とある家令の回想(オリバー視点)
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本日はキーストン家・家令のオリバーくん視点のお話です。
当家の主は、国内最強と謳われる軍を率いる、キーストン辺境伯爵のウィリアム・キーストン様だ。
とはいえ、祖父の代から3代に渡って仕えているということもあり、幼い頃からまるで兄弟のように育てられ、周囲の目がないときには恐れ多くも友人のように接することを許可していただいている。
年は私の方が一つ年下だが、どこか危なっかしいところがある彼を、オリバーは密かに弟のように感じていた。
ウィリアムのこれまでの人生は、一番近くで見ていたオリバーでさえ信じ難いものだった。
ウィリアムの母親・メイアは強く、女傑とも称されるような人物で、魔族討伐の最前線にも進んで向かうような人だった。
私のような身分の低い者にも常に優しく、尊敬するべき人だというのは幼心にもすぐにわかった。
しかし、その強さが仇となったのか、彼女は戦場で魔族の長と出会い、そして恋をしてしまったのだ。
魔族の巣が蔓延るキーストン領を治めるキーストン家の娘と、魔族の長。
通常で考えても到底受け入れられる訳がなかったが、それでもメイアは自身の想いを貫き、そしてウィリアムを身籠った。
ウィリアムが生まれ落ちた瞬間、メイアは歓喜に打ち震えていたという。
しかし、彼女が胸に抱く赤ん坊の瞳は、自分達とは異なる生き物なのだと周囲に知らしめるような金色。
生まれ落ちたその瞬間から、迫害されるに十分すぎる理由となった。
それでも、母親が生きている間はまだ幸せだったのかもしれない。
メイアは惜しみない愛情をウィリアムに与え、オリバーやクレアなど、当時キーストン家に仕えていた者たちの子供との触れ合いも許されていた。
ウィリアムが12歳を迎えるまでは、確かに穏やかな時の中、屈託なく笑い合えていた時期もあったのだ。
その均衡が崩れたのは、ウィリアム12歳の誕生日だった。
その頃は、前辺境伯の一人娘だったメイアと、その従兄弟にあたるトール伯爵子息との跡目争いが、最も苛烈になっていた時期だった。
魔族と通じた娘にキーストン家を任せる訳にはいかない、という一派と、キーストン家の直系を重んじる一派。
その均衡が破られたのが、ウィリアムの誕生日パーティーでの出来事だったのだ。
誕生日パーティーと言っても、出自を軽んじられているウィリアムのために、前辺境伯が動くことはあり得ない。
開かれたのは、幽閉されているメイアが暮らす離れで行われた、ひっそりとした身内だけのものだった。
それでも、当時侍女長を務めていたクレアの母親が作ったケーキ、私の両親が準備した数々の料理。
そして、そのお返しにとウィリアムがメイアのために作った花冠が用意され、幸せな…本当に幸せなひとときを過ごしていたのだ。
異変が起きたのは、宴もたけなわとなったパーティー終盤。
突然メイアが、胸元を押さえて苦しみ始めたのだ。
呆然と子供たちがそれを見つめる中、大人たちがバタバタと走り回る。
「医者だ!医者を早くここへ!」
「ダメです、取り次いでもらえません!」
「っ……!それでは治癒士を!救護隊に常駐しているだろう!!」
「それが……救護隊は昨日からトール伯爵様の命で遠征に……!!」
なす術もなく、目の前で消えていく命の灯火。
それをどうすることもできない、無力な自分。
何より、自分の隣で泣き叫んでいるウィリアムになんの言葉もかけてやれない情けなさを、じっとりと味合わされる時間がたまらなかった。
あんなに強く逞しく、生命力の源のようだったメイアは、あっけなく消えてしまった。
その後、怒り狂った魔族の長がトール伯爵一家を惨殺し、皮肉にも跡目争いにも決着がついた。
しかしその後、ウィリアムは人が変わったように無口になり、誰にも笑顔を見せることはなくなってしまったのだ。
それでも過去に二度、その雰囲気が和らいだことはあったのだが……結局、今でも昔のような笑顔を見ることはできないでいる。
だからこそ、先ほどは本当に驚いたのだ。
相手が怯えていたとはいえ、出会って間もない少女に向けて、主が笑顔を向けたことが。
自分やクレアにもそうそう見せることのない、敵意と無関心以外の感情を、彼女が引き出したことが。
これは何かの予兆かもしれない。
そう感じながらオリバーは、罪人の待つ地下室へと向かう主人の背中を、足早に追いかけたのだった。
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