熱とアルコールに浮かされる夜
「うおーい、シェリルちゃん大丈夫?」
「……ん…はい、らいじょーぶ、れす…」
「うん、全然大丈夫じゃねーな…って、これやばくね?総長帰ってきたら俺、半殺しなんじゃ…」
真っ青な顔で周囲をきょろきょろと見回すハウルの様子に、どうしたんだろうと首を傾げようとしたが、身体に力が入らずそのままぽすんとソファーに倒れてしまう。
身を起こそうと思っても、視界はぐるぐるしているし、シャンデリアの光は目に痛いしで、諦めて深くため息をつきながら瞼を閉じる。
すると、身体が一気に泥のように重くなってしまい、閉じた瞼を開くのも億劫になってしまった。
(……少しだけ…ウィリアム様が帰ってくるまで、ちょっとだけ…)
———そしてそのまま、シェリルは健やかな寝息と共に意識を手放してしまった。
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ゆらゆら、ゆらゆら。
まるで雲の上に寝転がっているような心地よい揺れの中で、シェリルはふっと意識を取り戻す。
とはいえ、まだ身体にはアルコールが十分に残っているのだろう、先ほどより幾分マシにはなったものの、まだすっきりとした目覚め、とまではいかない。
夢現の中でたゆたいつつ、それでも安心しきった気分でいられるのは、自分を取り巻く熱と匂いが、大好きな彼のものであったからだ。
恋しさに、とうとう夢の中に匂いまで持ち込んでしまったのだろうか。
そんな馬鹿げたことを考えたが、夢だろうがなんだろうが、ウィリアムのそばにいられるならなんだってよかった。
どうせなら心ゆくまでこのぬくもりを堪能しようと、きゅっと身を縮こまらせてその熱源に身を寄せる。
ぴくりと何かが動いた気がしたが、そのままゆったりと深呼吸をすると、鼻腔いっぱいに彼の匂いが広がって、ため息が出るほど嬉しくなった。
満足げに唇の端に笑みを浮かべ、無意識のうちにそばにあった布をぎゅっと握り込むと、自分を支えてくれる力強い何かが、ぐっと身体に巻きつくのを感じる。
しばらくそのままゆらゆらと心地よい揺れを感じていたが、その揺れがぴたっと止んだかと思うと、ゆっくりと別の場所に自分の身体が置かれた。
そして、そのまま巻き付いていた何かが去ろうとしたのを察知した瞬間、反射的にそれに手を伸ばしてぐっと引っ張る。
「……っ、シェリル…?」
「だめ、です…いかないで…」
眠たい目をなんとかこじ開けて、暗がりの中にウィリアムの姿を探した。
まだ視界は掠れていたが、咄嗟に自分が掴んでいたものを見れば、先ほどまで自分の隣にいてくれたウィリアムものであることくらい判別はつく。
そのまま目線を上の方に滑らせれば、そこには戸惑いを隠しきれないウィリアムの顔があった。
どうしてそんな顔をしているのか全くわからないが、ようやく帰ってきてくれた彼に嬉しくなって、また笑みが溢れる。
「……わたし、ウィリアムさまのこと…まってたんです。なかなか、かえってきて、くれなくて…」
「あ……すまない。重要な話だったから、つい……いや、言い訳だな。一人にしてしまって、悪かった。こんなに酔わせてしまって…」
「……?わたし、よってるんですか…?」
「ああ、頭がふらふらするだろう。このままでは良くないな。水は飲めるか?」
「…はい、たぶん…だいじょうぶ、です…」
言いながら、ウィリアムがどこから出してきたのか水の入ったコップを差し出してくれた。
受け取ろうと思うのに、力が入らなくて上手くコップを持つことができない。
四苦八苦していると、その様子を見ていたウィリアムは一度コップをどこかに置き、シェリルを後ろから抱き込むようにして再びコップを持つと、腕で首の後ろを支えながらゆっくりとコップを傾けてくれた。
しかし、それでも唇まで痺れてしまっているのか、口の端から水がこぼれてしまってシェリルの衣服を濡らす。
「……困ったな…水が飲めないとなると…」
「……あの…ウィリアム、さま…?おみず、ほしいです……」
中途半端に潤わされた唇は急激な喉の渇きを引き起こしてしまって、シェリルはねだるようにウィリアムを見上げた。
一瞬躊躇を見せたウィリアムだったが、意を決したように唇を引き結び、くっと煽るようにコップの中の水を口に含む。
そして、そのままシェリルの顎に指をかけて軽く上向かせ、その小さな唇を覆うように彼のそれで塞がれた。
驚きに目を目を見開いたが、合わさった唇の間から流れ込んでくる冷たい水への欲求には逆らえず、夢中で喉を鳴らしながら嚥下する。
何度かそれを繰り返し、コップの中の水が空になる頃には、シェリルは満足感と少しの息苦しさで、頬を真っ赤に染めていた。
ゆっくりと流れ落ちてくる水がなくなってしまっても、なぜか名残惜しそうにしばらくその唇は合わせられたままで、しかしシェリルが苦しそうに息を漏らせば、ちゅっと軽い音を立てて、その温もりは離れていく、
無意識のうちに閉じてしまっていた目をうっすらと開けると、視界の先には自分と同じくらい顔を赤くしてこちらを見下ろすウィリアムがいた。
ぐいっと親指の先で唇についた水を拭いとる仕草も妙に色っぽくて、目が離せない。
「……あまり、見ないでくれないか…勘違いしそうに、なる」
「……かんちがい?」
「…いや、わかっているんだ…君は水が欲しかっただけで、私とこんなこと…したくなかっただろう?」
目を逸らしながらそんなことを言われても、お酒で頭の回転が鈍っているシェリルには全く意味がわからない。
わからないけれど、一つだけはっきりしていることは。
「……?ウィリアムさまがしてくれることなら、なんだって、うれしいですよ?」
「……え…」
「さっきのも…いやじゃ、なくて……」
———嬉しかった。大好きだから。
そう続けたかったのに、水分を補給して満足した身体はまた急速にシェリルの意識を眠りの中に誘っていく。
でも、せめて離れてほしくなくて、コップを置いたほうの手をぎゅっと強く握り込み、そうしてシェリルは再び意識を手放した。
部屋に残されたのは、ぐっと唇を噛み締めて何かを堪える表情をしたウィリアム、ただ一人。
「……嫌じゃなかったなら…君は、どう思ったんだ……?」
大好きな熱に全身包まれている幸せな夢に浸るシェリルには、そんなウィリアムの切実な呟きは届かなかった。




