。〝可哀相〟だけ余計だけどな」
普段、こんな会話をしたことがない二人だった。何とも、思い掛けない話がいとも簡単に纏まってしまったのだ。
善幸は、美乃里と別れた後、とてもいい気分になり、遠回りにはなるが、コンビニに寄って缶ビール三本とスナック菓子を買って帰ることにした。
二階建ての襤褸アパートの二○一号室。帰って来ると、直ぐにビールを冷凍庫へぶっこんだ。
風呂上がりに窓を開け空を見る。星が見えるような見えないような……。瞬く間に身体の熱が奪われていく。そこへ、冷え切ったビールを流し込んでやった。
善幸の朝昼晩の食事代は、親方が出しているのと一緒だった。毎日のように旬の刺身が出るし、帰りに持たされる酒井のおばちゃんの弁当も美味しかった。最近、酒井のおばちゃんに「善くん、太ったんじゃない?」と言われたことがある。そう言われると、ズボンがキツくなった感があった。もしかしたら、これまでの人生の中で、今が一番良い食生活をしているんじゃないかと思えた。太った原因はそれ以外あり得なかった。
他にも気づいたことがあった。それは、一人住まいのアパート代を払えば、他にほとんど金はかからないということ。新聞はとっていないし、店で働く時間が長いので寝るだけの部屋になっていたのだ。そのため光熱費も以前と比べ半分以下。ちゃぶ台の上にある幾つかの給料袋の中身を引っ張り出してみた。すると、三十枚以上の万札が出てきた。それを見て驚いてしまった。金を貯めるつもりもないのに、いつの間にか貯まっていたからだ。労せずして得た金のよう……。この時、今まで感じたことのない爽快な満足感を覚えた。
店の給料は、これまで勤めていた会社の給料と比較すれば二割くらい安い。けれど、食事付きで親方も酒井のおばちゃんも良い人だし、仕事環境は家族的な温かみに包まれている。不善幸にとって、満などあるはずもなかった。
求人広告を見て面接に来た時の美乃里の第一印象は、〝何でもない普通の女の子〟だったのだが、ひと月を過ぎた頃から〝ちょっと気になる普通の女の子〟に変わった。この普通が取れないのは仕方がない。それでもこの三箇月間で、彼女のことがえらく気になりはじめたのは確かだった。その大きな切っ掛けとなったのが、この〝衝立て事件〟だったのだ。
ー衝立てのシルエットー
美乃里は、学校が終わると、家に寄らず直接店に来ていた。店に来て最初にすることとは、厨房側からギリギリ覗ける位置の小上がり席での着替えだった。
誰にも見えないように二つの衝立てを引き寄せ、接客用の着物に着替えなければならない。着替えている小上がりは、通行人からは袖壁があるから見えやしない。親方が魚を捌いている立ち位置からでも見えなかった。この目隠し用の二枚の衝立ては、主に善幸の目線防止用といっていい。そのこと自体は、特別気に留めることではなかった。
美乃里は、先ず撫子色の生地に花が散りばめられた着物と藍色の帯を、バサッと衝立てに掛ける。衝立ては、その重さで数秒間グラグラと揺れた。それからのお着替えとなるわけだ。お着替えは一日に二回。これまで、善幸はその光景を見過ごしてきたのだが、ひと月が経つと次第に〝見透かす〟に変わっていった。その理由とは……いつか衝立てが倒れるんじゃないか……そんな願望があったからだった。
善幸が特別にスケベなわけではない。いや、寧ろスケベをロープでギューッと縛り上げると、ベランダに吊るし、缶ビールを片手に遠くを睨みつけながらじっと我慢している、そう〝武士は食わねど高楊枝〟的タイプの男だった。でも、その〝衝立て事件〟があった日以来、そんな我慢は何の意味もないことに気づかされた。
それは、和風の衝立てがいけなかった。濡れたら破けそうな和紙……。人差し指をなめて穴を開け覗きこむ〝あの好奇心の塊だった思春期〟が、善幸の頭をよぎった。
今やるべき仕事として段取りとしては、今刻んでおかなくてはならない白菜とキャベツがあった。が、そんなことなどどうでもよく、今は刻んでいる振りをしようと決めた。
善幸は、親方との間に〝別な衝立て〟を立てると、手元のスピードを緩めた。肝心な方の衝立ての和紙は薄そうなのだが、しかし奥行きを感じさせるほど薄くはなかった。まあ、その助具合の詳細などどうでもいい。今現在、それは、彼女のお着替えを横目で見れるスクリーンと化し、姿態をシルエットで上映している。これにはお手上げだった。一日二回のこの上映に誰が耐えられよう。頭の中では、深夜のテレビ番組、いや、それよりも高校の頃、友だちと二人で、マスクにキャップを目深にかぶった格好で初めて行った浅草のストリップ劇場を想起させた。
≫ 男友達と二人、劇場に向かって歩道を歩いていると、現れてきた垂れ幕【あの、ドッキンコを もう一度あなた様に……】は、一瞬、大人の恋愛映画か? と思わせ、一見心地よい響きに聞 こえてしまった。しかし、俺としては将来的に成人向けの芸術は徐々に理解していかなくては ならないし、世の中的にも必要不可欠であるだろうし……などと考えていたら、そのギャップ に眩暈がしてきてしまった。
高校生である俺らにとって、そのキャッチフレーズは余りにも丁寧過ぎて入りづらくもあっ た。一旦、俺たちは煌びやかな入口を通り過ぎ、次の信号で反対側の歩道へ渡るとUターンし 再び信号を渡った。薄くなった人通りを見計らって流れに逆らわず、二人は無言で歩いてい る。迫ってくる垂れ幕……。何度も通り過ぎてしまうようなへまはしたくない。相方に目で合 図を送るとスーッと入口へ。二人の姿は吸い込まれて行ったのだった。
善幸は、〝何でもない普通の女の子〟が衝立てに隠れると、なんとストリッパーへと変身してしまうことをこの時知った。因みに、酒井のおばちゃんは、雨の日以外は家で着物に着替えて店にやって来る。
ある日のことだった。いつものように、美乃里は二つの衝立てを手前に引き寄せ、ガードを固めた。
善幸は、上映中のスクリーンを見やすくするためには、目線を水平に保つ必要があった。そこで、いつもより大根を高めに持ち上げた体勢で桂剥きをすることにした。
ちらっと目線をスクリーンに向ける……。と、向かって左側の衝立てに掛けてある着物が若干揺れている。これはいつものことで心配はいらなかった。彼女は、帯も着物も同じ衝立てに掛けていた。もう一方の右側の衝立てには何も掛かってはいない。つまり、シルエットを邪魔するものは一切無いということだ。
照明は、大切な役割を果たしていた。着替えている彼女の背後の壁にある和風のブラケット。店内の照明が暗いだけに、この灯りのお蔭で脱いでいく行程が生々しく映し出されていた。
脱ぎ終わり、着る準備が整ったようだ。屈んだ姿勢になっている。とても着づらそうに思えた……。頭部の半分だけがみえていた。布が擦れる音……。他の聞こえてこない音が耳障りだった。
それは突然だった。パーンッ、パーンッと、二度ほど尻でも引っぱたいたような音がした。善幸はドキーッとした。そう、言わずもがな、二枚の衝立てが倒れてしまったのだ。倒れる瞬間は見ていなかった。半分下敷きになっている着物と帯の様子が艶めかし……。“そのうち、間違いなく倒す”善幸のこの願望が叶った瞬間でもあった。
親方にとっては気にするほどの音ではなかったようだ。椅子でも倒したのだろうと思い、仕事を続けていた。
倒してしまった原因は、衝立てを壁側へ引き寄せすぎていたからだろう。壁と衝立ての間が狭すぎて、脱いだ服を畳んでいるうちに膝が当たって倒れてしまったのではないだろうか。だが、心配はいらない。彼女が怪我をした訳ではないし、器を割った訳でもないのだから。
善幸は、着替え時のタイミングを見計らって大根の桂剥きを始めた訳ではなかった。大根を和紙より透けるように剥きたいと思っていただけ、そう思い込もうとした。
倒れた時、何故か足袋は履き終わっていた。彼女は、裸に上下の下着を身につけた格好で、背中を丸くし、両手で胸を押さえている。“何でもない普通の女の子”の露わな姿が、善幸の眼前に晒された。
美乃里は、早く衝立てを起こさなくてはならなかった。酒井のおばちゃんがいたら「あらら、まあまあ……」などと言い、真っ先に起こしてくれたことだろう。しかし、おばちゃんはまだ来ていない。店で遅い昼食をとった後、一旦自宅に帰り、また六時になると来ることになっていた。救いなのは、通行人からは見えない小上がりで着替えていたことだった。
美乃里は、隠すことを断念し、手早く衝立てを起こそうとしている。が、帯と着物の重量が邪魔をして手古摺っていた。かといって手伝い行けるはずもなかった。
善幸は、こんなの〝浅草の劇場〟じゃ絶対思いつかない企画モノだな、そう思った次の瞬間、ブラとお尻を包んでいるつるつるした布が真っ白すぎて、彼の眼底で強烈なハレーションを起こしていた。まさに、大人のワンダーランドで引き起こった超常現象のようだった。ところが、善幸の浅草界隈で鍛えられた条件反射は、強烈なハレーションに因り、思わず目を細めてしまうという一般人のそれより勝っていた。言うまでもなく、彼の目は見開いたままだったのだ。
何でもない普通過ぎるほどの真っ白な下着は、自らフラッシュを焚き続け、鮮明に善幸の網膜へ焼き付けていった。きっと数年間は色褪せることはないだろう。
スタイルは……良い? 普通? そんなことを考えている自分に赤面していたら、彼女と目が合ってしまった。善幸は、ダラ~ンと垂れ下がっている桂剥きした大根部分を目の高さまで持ち上げた。それを和紙の代わりにし、シルエットで相手の様子を窺おうとしたのだが、残念なことに、そこまでは透けていなかった。(もっと薄く剥かなきゃ親方に怒られるなあ……)と呟いてみる。
期せずして、善幸は〝何でもない〟と〝普通〟に潜在している吃驚とラッキーがあることを、【和食処 悠の里】で包丁捌きと共に早くも学んでしまったのだった。
この〝衝立て事件〟後、善幸は美乃里の心の変化を感じた。固くガードしていた固有の秘密を知られてしまい観念したというか、覗かれて困るようなことは他に何も無くなったという開き直りの強さというか、そんなものが会話の中の節々から感じ取れた。それからというもの、二人は衝立てを取っ払った間柄になっていった。
今日、美乃里が、背後から「善くん」ではなく、「善く~ん」と声を掛けてきた。初めてのイントネーションでの呼び方で、一瞬、ぞっとした感は否めなかったが、悪い気もしなかった。そもそも何故〝くん〟付けなのか、その辺のところがどうも分からない。アパートに帰り、膝を抱えて湯船に浸かって考えていたら、年齢及び立場上と“観念と開き直り”との負の相関関係でもあんのか、それとも一方的に判断されてしまった上下関係なのだろうか。
ところが、風呂から上がると同時に、そんなことは考える価値がないことに気がついた。
それでも、日々「善くーんっ」と呼ばれるにつれ、次第に心地良さを感じはじめた。その響きは数人しかいない厨房に馴染んでいった。一方、善幸は美乃里のことを「美乃里ちゃん」などと呼ぶはずもなく、「あのさあ」とか、「ちょっと」で今のところ通していた。
衝立て事件以来、彼女を見る目が好奇心も手伝い、可笑しげなほど広角になったのは確かだった。それ以降、美乃里という〝透明な存在〟が薄っすらと色づきはじめていったような気がする。
(つづく)




