罪悪感の晴らし方
「………申し訳ないなあ、と思ってました」
「それは、何に対してですか?」
「辺境伯様からのご厚意に対して、です」
贈り物は間違いなく嬉しい。
でも、シェリルにはこれまで、こんなに親切にしてくれる人はいなかった。
調合の知識を教えてくれていた薬師のおばあさんだって、こんなに良くしてくれた訳ではない。
彼女はただ、家族から「いないもの」として扱われていたシェリルを不憫に思い、知識を与えてくれただけだ。
「私は辺境伯様に助けてもらった身です。それだけでも十分幸運なことだったのに、こうして治療をさせてくれて、部屋を貸してくれて、ごはんや着るものまで用意してもらって…その上こんなに良いものを毎日いただく理由が、ないんです」
衣食住だけでなく、過分な贈り物まで毎日用意してくれるような人は、これまでシェリルには一人もいなかった。
だから、どうして良いかわからないのだ。
受け取っていいものではないとわかるのに、本人が来ないから拒否のしようがない。
だからと言ってマリーやキアラを介して断りを入れるというのは、失礼に当たるのではないか。
考えれば考えるほど、どうして良いかわからなくなって立ち止まってしまうシェリルに、マリーはふっと息をついた。
「これは、旦那様に仕える身としての意見なので、断言できる訳ではないんですが」
「………はい」
「きっと、旦那様は大奥様とシェリルさんを重ねているんじゃないかなと、思います」
「………大奥様、ですか?」
「そう、旦那様のお母様にあたる方です」
そう切り出して聞かされた内容は、シェリルには衝撃的な内容だった。
誕生日に、目の前で母親が毒殺されただなんて、想像するだけでも恐ろしい。
シェリル自身は両親からの愛を受けて育った訳ではないが、聞く限りではウィリアムは、母親にとても愛されて育ってきたらしい。
例えば今、マリーやキアラが目の前で毒殺されたとしたらと考えるだけで、シェリルは震えが止まらないだろう。
ましてそれが愛していた母親であれば…と思うと、胸が締め付けられる思いがした。
「シェリルさんがここに運ばれてきたとき、あなたはひどい有様でした。両脚はありえない方向に折れ曲がっていましたし、右頬は青紫に腫れ上がっていて……かなりお身体が細いこともあって、助かるとは思えませんでした」
当時のことを思い出したのだろう、マリーの眉間がぐっと寄せられる。
「そんなシェリルさんを抱えてここまで運んできた旦那様のお顔は、普段では考えられないほど焦っておられて。ベッドに寝かせて、クレア様が治療を続けている中も、どれだけオリバー様に諌められてもベッドから離れようとはなさらなかったんです」
「そんな………」
その言葉に、ここまでシェリルのことを運んできてくれたのがウィリアムであったことを初めて知った。
驚きにシェリルが目を瞬かせると、キアラもそれに同意するようにこくこくと頷く。
「本当だよ。旦那様って、普段は女の人に近づくことなんて全然なかったから、みんなびっくりしてたもん」
「おそらく、目の前で女性が弱っていくのが、恐ろしかったのではないかと思います。大奥様の時には、色々な状況が重なって助けることができなくて……旦那様は、見ていることしかできなかったと聞きますから」
二人の言葉に、シェリルの中で燻っていた疑問に答えが出せた気がした。
きっとウィリアムは、母親の時に感じた罪悪感を、シェリルに親切にすることで拭おうとしているのだ。
「ですから、シェリルさんが気にしていても、仕方がないことだと思います。旦那様が好きでやっていることですから」
そう言ってにっこり笑ったマリーに、シェリルは神妙な面持ちで一つ頷いて、焼き菓子に手を伸ばす。
この贈り物を受け取ることでウィリアムの罪悪感が晴らせるなら、それも一つの恩返しになるのではないかと思えたからだ。
「………まあ、それにしたってやりすぎですけどねー…」
「キアラ。余計なことは言わない」
「はーい」
———焼き菓子の思いの外の美味しさに瞳を輝かせているシェリルを微笑ましく見守りながら、侍女二人がそんな呟きを漏らしていたことは、二人の他は知る由もなかった。
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