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メリークリスマス

作者: 柏木ユウマ

『ごめんね、風邪ひいちゃって。遊べなくなっちゃった』


『うん、良いよ。全然。熱は大丈夫?』


『38.8度まで上がったけど今は、解熱剤飲んで結構落ち着いてるから大丈夫だよ』


『そっか、お大事にね』

 終わってしまったチャット画面を見て、少し物足りなく感じる。

 思ったより早く終わったチャット、私を気遣ってくれたんだろうか。

 ……寂しい。自分勝手な感情、自分勝手な行動。でもそれは、もう止められなくなっていた。


「ダメだぁ、熱でおかしくなってるのかな……」

 もう寝よう。

 せっかくのクリスマスイブだけど、あまり食欲も湧かないしケーキは冷蔵庫にしまってある、明日にしよう。

 

 電気を消すと、まるでクリスマスが終わってしまったかのような寂しさを覚える。


「元気になれば、明日遊べるかな……」

 自分自身に言い聞かせるように私はそう言った。


 ベッドに入ったタイミングで、鍵を開ける音がした。

 隣の部屋の人かと思ったけど違う。

 そういえば、私は部屋の鍵をもし無くしてしまったときのために郵便物入れのところに入れてるんだっけ。


 心臓が頭で響いてるみたいにうるさい。

 嫌な汗が噴き出て、私はベットに縛り付けられたみたいに固まっていた。


「あれ、寝てるのかな。入っても大丈夫だったんだろうか。ホント、危ないから合鍵外に置いとかない方がいいと思うんだけどな」

 聴こえてきたのは意外な声。

 抑揚の少ない冷静なトーンなのに、どこか優しい印象を受ける不思議な声。


「あ、起きてた」

 ベットから上半身だけ起こした私のことを彼が見つける。


「......なんで?」


「心配だったから。お前、寂しがりな癖に強がりだから」


「それは──」


「──大丈夫なの?」

 膝をついて私と視線を合わせる。少し、憂いを孕んだ目が私の目を見つめている。


「ちょ、ちょっと近づかないで......うつしたら悪いから」


「大丈夫だよ、ちゃんと予防する」

 そう自信ありげに言っているけど、むしろ彼の方が病気にかかることは多い気がする。


「飲み物、なんかいる? スポドリ買ってきたけど。解熱剤は……もう飲んだんだ。あとは市販の風邪薬とゼリー飲料とか? 他にも欲しいものあったら買ってくるけど」


「......大丈夫」

 いつになく積極的で、テキパキとしてる。なんでも、面倒くさいって感じだったのに。


「冷えピタとかは?」


「熱は下がったと思うから大丈夫だと思う」

 そう言うと私のことを少し見つめていた彼がえいっと小さく呟いて私の額と自分の額に片方ずつ手をやった。


「......あ、冷たい」


「......外は結構寒いからね。熱は無さそう......な気がする、正直これじゃあんまし分かんないけど」

 すっと、彼が立ち上がる。

 暗闇の中ではそれだけで彼がどこか遠くに行ったように感じた。


「あ......」

 

「大丈夫だって、どこにも行かないよ」

 …………ずるい。

 クールな表情が時々崩れて、優しい目になる。そんなところが大好きなんだった。


「夜ご飯食べた?」

 首を左右に振って答える。


「そっか。何か胃に優しいもの作ろうか? おかゆとか?」


「作れるの?」


「まぁ、このためにちょっと練習したし」


「じゃあ、お願い」

 私がそう答えると軽く頷いてから彼は寝部屋を出て行った。

 

 キッチンに立っている彼の姿を思い浮かべる。あんまりイメージないけど。

 

 キッチン?

 あ、ダメだ。冷蔵庫を見られちゃう。

 それだけはダメだ。

 バレちゃう。

 

 少しだるい体を起こして、キッチンへ行く。

 キッチンに着くとちょうど彼は冷蔵庫を開けてスポドリを入れているところだった。


「寝ときなって大丈夫だから。やっぱ飲み物欲しくなった?」


「あ、うん、そんな感じ。お茶貰える?」


「うん、あったかくなくて良い?」


「良い」

 良かった。なんともない。

 そうか。午前中に食べる分だと思ってくれたんだ。

 ホッと胸を撫で下ろして寝部屋に戻る。


 ベッドに戻って布団をかぶり直し、妙な安心感の中で気付かないうちに眠っていた。



……

…………

………………



「あ、起きた?」


「……へ? あ」

 目が覚めると何故か彼は床に座って私の横にいた。


「まぁ、寝てるなら良いかなって起こさなかったんだけど。食べる?」


「ぅあ、うん」


「そっか」

 ふっ、とまた彼の目が柔らかくなる。


 少しして彼がおかゆを持ってきてくれた。

 

「ちょっと熱いかもだから気を付けて」


「うん……」

 ふー、と息をかけてからそーっと口にスプーンを運ぶ。

 おかゆはうっすら味付けと香り付けがされていた。


「美味しい?」


「おかゆ、だし。あんまりそういうのはないかも」


「そりゃそっか」

 いつものクールな雰囲気からだいぶ柔らかい雰囲気になってきた彼が立ち上がる。


「あ、食べ終わったらそこ置いといて。後で取りにくるから」

 そう言って彼はまた部屋を出ていった。


「優しい味だ」

 どこか胸が締め付けられるような気がした。


 おかゆを食べた後、すぐ寝るのもどうかと思って暇な時間をテレビを見たりして過ごしていると眠くなってきてベッドに連れてきてもらった。

 私は歩けるって言ったのに彼は大袈裟で、いいから。なんて言って、私のことを運んだ。


 床だけど隣に座って私を見守る彼に変な気分になって私は背を向けて。いつの間にか眠っていた。




──

────

──────



「……っ、……おはよう。 あれ、あ、そうか。ソファで寝てるのかな」

 あんまり寝る直前の記憶がない。

 でも彼が家に来てくれて色々してくれたのは覚えていた。


 布団を取ると部屋は結構寒くて、冷えた床を触らないよう爪先立ちになって歩いた。


「あれ、居ない……」

 ソファにもいない。

 もしかして帰ったのかな。

 それとも起きてトイレとかにいるんだろうか。

 

 周りを見渡して探しながら歩くと、机の上に置かれた紙に気付いた。


『メリークリスマス。鍵返しとく。オートロックだから締め出されないようにって外に置いとくの危ないと思うから誰かさんにでも渡しときなよ。あと、冷蔵庫の中のケーキ。俺の分食べといたから』

 紙に案内されるみたいに、その置き手紙を持ったまま。私は、冷蔵庫を開いた。


「あれ? 減ってないじゃん」

 …………そうか。

 忘れてた。


 彼が好きなのは生クリームの無い方のガトーショコラだった。


 込み上げてくる何かに、頬を雫が伝うのが分かった。

 

 





12月24日午前中〇〇と出掛ける 夜〇〇くんとお家デート

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