大袈裟ではありませんか?
「ちなみに、この話を私たち以外に知っている者はいるのか?」
「えっと…ソフィーおばあさんは、私が家を追い出される前に亡くなってしまったし…何度かギルドの人たちに話をしたことはあったんですけど、碌に聞いてもらえていなかったと思うので、覚えているかどうか…」
「…そうか。まあ、それでも用心するに越したことはないな」
顎に手を当てて考え込んでいる様子のウィリアムの後ろで、オリバーがニヤニヤと唇を引き上げている。
なんだか嫌な予感がする…と思っていると、やはりというべきかなんというか、オリバーが真面目な表情のまま、至極愉快そうな声音でウィリアムに声をかけた。
「主、少しよろしいでしょうか」
「どうした、言ってみろ」
「シェリルさんを屋敷に戻すのはどうでしょう」
「……え?」
「シェリルを?…まあ、寮の部屋よりはこちらの方が防犯的には良いが…」
「え、ええ?」
「でしょう。特に今は、まだ相手の動きが読み切れていない時期でもありますし」
「ちょ、ちょっと、あの…」
「確かにな…奴らが動き出していれば、まだ打つ手もあるんだが…」
「……あの!」
話の流れがとんでもない方向に流れていることには気づいていたが、シェリルの慌てた様子に一向に頓着しないオリバーとウィリアムに、とうとう堪え切れなくなって大声を上げる。
かなり勇気のいる行動ではあったが、ようやく全員の目がこちらを向いてくれたことに安堵して、まだ赤らむ頬もそのままに、シェリルは疑問を一気に吐き出した。
「あの!さっきから、話がよくわからないんですが…奴らって、誰のことですか?何か怖いことでも起きるんですか?寮は兵士の皆さんもいるし、そんなに危険なところではないと思うんです、けど…」
言いながら、周囲の視線に臆してしまって少しずつ声が小さくなってしまう。
もしかして、自分は今何かとんでもない勘違いをしているのだろうか。
そう不安になったことに気づいているのかいないのか、向かいにいたウィリアムがシェリルに向かって力強く頷いてくれた。
「もちろん、私の屋敷の敷地内にいる限り、賊がいきなり攻め入ってくることはないだろう。君が疑問に思うのも、当然だと思う。ただ、君が今披露してくれた知識にしても、調合したポーションの効果にしても、一部の者からすれば喉から手が出るほど欲しいはずだ。そうした輩が、君を狙ってこの敷地内に入ってきた場合、寮の設備では守り切れない可能性がある」
「……そんな…」
「もちろん、君がどうしても寮に残りたいというのであれば、それなりに配慮はするが…この屋敷で働く人間は、使用人たちも全てある程度の戦闘力を持っていることが求められている。だから、この屋敷の方が安全性が高い、という話だ」
「……で、でも…」
ウィリアムの言葉が正しいとわかっていても躊躇してしまうのは、この歳にしてようやく与えられた『自分の部屋』というものが、存外嬉しかったからに他ならない。
自分だけの空間。落ち着いて眠り、すっきりした気分で朝を迎えられる場所。自分のお気に入りのものを揃えて、居心地よくしていく工夫ができるところ。
そうしたものをたった一週間でなくしてしまうのかと思うと、残念に感じてしまう自分がいるのも事実だった。
「……まあ、この件は兵士たちとも相談が必要だからな。それに、隊で働いてもらうなら、寮の方が何かと都合が良いのも事実だ。この件は少し、保留にさせてくれ」
「……え?私、まだ救護隊にいていいんですか…?」
「当然だ。むしろ、いてもらわなくては困る」
「そうだよ!シェリルちゃんほどすごい人、今救護隊にはいないんだから!」
「そうね。私も、シェリルちゃんには長く働いてもらいたいと思ってるわ」
口々に言ってくれる言葉が、心から言ってくれていることがわかるから、シェリルはぐっと息を詰まらせることしかできない。
またぶりかえしそうになる涙をなんとか堪えて、精一杯の笑顔を返して見せた。
「……はい!ありがとうございます、皆さん」
「…まあ、それはそうとして。シェリルさんの身の安全を確保する方法は検討する必要があると思いますよ、主」
「そうだな。…オリバー、1番隊の隊長を呼んできてもらえるか?」
「承知いたしました」
そうして連れてこられたのは、兵士たちの中でも最も実力派が揃っているという1番隊の隊長である、ダニエルという男性だった。
年の頃は30代後半だろうか。筋肉質な身体に大きな体躯は、ウィリアムにこそ勝てないものの、シェリルからすればまるで壁のようにも感じる大柄な男だった。
「ダニエル。忙しいところすまないな」
「いえ、問題ありません。何か御用でしょうか?」
「シェリルの護衛として二人、常に彼女についていられる人物を選出してほしい」
「それは、外出時の護衛とは別に、ということでしょうか?」
「そうだ。今回選出してもらう二名とは別に、外出時には加えて二人追加で護衛を出してくれ」
「それでは、リヴァイとマークの二名ではいかがでしょうか」
「マーク?彼はまだ新人ではなかったか」
「そうですが、常に護衛ということになれば、強面の男二人が常にいる状態では彼女も気が休まらんでしょう」
「…確かにな。ではその二人で頼む。今すぐここに連れてこられるか?」
「問題ありません。すぐに呼んで参りますので、少々お待ちください」
ウィリアムと何度か言葉を交わした後、足早に部屋を出ていったダニエルの背を見送って、ウィリアムに不安げな視線を送る。
彼のいう通り、ずっとシェリルについて回られるのであれば、神経や休まる自信がない。
それに、寮の部屋に戻る時などはどうするつもりなのか…シェリルが考えても詮無いことをつらつらと考えていると、先ほど部屋を出ていったダニエルが二人の兵士を連れて戻ってきた。




