嬉しいお誘い
また遅れた…orz
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シェリルに護衛が付けられたあの時から、周囲の環境や状況も大きく変化を迎えた。
まず、劇的に業務の処理速度がアップした。
何せ速記士の存在が非常に大きい。これまでシェリルがゆっくりと一文字ずつ手で書いていた文字を、彼らはあっという間に文章にしてしまうのだ。
シェリルが話す速度とほぼ同じスピードで書き留めていくものだから、シェリルがこれまで一日かけて書いていた内容を、ものの1〜2時間で形にしてしまう。
彼らには速記用の文字があるらしく、まずはシェリルたちに読めない文字を使って猛スピードでシェリルの話を書き留めていった。
そして、書き留められた速記用の文字を、今度は別の速記士がシェリルたちにも読める形の文章に書き直していく。
書き直された文章は、救護隊から手伝いに来てくれた者たちが、シェリルの話と異なる部分がないかをチェックし、書類の形に体裁を整えてくれるのだ。
最後にシェリルがその内容に間違いがないかをチェックする。
この流れが出来上がってからは、書類作成の仕事が劇的にスピードアップした。
シェリルは一日おきに、ジャックやハナの質問にひたすら喋って答える日と、そうして作り上げられた書類に齟齬がないかを確認する日を繰り返す。
そうこうしているうちにあっという間に2週間が経ち、作業も大詰めを迎えていた。
シェリルがたった一人で書類に取り組んでいたときとは雲泥の差だ。
また、この作業を行うに当たって、シェリルには専用の作業部屋が与えられた。
まだ外部には出したくない書類ばかりだということで、鍵がつけられ、しかも魔法でロックまでかけられた重厚な部屋だ。
室内も結構豪華で、こんな場所で作業なんてと最初は固辞したが、書類の内容を秘匿したいという要望には逆らえなかったし、何よりこれまでの調合室で作業していては、あっという間に部屋が紙束で埋まってしまって、他の人たちの邪魔になってしまう。
結局クレアの言葉に従う他なく、シェリルは護衛の二人と速記士と共に、与えられた作業部屋に移ることになったのだった。
寂しくないといえば嘘になるが、資料作成が終わるまでの期間限定だという話だったし、何よりその資料作成には、ハナやジャックの協力が必要不可欠となる。
結局一日おきにどちらかには会える状況でもあったので、不安を感じる暇もなかったというのが本音だ。
護衛の二人は非常に優しく接してくれて、何よりシェリルを怖がらせないよう、話をするときには膝を折って目線を合わせてくれるのが嬉しい。
こうした一つ一つの配慮が、実は全てウィリアムの指示であるということを、ある日こっそりマークが教えてくれた。
それからは、彼らのその優しさがくすぐったくて、いつも心がぽかぽかと温かくなってしまう。
忙しさになかなか会うことができない日々が続いていても、そうしてウィリアムを感じることができるのは幸せだな、と思った。
「……そういえばシェリルさん。もうこれで、一通りの作業は終わりなんですよね?」
ここ数週間の成果でもある書類が堆く積み上げられたテーブルの前で、それらの紙束に紐を通していると、同じく反対側でその作業を手伝ってくれていたリヴァイが、ふとシェリルに問いかけてくる。
そう、実は昨日やっと全ての書類を作成し終わり、あとはそれらの書類を分類ごとに仕分けして紐でまとめれば、急務とされていた国に提出する書類の作成作業は終了を迎えるのだ。
明日にはこの部屋を引き払い、あの調合室に戻ることになっていた。
「はい、そうみたいです。明日からは、この書類作成で滞ってしまっていたポーション製作のお手伝いをして、その後は…まだちょっとどうなるかわからないですけど」
「でしたら、一つお願いがあるんですが…よろしいでしょうか?」
お願い、という言葉にきょとん、とリヴァイを見上げると、困ったような顔で苦笑いを浮かべる彼の灰色の瞳と視線があった。
その表情の意味はよくわからないが、シェリルとしてはこんな自分の護衛についてくれている彼らのお願いを断るという選択肢なんて全く持ち合わせていない。
さすがに、シェリルに不可能なお願いであれば少し考えるかもしれないが、彼らがそんな無理難題をシェリルにふっかけてくるとも思えなかった。
「はい、私にできることなら…なんでしょうか?」
「……ええと、あの、ですね…」
シェリルが頷いたにも関わらず、歯切れが悪そうに言葉を濁すリヴァイ。
そんな彼の横から、同じく作業を手伝ってくれていたマークが、書類の山をかき分けてひょいっと顔を覗かせてくれた。
「シェリルちゃんの歓迎会をやろうって、みんなで言ってるんですよ!嫌でなければ、話進めちゃっていいですか?」
「…え、歓迎会…?」
「こら、マーク!……そうなんです。実は隊の奴ら、みんなシェリルさんに興味津々でして…男女問わず仲良くなりたい者も多いようなんですが、何せウィリアム様があの調子ですから…これまでは遠慮していたんです。ただ、忙しそうにしていたシェリルさんの手が空きそうだという話を、救護隊の者から聞いた奴がいまして、ウィリアム様に直談判を…」
「……ウィリアム様は、なんて?」
「シェリルさんが承諾すれば、やっても良いと。とはいえ、屋敷の外に出ることはできないので、ウィリアム様のお屋敷内の部屋を使わせていただくことと、ウィリアム様も参加することが条件なのですが」
ぽりぽりと頬をかきながら経緯を説明してくれたリヴァイの言葉を、もう一度心の中で反芻する。
聞き間違いでなければ、彼は今シェリルに、歓迎会を開くと言ってくれたのだ。しかも、それをみんなで心待ちにしていると。
しかも場所は屋敷の中。それであればきっと、彼らも少しくらい羽目を外したっていいはずだ。
「……どうでしょうか?気が乗らないようであれば、私から皆にそう伝えますが…」
「いえ!…いえ、すっごく嬉しいです…!私、歓迎会なんて、初めてで…!」
どうしよう。嬉し過ぎて、先日までの作業疲れなんて一気に吹き飛んでしまった。
頬を真っ赤にして了承の意を伝えると、リヴァイはほっと胸を撫で下ろし、マークは書類の向こう側で大きくガッツポーズをとっている。
それから、楽しい歓迎会の話をするために、黙々と作業の続きに励むのだった。




