別人すぎやしませんか?
オレンジ色に輝く太陽が大地に沈みかける頃。
ウィリアムと共にアーサーの背に乗って帰ったシェリルは、あれよあれよという間にマリーとキアラに連れ去られてしまった。
貴重な時間を自分との逢瀬に使ってくれたウィリアムに感謝を伝えたかったのだが、二人の剣幕を前にしてはシェリルは何も言えない。
さっきまで着ていたお気に入りの服もあっという間に脱がされ、軽く湯を浴びて体についた汚れを落とされる。
水気をしっかりと拭いて浴室の外に出ると、そこに用意されていたのはシェリルが見たこともないような上等な布地で作られたワンピースだ。
薄い桃色が基調となっていて、裾の部分に黒と金の刺繍や縁取りが入ったワンピースは、ドレスというには簡素だけれど、ふんだんにレースが使われていて普段使いなど絶対にできないような代物だ。
腰の部分がきゅっと引き締まっていて、細い腰がさらに強調された形のAラインワンピースは、まるで誂えたかのようにシェリルにぴったりのサイズだった。
生まれてから一度もそんな上等な服を着たことのないシェリルは、かちこちに緊張した状態で鏡台の前に座らされていた。
「ははっ、リルってば緊張しすぎだよ!」
「だっ、だってっ、こんな、こんな上等なお洋服っ!」
「大丈夫大丈夫、旦那様にとっちゃこれくらい何でもないよー」
「そっ、そういう問題では…!それにこんな豪華なお洋服…私には、分不相応すぎて…!」
「はいはい、落ち着いて二人とも。シェリルさんも、本当にちょっと緊張しすぎですよ。せっかくの贈り物ですから、そんな緊張した顔をするより、笑った方が旦那様もお喜びになるわ」
シェリルの肌に優しく化粧筆を滑らせながら、マリーが苦笑気味に二人に話しかける。
しかしシェリルとしては、言葉の意味はわかってもそれがいざ自分のこととなると到底受け入れられる内容ではない。
そもそも、今日はただの歓迎会のはずではなかったのか。
どうしてこんなに上等な服が用意されているのか。
混乱で目を回しそうになっていると、マリーが真剣な面持ちでシェリルに紅をひきながら言葉を続けた。
「…今日は、シェリルさんの歓迎会でしょう?本当にみんな、すごく張り切って準備をしたんです。普通、うちの隊に入った新人にこんな大掛かりなことはしないんですが…今日は、慰労会も兼ねていますから」
「慰労会、ですか?」
「ええ。先日までシェリルさんは、かなり業務を詰めていたと耳にしました。おそらくそのワンピースは、旦那様からシェリルさんに対する、労いの気持ちなのではないかしら」
「労い…」
「ですから今の装いは、全く分不相応なんかではないですよ。もっと、胸を張ってください」
言い切った後、満足したようににっこりと笑って鏡の前から身を避ける。
その鏡の向こうに座っていたのは、まるでお人形のような姿をした、自分の姿だった。
普段とはあまりにも違うその様子に、シェリルはしばらく、それが鏡に映った自分だと認識できないほどだった。
呆けたように手を頬に滑らせ、ぽつりと「すごい……」と呟く。
「すっごーい!リル、めっちゃくちゃかわいい!」
「ふふ、我ながら完璧です」
「…マリーさんが得意気…わー、珍しい…」
「ええ、でも元々シェリルさんは顔の作りが良いですからね。実はあまり大したことはしてないんですが」
「あー確かに!リル、すっごい肌きれいですもんねぇ…」
シェリルを挟むように、マリーとキアラがきゃっきゃと話をしながら、最後に髪を結い上げてくれる。
腰まであるミルクティー色の髪は、白い花を編み込みながらハーフアップにされ、おろしている部分の髪はゆったりと巻かれてふわりと広がった。
まさに別人のようになってしまって、シェリルはもう戸惑うしかない。
「……あ、あの…一体、これは……」
「これは、旦那様からのリクエスト。虫除け、ですって」
「へ?虫除け…?」
室内で行うのに虫がいるとはどういうことだろうか。
もっと言えば、服や化粧が虫に何かの影響を与えるなんて聞いたことがない。
頭の上にクエスチョンマークを大量に出現させていたシェリルだったが、ふいに聞こえたノックの音に思考をかき消されてしまった。
その後に聞こえた声が、先ほどまで一緒に出かけていたウィリアムのものだったからだ。
「……そろそろ、準備は終わったか?」
「はい、旦那様。ちょうど今、終わったところです」
「そうか。…扉を開けても?」
「…いいですか?シェリルさん」
「えっ、あっ…、はい!どうぞ…!」
突然のお伺いに、反射的に返事をしてしまってから、シェリルは自分の失敗に頭を抱えそうになる。
こんな、まるで自分ではないような格好をウィリアムに見られるだなんて、恥ずかしいことこの上ない。
(に、似合ってないと思われたらどうしよう…!贈ったことを、後悔されたら…?)
しかし、返事を撤回しようにもすでに扉は開きかけている。
どうしようと視線をうろつかせて落ち着きなく手元をもぞもぞ動かしていると、誰かが部屋に入ってきた気配がした。
視線をそちらに向けることが出来ず、ぴきっと固まったまま目をぎゅっと閉じる。
そのまま頭の中で、思いつく限りの自分への罵倒の言葉を並べ立てて心の準備をしていたのだが、覚悟していた落胆の言葉はおろか、誰も何も言葉を発しない。
そのまま全員が無言を貫く空気が辛すぎて、シェリルは勇気を出してそろり…と目を開けてみた。
もしかしたらそこにもう彼はいないのではないか、という淡い期待もあったのだが、残念ながら目の前に立っているのはウィリアムその人だ。
視線を上げて視線が交わる前に、まずは謝罪の言葉だけでも…と思ってシェリルは口を開いたが、それを声にすることはできなかった。
シェリルが声を発する前に、目の前のウィリアムがぽつりと、信じられない言葉を漏らしたからだ。
「………綺麗だ……」




