拾ってくれたのは、優しい人でした
目に飛び込んできたのは、これまでシェリルが入ったこともないような大きな部屋だ。
大きく取られた窓が2辺にあり、どちらにもたっぷりと布が使われた豪奢なカーテンは、窓が少し開かれているのか、そよ風にゆったりと揺れていた。
揺れるカーテンの向こうには広いバルコニーが見え、日差しをたっぷりと浴びた白いテーブルセットが輝いている。
日差しが適度に入り込んだ室内に目を向けると、バルコニーのある反対側の壁には上質な木でできている扉が一つ。
先ほど一組の男女が入ってきた扉だ。
最初は全く気づかなかったが、扉の横には動きやすそうな侍女服を身につけた女性が二人、立っている。
一人はチョコレートブラウンの髪を一つにまとめ、メガネをかけた30代半ばくらいの女性。
もう一人は、ハニーブロンドの髪を緩い三つ編みにしてサイドに流した、くりっと大粒の目をした20代前半くらいの女性。
二人とも緩く目を伏せていたが、シェリルの視線に気づいたのかこちらに視線を向けると、優しく微笑んでくれた。
他にも、深い緑色のベロア素材でできたソファセットとティーテーブル、天井には豪奢なシャンデリア。
そもそもつい先程まで横になっていたベッドだって、大人が優に3人は寝られるのではというほどの大きさで、寝心地だって抜群だった。
どれ一つとっても、これまでに見たこともない一級品だ。
そして、目の前で窮屈そうに身を縮めているこの男。
聞き間違いでなければ、確かウィリアム・キーストンと名乗っていた。
そしてこの豪華な屋敷はキーストン辺境伯家のもの。つまり……
「………貴族、様…?」
ここにきて、ようやくシェリルは誰に怯えていたのかを思い知らされる。
こんなに良い部屋で休ませてくれていたのだ、きっと良い人たちに違いない。
「す、すみません!私こんな……っ、痛っ!」
慌ててベッドから降りようとしたシェリルの足に、鋭い痛みが走る。
顔をしかめて背中を丸めたシェリルの頭上から、焦ったようなウィリアムの声が聞こえてきた。
「っ、まだ動いてはいけない。傷はあらかた癒えているが、両足の骨が、まだ折れたままなんだ」
「骨、が………?」
「そうですよ。あなたの今の体力では、骨を無理やり繋げてしまうと逆に命が危険だと、うちの救護隊長殿が仰るのでね」
ウィリアムの言葉に首を傾げたシェリルの疑問に、背後から答えが知らされる。
振り向くと、先程ティーセットを携えて入ってきた男性が、柔らかな笑みを浮かべて腰を折っていた。
「私は、この屋敷に家令を務めております、オリバーと申します。こちらの女性があなたの治療を担当したクラウディアです」
「クレアって呼んでちょうだい。一昨日の夜、あなたに声をかけたの、覚えてるかしら?」
そう言われて、あのおぞましい夜を思い出す。
小さく震えた肩に、辛そうに眉を寄せたクレアがそっと手を重ね、ゆっくりと撫でてくれた。
知らず緩みかける涙腺をなんとかしたくてぐっと唇を噛み締めると、そのまま柔らかな腕に抱きしめられた。
それだけでもう、ギリギリまで張り詰めていた糸がぷつんと切れて、ダムが決壊したように涙が溢れてしまう。
「大丈夫よ。ここにはもう、あの薄汚い連中は一人もいない。そこで丸まってる単細胞が、ぜーんぶやっつけてくれたわ。だから、あなたは何も考えず、まずはゆっくり休みなさい」
「おい、単細胞って……」
「あら、事実でしょう?いくら怖がらせたくないからって、身体のサイズなんて変わりゃしないのに。言っとくけど、大の大人がそんな姿勢でうずくまってるなんて、間抜け以外の何者でもないのよ」
「………し、仕方ないだろう!他にどうすればいいかわからなかったんだ!」
「あら、やっぱり単細胞じゃない」
「クレア、そろそろ勘弁してやってください。我が主が間抜けなのは今に始まったことではありませんから」
「……オリバー、あとで覚えてろよ」
「………ふ、ふふっ」
クレアの腕の中から、シェリルの軽やかな笑い声が聞こえてきて、三人の声が止まる。
三人の視線を向けられて口元を手で覆うが、それでも笑いを堪えることは出来なかった。
くすくすと笑いをこぼすシェリルに、ようやくウィリアムの肩の力が抜けるのが見えた。
「………もういい。いくらでも、笑ってくれ」
そう言ってこちらを見上げるその表情が、先ほどとは別人のように柔らかくて、シェリルは軽く目を見開く。
身体も大きく黒づくめで、人間ではないことを窺わせる金色の瞳は鋭く恐ろしい。
それでも、その心根を垣間見た気がして、シェリルも目元を和ませる。
(……ああ、なんて優しい人なんだろう)




