どうしてこんなに優しいんでしょう
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———あれから一週間。
最初は戸惑いばかりだったここでの生活にも、ようやく慣れてきた。
窓の外では、今日もキーストン家所属の兵士たちが訓練を行なっている。
冬の寒さを脱した今の季節は、屋外での訓練にはちょうど良い気候なのだろう。
シェリルにとっては信じられないほど活発に動く彼らの動きは、この歳になるまでほとんど調合のため家に篭っていた目にはとても新鮮に映る。
毎日見ても全く飽きないその風景は、一日のほとんどをベッドの上で過ごす身にとって大切なものとなっていた。
そんな兵士たちの前で、一際凛としたオーラを放っているのがウィリアムだ。
彼は辺境伯家当主でありながら、彼ら兵士たちをまとめる将軍の位置にもいるらしい。
今日も大きな身体に漆黒の服を纏い、言葉少なに兵士たちに様々な指示を出していた。
彼らを見るその視線は鋭く、眉間には大きな皺が寄っているのが横顔からでもよくわかる。
最初にこの屋敷で目覚めた日、このベッドの横で小さく背を丸めていたあの時の人と同一人物だとは、シェリルは未だに信じられなかった。
堂々と胸を張っている姿は、敵として相対すれば確実に腰を抜かしてしまうほど圧倒的な威圧感を持っている。
(………不思議な人だなあ…)
そうして窓の外をぼんやり眺めていると、背後から穏やかな声がかかった。
「シェリルさん、そろそろお茶の時間にしませんか?」
「いいですね!ありがとうございます、マリーさん」
「ふふ、料理長がシェリルさんのために、美味しい茶葉を仕入れてくれたんですよ」
ぱっと表情を輝かせたシェリルに向かって、マリーは微笑んだ。
マリーは、シェリル専属の侍女の一人で、チョコレートブラウンの髪を一つにまとめ、キリッとした印象のメガネをかけているスレンダー美人だ。
背筋をピンと伸ばす姿は初日から変わらず凛々しいが、そのレンズの奥にあるヘーゼルの瞳は優しく緩んでいて、ここ一週間で二人の関係性が大きく変わったことを物語っていた。
「あっ、マリーさんずるい!私もリルのために焼き菓子持ってきたよ!一緒に食べよう!」
マリーがシェリルにお茶を淹れていると、扉が開いて今度はひょこっとハニーブロンドの髪の少女が姿を表す。
三つ編みに結われた豊かな髪をふわふわ揺らしながら籠を抱えて戻ってきたキアラも、シェリル専属の侍女の一人。
くりっとしたエメラルド色の瞳と女性らしい豊かな体つきは、四肢がやせ細ってしまっているシェリルにとって憧れの対象だ。
溌剌さも女性らしさも自分とは全く異なるその姿は、ただただ眩しいものに映る。
しかしキアラ本人はそんなことは全く気にも留めていなかった。
むしろシェリルのことを「可愛い」と言って毎日丁寧に髪をとかし、薄く化粧まで施してくれる。
同い年のはずなのに、二人はまるで姉妹のように仲睦まじく、シェリルが気を許す数少ない人間の一人となっていた。
「キアラ……もうちょっと自重しなさい」
「大丈夫ですよ、マリーさん!焼き菓子って、どんなのですか?」
「今日はね、旦那様がリルにって、街で人気のお菓子を買ってきてくれたみたい」
「え?辺境伯様が?」
「そう!旦那様もマメだよね、今日でもう5日目でしょ?」
言いながら籠の中の焼き菓子を取り出すキアラの言葉に、シェリルは眉をハの字に下げた。
そう、これがシェリルを未だに戸惑わせる原因の一つだ。
ベッドから動くことができないシェリルのために、ウィリアムは毎日ちょっとしたものを、シェリルに差し入れてくれていた。
今日のようなお菓子、訓練に行った遠征先で見つけた季節の花、図書室で探してきた、若い女性向けの小説。
先ほどぼんやりと眺めていた巨体からは想像もつかないようなマメさを発揮して、ウィリアムは細々とシェリルに贈り物を準備してくれていたのだ。
しかし理由が全くわからないシェリルには、それらの贈り物は嬉しいばかりではなく、毎日大きな戸惑いと罪悪感をもたらす。
本来ならこの部屋に住まわせてもらうことすら烏滸がましい立場だというのに、こんな過分な贈り物は受け取れない。
そう言ってお断りをしたいのに、本人は全く部屋には現れず、侍女たちに突き返すこともできないから、シェリルはそうした贈り物を受け取ることしか許されないのだ。
そろそろ心労で胃を痛めそうだと思いながら鳩尾をさすっていると、マリーがシェリルの前にベッドテーブルをセットし、ティーカップと焼き菓子を置いてくれた。
そして今度はキアラがセットしたテーブルの上に二人分のティーカップと同じくお茶菓子を置いて、椅子に腰掛ける。
「シェリルさん、どうぞ」
「………ありがとうございます、いただきます」
「いただきまーすっ!」
そうして用意してくれた紅茶を口に含むと、ふんわりとした茶葉の香りが鼻から抜けていった。
さすが料理長おすすめの茶葉というだけある。これまでシェリルが飲んできたどんな飲み物よりも美味しく、軽く目を見開く。
その様子にマリーはほっとしたように微笑んだ。
本来、客室で世話をしている相手と侍女が共に同じテーブルを囲んでティータイムを楽しむなど、あってはいけないことだ。
しかしシェリル自身がそれを望み、当主であるウィリアムも家令であるオリバーもそれを認めているからこそ、この時間が許されている。
『恐縮しているシェリルのために楽しみを』という計らいであることを知っている侍女二人は、なるべくこの時間を良いものにするために心を尽くしていた。
それがわかっているからこそ、シェリルもマリーがほっとした様子でティーカップを持ち上げるのを、申し訳ない思いで見遣った。
「シェリルさん、どうされました?」
そんなシェリルの視線に気づいているのかいないのか、紅茶を味わうように目を閉じていたマリーがゆるりとこちらに視線を向けてきた。
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