やっぱり私は
投稿設定だけ忘れてた…なんてしょぼい凡ミス…orz
「お待たせいたしました」
「……あ」
ダニエルが連れ帰ってきた二人の兵士に見覚えがあり、思わずシェリルは声を上げる。
その顔は、シェリルが初めて街へ外出したときに一緒に来てくれた二人そのものだった。
知らず表情が明るくなっていたのだろう、シェリルに視線を向けたリヴァイとマークがはにかんだような笑みを見せる。
特にマークは、シェリルがこの屋敷で初めて作ったポーションの実験台にもなってくれた人物だ。
知り合いらしいハナも、シェリルの隣で嬉しそうな気配を覗かせていた。
「お呼びでしょうか」
「今日付で、君たち二人を彼女の専属護衛とする。24時間体制で、彼女に危険が及ばないよう守ってやってほしい」
「「承知いたしました」」
「シェリル。彼らが今日から君を守ってくれる。二人とも、腕は私が保証しよう」
「あの…とてもありがたいんですが、やっぱりこんな立派な方に守ってもらうほどの価値は…」
「その話は先ほどもしただろう。このまま何も起こらなければ、それで良い。しかし、君の安全がある程度確保されるまでは、我慢してほしい」
「安全が確保されるまで、って…」
「大丈夫だよ!シェリルちゃんが今作ってる資料を国に提出して、その効果が認められたら、国内での地位はある程度確立されるはずだから!」
「えっと、それって具体的にどれくらい…」
「そうねえ…提出してから、大体2〜3ヶ月、というところかしら」
「そんなに…!?」
想定していたよりも期間が長くなりそうな気配に、思わず顔を両手で覆って天を仰いでしまう。
そんなに長い期間迷惑をかけるわけにはいかないのに、と、どう断りを入れるか頭の中で考えを巡らせていると、それまで口を閉ざしていた30代後半ほどの兵士…リヴァイが、シェリルに声をかけてくれた。
「気にしないでください、シェリルさん。これは任務ですから」
「いや、でも…!」
「大丈夫ですよ!むしろ普段の訓練を受けなくて済むのでラッキー…って、いや、なんでもないです隊長本当にすみません!失言でした!!」
軽い調子でリヴァイの言葉に乗ってきたマークが、二人の横に立つダニエルのこめかみに青筋が立っているのを見て血相を変える。
そのあまりの変わり身に思わずシェリルが笑みをこぼすと、ウィリアムも困ったようにため息を一つ吐いて、言い添えた。
「大袈裟に見えるかもしれないが、今君がそれだけ貴重な知識を持っている、という事実を忘れないでくれ。特に、『薬聖ソフィー』の唯一の弟子とも言える君の言葉には、それだけ力があるんだ」
「………はい」
その真剣な声音に、それ以上何を言えるでもなく、渋々と言った様子でシェリルも頷く。
ようやく満足そうにウィリアムが唇の端を上げたのを見て、今度はクレアが口を開いた。
「それはそうと、私はシェリルちゃんの『薬草の色の変化が見える』のも気になるわ」
「え?」
「それはそうだな。ハナ、これまでにそういった経験をしたことは?」
「一度もないです!多分、ジャックさんもないんじゃないかなあ…これまでそういった話は聞いたことがないので」
ハナの言葉に、シェリルは内心驚きを隠せないでいた。
(そうだ、なんで気づかなかったんだろう)
これまでシェリルは、ソフィアのことを『ただの薬師のおばあさん』だと思っていた。
高齢だったということもあったし、小さな村の薬師をしているくらいなのだから、そう大した技術はないのだろう、と。
だから、『薬草の色の変化が老眼で見えなくなったのかもしれない』くらいにしか、思っていなかったのだ。
しかし、クレアたちの話を聞く限り、ソフィアは非常に腕の立つ優秀な薬師だったようだ。
であれば、どうして彼女は若い頃から、薬草の色の変化がわからなかったのか。
頭の中に浮かんだ一つの可能性を、信じられない思いで口にする。
「……あの、もしかして…皆さんには、薬草の色の変化、わからないんですか?」
「当たり前でしょう。これまでそんな話は、誰からも聞いたことがないわ」
クレアの当然と言わんばかりの返事に、やはり、と思う気持ちと、まさかそんな、という驚きがせめぎ合う。
だからこんなにみんなが大騒ぎしているのか、と、どこか他人事のようにシェリルは感じていた。
ようやく周囲と自分の温度差の理由に気づけたものの、やっぱり全然実感が湧かない。
なぜならそれは、シェリルにとって幼い頃から至極当然の景色だったからだ。
シェリルには昔から、ありとあらゆるものの『色』が見えた。
例えば音楽。
美しい音色を奏でる奏者や楽器からは虹色の光が、途中で演奏をつまづいたり調律されていない楽器からは、澱んだ色が見えた。
例えば料理。
誰かが心を込めて作った料理からはあたたかな光が、自分に差し出される腐りかけの食べ物からは暗い闇が広がっていた。
例えば人。
ソフィアからは柔らかなオレンジ、ウィリアムからは快晴の青、クレアからは穏やかな新緑の色がもやもやと広がるのを感じた。
そんな風に、ソフィアの目にはありとあらゆるものが色で見えていた。
だから、他の人たちも同じように見えているのだろうと、これまで信じて疑っていなかったのだ。
24歳にして初めて知る、自分と他者との違いに動揺を隠せず視線が不安げに揺れる。
すると、めざとくそれを見つけたウィリアムが、さっと立ち上がってシェリルの横に移動し、膝の上で強く握り締められていたシェリルの手を優しく包み込んだ。
「……どうした?顔色が悪いようだが」
「あの……」
「うん?」
動揺のあまり二の句が継げないでいるシェリルの言葉を、ウィリアムは辛抱強く待ってくれる。
この部屋に来るまではあんなに合わせる顔がないと思っていたのに、いざというときにはその絶対的な安心感に心の底から安堵している自分に気づくと、詰まりそうになっていた息をゆっくりと吐き出した。
「……私、皆さんにも当然、色が見えているんだと、これまで思っていて…」
「…ああ、そうか。これまであまり人と関わることをしていなかったんだ、気づかなかったのかもしれないな」
「は、い…だから、あの……私、やっぱりおかしいのかな、って……」
「……やっぱり、とは?」




