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【砂利道を歩く野良犬たち】      作者: トントン03
第二章 美乃里と善幸との出会いから
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―さよりの父親と母親が出会った店 の向かいの電気屋の一人息子のサトシ君―

第十話



 ―さよりの父親と母親が出会った店

  の向かいの電気屋の一人息子のサトシ君―


 その中堅ホテルは、碁盤の目のようなビジネス街にあった。そのため毎年三月になると人事異動の時期に入るため、送別会が集中することになる。それが一段落すると、今度は四月に新入社員と部課長クラスの歓迎会の予約が入り、宿泊や宴会の準備で忙しくなった。

 ホテル内の飲食店は二店舗あった。一つはビュッフェスタイルのレストランと、もう一つは四川料理の店。共に年中無休で営業していた。予約してくる客の六割方は、善幸が勤めている四川料理【翔龍】の店だった。

 このホテルは、挙式が出来る設備をもっていないので、披露宴を目的とする客層を取り込もうとは思っていない。しかし、ビジネスを目的とする宴会の需要は十分にあった。


 善幸がこの店で働くようになった切っ掛けは、ここに来る前に四年ほど勤めていた【和食処 悠の里】の親方の紹介だった。つまり、彼は和食の板前だったのだ。


 親方は「板前 見習い急募!」の広告を、駅前の掲示板に貼り付けていた。なぜかというと、板前たちが順次辞めていく間に、一人だけ見習いを雇い入れておきたいとの思いからだった。

 その頃、善幸は職を探していた。これまで彼は、一旦就職し働いてみてその仕事に興味が持てないと判断すると、あっさりと辞めてしまい別な仕事を探しはじめる。それだから転職を繰り返すことになってしまうのだ。彼にとって、転職なんてもんは何の躊躇もなく出来ることだった。

 善幸は、その掲示板の求人広告を偶々目にした。アパートに帰るため改札口を出ると、否応なく飛び込んで来た【急募!】の二文字。タイミングがバッチリだった。

 善幸は、今まで飲食業の仕事には就いたことはなかった。それだけに好奇心も手伝って、書き慣れた履歴書をポケットに忍ばせ、次の日、様子を窺う程度のつもりでアポイントもとらず店へと向かった。 


 それは、彼が二十三歳の時だった。

 商店街通りは、桜の花が散り、歩道脇の植え込みにはツツジの芽が膨らみはじめていた。

 商店街に人通りが増してくる夕暮れ時、善幸は店の暖簾が外されている入口の引き戸を開けた。すると、客席に座って雑誌を読んでいた店員が、草履が踵にくっ付く音を響かせながら小走りで近寄ってきた。

「あ、すみませーん。五時半からなんですぅ」

 客と間違えたようだ。

 人里離れた山の中腹で野原を駆け巡る野うさぎ、何処にでもいそうな二十歳前後の女の子が笑顔で応えた。これが善幸と美乃里との初めての出会いだった。

「あのぅ、求人広告をみて来たんですけど……」

 店内の照明を消している分、善幸の声音も悄気込んでしまった。

 美乃里は、善幸を待たせたまま厨房へ行って親方を呼んでくる。親方は、タオルで手を拭きながら出てきた。下拵えをしていたのだろう。何も言わず、四人掛けのテーブル席へ、目と人差し指で(座れっ)と指示を出した。

 客のいない物静かな店で二人は向き合った。彼は黙って履歴書を、顰めっ面している親方の目の前に差し出した。

 親方は、履歴書には触れず、腕を組んだ状態で善幸に質問していく。住まいは何処か、との質問に「近くです。自転車で十分ちょっとかなあ」と言い、飲食店の仕事をしたことはあるのか、これに対しては首を横に振った。

 この後、親方は黙ってしまった。しかし、お互い目は合わせている。善幸は寸分も目を逸らさずにいた。じっと親方の目を見つめていた。その間も、もともと口数は少ない方なので自分から質問することはなかった。

 善幸は、瞳の奥を覗かれているような気がした。気まずい空気が流れた……。


 突然、親方が胸を突く声振りで、

「やってみるかっ!」

「あっ、はい!」


 勢いで返事をしてしまったものの、やる気があるのかないのか、自分でもわからなかった。ただ、未知の職種なだけに好奇心を掻き立てられたことだけは確かだった。

 取り敢えず、善幸はやってみることにした。興味が湧かなければ辞めてしまえばいい、そんな軽い気持ちで働いてみようと思ったのだ。


⦅♪ 静かな湖畔の森の影からぁ~⦆ひゅーっと針を付けない釣り糸を放り込み、奥の座敷で〝浮き〟に見入っていた美乃里がお茶を運んできた。

 美乃里は、一緒に働くことが決まったのだから、どんな人かな、と相手のことが気になっているようだった。湯呑みを一旦テーブルの端に置くと、善幸の顔を見据えながら、すうっと手許に差し出した。善幸は「どうも」とも言わず会釈さえしなかった。まるで、おまえには用がないと言っているかのように思われたかもしれない。

 美乃里は、その態度に釈然としなかったようで、突と睨みつけた。睨みつけながら一歩、二歩と、それでも二人の様子が窺えるテーブル席まで下がり腰を掛けた。

 親方は、善幸との寸詰まりの話が済んだ後に、漸く封筒から履歴書を取り出した。

「ヨシユキっていうんだな、ほおー、いい名前だなあ……」

 やっと親方の顔が綻んだ。その表情を見て、善幸も高まっていた緊張が和らぐ。採用の合否まで、時間にすれば十分と経ってやしなかった。まるで親しい知人の伝手で来たかのようだった。 

 一切合切省いてしまった面接が済むと、善幸は給料がいくらなのかを知らされぬまま、早速明日から働くことになってしまった。




 ―親方と一人息子の悠―


 親方は、中央線の快速しか止まらない駅の商店街で、古くから日本料理の店を営んでいた。だが、平日でもそこそこの人通りはあった。客席数は四十八で、和食だからラーメン屋のように食ったらすぐに出ていけ! というわけにはいかない。寛げる畳の小上がりが通り沿いに造り付けられていて、よく地元のお客さんがそこに座って食事をしていた。窓越しに、通りがかった知人へ軽く会釈をしたりしている。まるで彼らの指定席のようだ。

 四人掛けのテーブル席は、他の飲食店のそれより、鍋料理も出せるよう広めのスペースをとっていた。また、お客さんに開放感を与えるため、隣との仕切りは低めに設けていた。

 お品書きは、寿司、天ぷら、とんかつ、すき焼き、それに季節料理と、自信あり気に親方の力強い筆書きで記してあった。店の料理は、和食としての目新しさは感じられないかもしれないが、食すると其々味わい深い逸品であることがわかる。商店街のオヤジ連中や近所に住んでいる年配の人たちの午後の集いの場所でもあった。


 善幸が働きはじめる二年前頃から、客入りの悪い日が続いていた。親方は、長年やってりゃこんな月計が続くこともあるだろうと、気落ちを振り払いながら仕事をしていた。だが、その後、更に売り上げが落ちていった。何故なんだ……と思い悩む親方を尻目に、三人の板前たちは、そのことを気に留めているようだった。

 昔から盛り付け方が違っても料理品目は同じなので、常連さんとはいえ飽きてしまったのだろうか。和紙で作られているお品書きは、ボロボロにならないと交換しない。醤油のシミと長年の日焼けは、美乃里が工夫を凝らし拭いたとしても落ちなかった。


 この商店街通りの店は、ほとんどが古くからの個人商店だった。一昨年、親方の店【和食処 悠の里】の向かいの店の【中村電器】が、店内だけではなく看板も改装した。店内を見ると、日射の強い昼間でも、天井からぶら下がっている無数の照明器具が煌々と灯っているため、他の店より通行人の注目を集めていた。日が暮れると、今度は店内よりも場違いと思われるほどの光量で照らされる縦長のでっかい看板【家電業界のお人好し 中村電器の馬鹿野郎!】へ、否が応でも目が行き、通行人が立ち止まってしまうほどだった。

 家族間で問題になっているその意味深なキャッチコピーだが、まあ少々語呂は悪いが〝よお、そこのお客さん、力いっぱい安くしてやるから買って行きなっ〟的な意気込みは感じられそうだから、どさくさの驚きと相まってシナジー効果を醸し出しているのかもしれない。それとも、狙いはもう一つあって、上野駅に着いたばかりの御上りさん的効果、(可哀相だから、乾電池でも買ってやるかあ……)と客に対し情けを煽る意図もあったのかもしれない。気になるのはそのキャッチコピーを照らしている明るさだった。電気屋なのだからと兎に角明るくしてしまったのだ。そのため、通行人が周りの店と見比べ、その明暗の違いにキョロってしまう程だった。それが他の店主から顰蹙を買ってしまったようだ。


 斜陽化するこの商店街は、変わり映えのしない個人店の集まりで、そこから抜け出す気配は感じ取れなかった。

 一番その被害を被ったのは、真向いの親方の店だった。お蔭で、昼夜を問わず店内が尚一層暗く感じてしまう。通行人が「おっ、この店、潰れやがったか?」と勘違いし、ガラス越しに覗いて行くことさえあった。目が合うと「やってるぞっ!」と、思わず声を掛けたくなってしまうほどだった。


 その中村電器の一人息子であるサトシのことだが、お金を出せば入学オッケーのF大学の文学部を三年前に卒業し、他人の飯を食う経験など意味がないとかで、働き手は二人もいらない親父の電器屋を手伝うことに決めたらしい。中村電器の旦那は「どこでもいいから就職しろ! 人手は足りてるんだっ!」と反対したが、母親とタッグを組まれてしまい、渋々同意したという。

 このキャッチコピー【家電業界のお人好し 中村電器の馬鹿野郎!】は、〝この俺が半年かけて熟考を重ね、行き着いた先の賜物だ!〟と、サトシは自慢気に商店街の人たちに吹聴していた。

 当初、旦那は、息子からこのキャッチコピーを聞かされて、意図する内容は兎も角【家電業界のお人好し 中村電器!】で止めておけばいいものを、歯切れの悪さを感じさせる〝の〟の使い方が、どうなんだろうかあ……と、息子のセンスを心奥で疑っているのは見え見えだった。


 つい最近、息子に命じた基板を替えるだけの簡単な小型冷蔵庫の出張修理。サトシは、修理に行かせる度にお客さんを怒らせてしまう。当たり前だが「中村電器でーす。お世話になってまーすぅ」と、インターホンから先ずチューイングガム式挨拶をする。中村電器で買ったものでもないのに、修理依頼でお伺いし、「お世話になってまーすぅ」というのも妙な話ではあるが、お客さんは、深くは考えず「ああ、良かったあ、早く来てくれて。助かったわ」と言ってくれる。修理依頼の対応の早さだけは、他の修理屋に引けを取らなかった。

 サトシは、プラグも抜かずに弄くりはじめた。が、三分も経たないうちにショートさせ、部屋中にきな臭さを漂わせてしまう。退っ引きならぬ客との状況下で、困ったときの決め台詞、「これ……だいぶ前の型ですからねえ~、買い替えをお勧めします。お安くしておきますよぉー」そんな上っ面の、もう古すぎて在庫の部品が無くなってしまったかのような言い訳をしてしまうのだ。すると、「何言ってんですかっ、買ったのは二年前ですよ!」と益々客を怒らせてしまい、しっぽを巻いて帰ってくる始末。何をやらせてもダメ。日常的なおふざけ野郎が、お惚け修理の知ったかスタンスで、毎度大切なお客さんを激怒させてしまうらしい。彼は、どこまで行こうが都合よく軽口を叩き続けられる末恐ろしい息子だった。


 そんな地に足がつかない息子の仕事振りに父親が困り果てていると、いつものように昔ながらの相談相手に愚痴を漏らしてしまうことになる。その主な相手が向かいの店【和食処 悠の里】の親方だった。

 中村電器の旦那が参った顔して店先で突っ立っていると、小上がりに座って外を眺めている親方を見つけてしまった。旦那が「親方っ!」と手招きをする。親方は、(また、サトシが何かやらかしたのかあ……)と思い、咳を一つし店から出ていく。休憩時間なのだから店内で話をすればいいものを、通りに出て態々通行人に聞こえる声で話しはじめた。サトシの駄目っぷりを世間に知ってもらい、何とかしてほしいという気持ちの現れだったのか。座ってゆっくりと話してはいられない切羽詰まったものを旦那は感じていたに違いなかった。

 やはり、旦那の話は、息子のサトシとかみさんの愚痴だった。

「いやね、親方、先週サトシの野郎、同じ失敗を何度も繰り返しやがるから、我慢できず本気で殴っちまってさあ……。俺を睨みつけて、奴、家を出て行きゃあがったんだよ。いなくても仕事には支障ねーんだけど、父親として情けなくてよぉ……」

「そりゃしょうがねえや。少しは目を覚まさせないとな。あのよ、サトシのことは幼い頃から気にはなってたんだが、甘やかし過ぎたんじゃねーのか? ビシッとやらなければいけない時期ってあってよお……。遅すぎたんじゃねーのかなぁ」

「今更そんなこと言われてもよ、もっと早く言ってくんねーと、親方っ」

「気づかねーおめえさんが悪いんだろうがよ。でもよ、いくら息子でも、感情的になって殴っちゃあいけねえや。凝りが残るからな……。鼻血は出たのか?」

「ドバっとな……」

「他人に殴られたこともねえサトシだ、さぞかしショックだったろうになあ。ま、いつでも帰ってこれるように扉は開けておいてやれや」

「その前に女房の方と凝っちまってよぉ……」

「おまけ付きか? そりぁ、厄介だ」

 二人は黙り込んでしまった。


 暫くして、旦那が口を開いた。

「ところで、親方の……」

 しかし、言い掛けた言葉を濁した。旦那は、親方の息子の〝悠〟が、家出したきり帰って来ないのを懸念しているようだった。


 当時、親方の店の従業員と言えば、三人の板前と、高校を卒業し見習いとして働き始めた悠だった。将来、悠がこの店を継ぐ者と誰しもが思っていたはずだった。


 ――数年前、中村電器の旦那は、悠の面影を感じさせる男性が子供を連れて店に入っていくところを見かけたことがあると言っていた。親方に「さっきの客って、もしかして悠ちゃん?」と訊くと、親方は「別人だよ」と返してきたが、多分、あれは悠だったんじゃないかと思っているらしかった。だが、核心がもてなかったので、かみさんには言わないでいたとのこと。親方と悠、この親子のボタンの掛け違いから発生した決別は、その後どうなっているのだろう……。


「そろそろ、下準備でもするかなぁ」

 親方がそう言って店に入ろうとすると、前を通り過ぎる男の子と目が合った。じっと親方を見つめている。急いでいるのか、母親がその子の手を引っ張って行く。今にも転びそうな足取りだった。その後、数十メートル先の見慣れた駅の改札口へ視線を投げた。体格のいいスタジャンを来た一人の若者が改札口に向かって行く。親方は、姿が見えなくなるまで彼の後ろ姿を眺めていた。


 親方は、店舗改装の必要性は感じつつも、昨今そんな費用を用意できる経営状態ではかった。向かいは電気屋なのだから他の店より明るいのは当然だ、と自分を納得させていた。にも拘らず、見比べる度に渋い顔になってしまうのだった。


 ところが、渋い顔をしているのは親方だけではなかった。このままじゃいかん、と立ち上がった商店街の店主たち。この一年間で連鎖反応のように近隣の店が改装していき、競うように店内を明るくしていった。その所為もあって、これまで一度も改装したことのない【和食処 悠の里】の店内は、通行人に極めて暗いイメージを持たれてしまったようだ。その上、切れるまで電球も替えないでいたから、当然ながらそのくすんだ電球を覆っている木製の照明器具は、すき焼きや鍋物の立ち上る湯気が染み付いて焦げ茶色に変色していた。

 この商店街は、テレビドラマの撮影で使われたこともあるが、まさに「時代劇で使いたいので、是非この照明器具を貸してくれませんか?」と助監督から声が掛かりそうな代物になっていたのだった。

 しかしながら、本来の使用においては、これでは運ばれてきた料理が旨そうに見えるはずもなかった。常連さんに対し、将来の【和食処 悠の里】の味に失望を感じさせてしまったのではないか、と親方は客足が遠退いてから思った。今更ながら、愉しく食事をしてもらうための雰囲気づくりとして、内装の重要性を認識させられてしまった。


 多分、息子の悠が店を出て行かなかったら、きっと客足が遠のいて行く前に、親方は何かしらの手を打っていたのではないだろうか。         (つづく)



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