ふたりだけの、秘密の場所
さあ、(私的)甘々フィーバー期に入りました!
溜まっていた鬱憤を全て晴らすくらいの勢いで、ここから数日は突っ走ります!
砂糖吐く気満々です!笑
どことなく面映い空気を漂わせた二人が向かったのは、寮の隣に併設されている厩舎だった。
シェリルが日々仕事をしている建物とは完全に逆方向にあるため、これまで足を向けたことはなかった。
柵の中に整列している軍馬の数と佇まいに圧倒されていると、歩みが遅くなったシェリルの腰に手を添えたウィリアムが、迷いなく歩を進めていく。
強引さを全く感じさせない優雅なエスコートと、そのために腰に置かれている掌の熱に目を白黒させていると、ある一頭の馬の前まできたウィリアムがすっと歩みを止めた。
反射的に目線を上げると、そこには見事な体格をした一頭の黒鹿毛の牡馬が、静かな目でこちらを見下ろしている。
シェリルよりもはるかに高い、おそらくウィリアムと同じくらいの体高に、知らず身体に力が入ってしまった。
緊張しているのがわかったのか、腰に回されていたウィリアムの手が、シェリルの背に回ってゆったりと撫でられる。
止まってしまっていた呼吸を取り戻し、肩の力を抜いたことがわかると、ウィリアムの目元が緩められた。
「紹介しよう。私の相棒のアーサーだ」
そう言ってウィリアムがシェリルの元を離れ、アーサーの首元を撫でてやる。
嬉しそうに鼻を鳴らして大人しくされるがままになっているその様子に、自分の中の緊張が和らいでいくのがわかった。
「アーサー。今日は少し遠出をしよう。彼女を一緒に乗せたいんだが、いいだろうか?」
ウィリアムの言葉に、まるで意味がわかっているかのように頭を垂れてシェリルに顔を近づけてくる。
その鼻先がシェリルの右手に向かっているのがわかって、恐る恐るその手を近づけてみると、そのままアーサーが鼻先を軽く擦り付けてくれた。
「…ははっ、どうやらアーサーも君を気に入ったようだ」
「え…そう、なんですか?」
「ああ、こいつは気性が荒くてな。気に入らない奴は、どんな相手でも絶対に触れさせたがらない」
「そんなふうには見えませんでした…」
「そう言ってくれるのは君くらいだよ。兵士たちの間でも、こいつを制御できるのは数名だけだからな」
そう言って手早く鞍をつけ、アーサーを柵の外に出したウィリアムが、ちょいちょいとシェリルを手招きする。
誘われるがままに近づくと、突然シェリルの腰に両手をかけたウィリアムが、そのままひょいっとシェリルを持ち上げ、アーサーの上に座らせてしまった。
そのまま一気にウィリアムもアーサーの上にひらりと跨り、バランスを崩して落ちそうになったシェリルの腰をぎゅっと抱き寄せる。
一気に密着度合いが高まったことと、急激な目線の変化に、シェリルは驚いて声も出せない。
「大丈夫か?」
「…だっ、大丈夫、です…!」
「私が支えているから、君が落ちることはない。力を抜いて、私に体重を預けなさい。怖くないから」
耳元で囁かれる声の低さと、腰に回った腕の力強さに、心臓がバクバクと大きく波打っている。
ウィリアムに聞かれていないことを切に願いながら、なんとかウィリアムの言葉に従うと、満足したように頷いてアーサーに合図を出す。
まるでこちらを気遣っているようなゆったりとした歩き出しに、身構えていたシェリルも安堵のため息を漏らした。
「ほら、大丈夫だろう?」
「は、はい…この子、とても安定感があるんですね」
「この厩舎で一番体格が良いからな。私が長時間乗っていても、唯一疲れを見せないプライドの高い馬でもある」
「そうなんですか?でも、今日はすごく…なんていうか、私に合わせてくれているっていうか…」
「それだけ君のことをアーサーが気に入っているんだよ。…ほら、見てごらん。もうすぐ敷地の外だ」
ウィリアムの言葉に、それまで彼の胸元ばかりに向けていた視線を前方に向ける。
少し怖くもあったのだが、勇気を出して目を向けてみれば、そこには一面に広がる草原と、その下に広がる見事な街並みが一望できた。
普段、屋敷の塀越しに見るのとは違う清々しいまでの絶景に、シェリルが思わず息を詰まらせて見惚れてしまう。
以前、馬車でマリーと街に向かったときには屋敷から右手に伸びる道を下っていったが、今日は反対側の、左手側の道を進んでいくようだ。
全く見たことのない景色に、シェリルはしばし言葉もなく、その風景を楽しんだ。
やがて、緩い坂道を下っていくと、ちょっとした森が右手に見えてくる。
道を逸れてその森の中に入っていくと、そこかしこから可愛らしい鳥の鳴き声と、風に揺れる葉の擦れる音がシェリルの耳を楽しませた。
木々の間から差し込む木漏れ日が、森の中でも適度な光と温度を保ち、とても心地よい。
「……シェリル、大丈夫か?退屈していないか?」
「はい、とっても楽しいです!この森、私が知っている森とは全然違うので、びっくりしていました」
「君が知っている森というのは、どんなところなんだ?」
「セインの村の隣に、大きな森があったんです。よくソフィーおばあさんと、薬草なんかを取りに行っていたんですが…あそこは、もっと暗くて、太陽の光が届かないからとても寒かったです」
「そうか…ここは、私が定期的に手を入れているからな」
「ウィリアム様が?」
「ああ、考え事をしたいときや、一人になりたいときに来るんだ。外から見ればなんの変哲もない森だから、知らない人間は滅多に足を踏み入れてこないからな」
「……ウィリアム様でもそんな時があるんですか?」
「しょっちゅうだぞ。それこそ小さい頃は、オリバーと一緒に屋敷をこっそり抜け出して、毎日のようにここに来ていた。屋敷の中では、雑音が多く耳に入ってきたから」
「……あ…」
苦笑いで答えるウィリアムの言葉に、はっとしたようにシェリルがウィリアムを見上げる。
思っていたよりも随分近い距離にあった彼の精悍な顔に、忘れていた胸の鼓動が再来してしまった。
シェリルの戸惑ったような表情に何を思ったのか、ウィリアムがぐっと、腰に回していた腕に力を込める。
そのまま腰の辺りをゆったりとさすられて、そわそわと落ち着かない気分になった。
「ここ一ヶ月ほどは、来ていなかったがな。だから、ここに来るのは本当に久しぶりだ」
「っ…そ、そんなにお忙しかったんですか?」
「いや。……君が屋敷にいたから。離れているのが、勿体無くて」
…そんなことを、見たこともないような柔らかい表情で言わないでほしい。
顔を真っ赤にして視線をうろつかせてしまったシェリルに、ウィリアムは楽しそうに笑って、腰をさすっていたその手をシェリルの右手に重ねたのだった。
二人だけと言いつつ、「オリバーも行ってんじゃん!」というツッコミは無しでお願いします…笑




