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ヘタレ領主とへっぽこヒーラーの恋  作者: 小鳥遊 ひなた
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信じてもらえないかもしれませんが

ちょっと遅れました、すいません…!汗




だからといって、当然時が止まるわけではないし、全員を待たせてしまっているのは明らかだ。

結局シェリルは観念して、重い足を引きずるようにハナの後についていったのだった。



そうして連れていかれたのは、普段シェリルがいる建物の2階にある、クレアの執務室だった。

これまで一度も入ったことのないその部屋は、クレアらしく大人の女性らしいインテリアでまとめられていた。

執務机やテーブル、書棚などは深いウォルナット色で統一されているが、唯一ソファだけが落ち着いたダークレッドのもので、仄かに薔薇の香りが漂っている。

勧められるまま、ハナと一緒に三人掛けのソファに座ると、ローテーブルを挟んだ向かい側の一人掛けのソファに、それぞれクレアとウィリアムが腰を降ろした。

ウィリアムについてきたのであろうオリバーが、さっと4人分のお茶を淹れてくれ、お茶菓子と共に目の前に置かれる。

目の前にいるウィリアムに視線を向けることができないまま、シェリルはなんとか気持ちを落ち着けようとカップを手に取り、からからだった喉を潤した。

そうしてカップが置かれたと同時に、クレアが口火を切る。



「二人とも、忙しいところごめんなさいね」

「いいえー、大丈夫です!初期段階の実験も終わって、今はちょっと落ち着いたとこですから」

「シェリルちゃんも、大丈夫?」

「あっ…はい、まだ書類がまとまりきってなくてすみません…文字を書くのが、どうしても苦手で」

「いいのよ。必要なら、速記士を用意するから、記憶を口に出して書き留めてもらう方が早ければ言って頂戴」

「はい、ありがとうございます」



にこりと笑って話を切り出してくれたクレアに、シェリルもまずは現状の報告を済ませる。

実はシェリルは、文字を書くのが苦手だ。苦手というよりも、慣れていないという方が近いかもしれない。

何かを記すための筆記具や紙を買う余裕がなかったというのももちろんあるが、そもそもこれまでの生活の中で『何かを書き記す』という作業はほとんどしたことがなかった。

仕事は調合したものを納品するということくらいだったし、袋やラベルに商品名や消費期限などを書いたり、サインをするくらいしかしてこなかった。

つまり、それ以外の文字を書くという経験がほとんどなかったため、慣れていない文字を書くのが非常に辛い。

最初の頃にも速記士の採用を提案されたのだが、せっかく自分に与えられた仕事なのだから、と、その時は辞退させてもらった。

しかし、量の多さと自分の筆の遅さに、辟易しているのも事実だ。

もう少し頑張ってみて、それでもどうしようもなければ、甘えさせてもらっても良いのかもしれない、と、シェリルは思うようになっていた。



「さて、と…シェリルちゃんも、ハナから少しは話を聞いてると思うんだけど。今日来てもらったのは、実験結果の検証のためよ」

「……はい」

「ハナ、さっき渡した書類は持ってきてる?」

「はーい、もちろん!これと、こっちですね」



そう言ってテーブルの上に広げられた書類を、全員で覗き込む。

少し近づいたことで、ウィリアムのコロンの香りが鼻腔をくすぐったが、今はそれどころではないとぎゅっと目を閉じ、赤くなった頬を隠すように両手で覆って、改めて書類に目を落とした。



「ウィルには具体的な数値を見せるのは初めてになるかしら。まずこれが、今回の実験に参加してもらった兵士たち5人の、通常時の能力の平均値。で、こっちが通常の増強ポーションを服用した後の平均値よ。それから…これが、今回のレシピで作った30人分のポーションの鑑定時の数値と、実際服用したときの数値。今回は簡易的なものだから、一つのポーションにつき、一人の兵士、一回だけしか測定は行っていないわ。で、最後がシェリルちゃんが作ったポーションの数値と、測定値ね」

「……これは…妙だな」

「そうなの。まず、シェリルちゃんのポーションの数値が異様に高い。鑑定のときもそう思ったけれど、実測値は驚嘆に値するわ。それから、他の製作者のポーションの数値が低すぎる。いくらシェリルちゃんが作り慣れていると言っても、ここまでの差が出るのは当然おかしい。最後に一番重要なのが、魔力量と効果の出方が反比例している、という事実」

「ふむ……シェリルは、どう思う?」

「えっ…わ、私ですか?」



突然話を振られて、書類に落としていた視線を上げると、ウィリアムとばっちり目があってしまった。

思わず目を伏せてしまいそうになったが、真剣なその眼差しにぐっと身体に力が入る。

元々、ウィリアムの役に立ちたいと思って始めた仕事なのだ。彼が望んでいるなら、自分の力は全て差し出したい。

躊躇う自分を心の中で叱咤すると、膝の上に組んでいた両手をぎゅっと握りしめてから、恐る恐る口を開いた。



「……あ、あの。あくまでも、私の考えなんですが…」

「構わない。教えてほしい」

「っ……え、と。多分、キリルの花を使った影響が大きいんだと、思うんです、けど…」

「それってどういうこと?」

「それは…ポーションを作るときって、みんな絶対魔力を込めますよね」

「そうだね。そうしないと、薬草の力が引き出せないから」

「そうなんです。それで、その……キリルの花って、込める魔力が少ない方がよくて」

「……へ?」

「キリルの花は、魔力をギリギリまで絞ってあげる方が、力を引き出しやすいみたいなんです」



———一般的に、ポーションを作るときに込める魔力は多ければ多い程良い、と言われている。

その方が、薬草の奥深くまで干渉することができるからだ。

だから、シェリルが今口にした言葉は、大半の人たちに馬鹿にされてきた話でもあった。

これまで何度か、以前のギルドで同じ調合をしている者たちに話をしてみたことはあるが、いずれも『魔力の低さを誤魔化すための嘘』と決めつけられ、全く相手にされなかった。


まして、この話をしているのは、この国一番と言われている軍に所属する調合のプロだ。

また馬鹿にされるかもしれない、と恐々話したことだったが、案の定、ハナはぽかんと口を開いたまま、目を見開いて固まってしまった。

やはり今回も信じてもらえないのか。そう思って、謝ろうとした、そのときだった。



「…ねえ、シェリルちゃん。ちょっと聞いても良いかしら?」

「えっ…は、はい。なんでしょうか」

「あなたに調合を教えてくれたっていう薬師のおばあさんの名前、教えてくれない?」










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