今だけは勘弁してほしいです
「…ねーシェリルちゃん…」
「…………」
「おーい、聞こえてるー?」
「…………」
「…あ、ウィリアム様みっけ」
「えっ、あっ、わっ…!えっ……え!?」
唐突に耳に飛び込んできた想い人の名前に、持っていたペンを取り落としながら慌てて立ち上がる。
きょろきょろと忙しなくあたりを見回していると、目の前で苦笑いを浮かべながらこちらを見上げるハナの姿が目に飛び込んできた。
「驚きすぎ。そんで、ぼーっとしすぎだよ、シェリルちゃん」
「は、はい…ごめんなさい……」
「いやまあ、今のでなんとなく原因わかっちゃったし、全然いいんだけどねー」
「……あぅ…」
にやにやしながら頬杖をついてこちらを見上げるハナの様子に、今度こそ二の句が継げなくなってしまう。
そんなシェリルの様子をひとしきり楽しんだあと、ようやく本題に入るために手にしていた書類をシェリルの前に置いてくれた。
「これ、シェリルちゃんが考案した増強剤を他の人が調合した結果の一覧。ここで調合の技術をきちんと習得してる救護隊の人材って30人くらいいて、その全員に同じ条件下で作ってもらったよ」
「わ…結構大掛かりなんですね」
「これでも全然少ない方だよ。国として調査することになったら、資格を持つ人の約8割に協力してもらうことになるんだもん」
「……ちょっと想像が追いつきません…」
「あはは、まあそうだよね。とにかく今はこれだけしかデータが取れなかったんだけど、まあ一定の傾向は出てるなーって感じ」
そうして見せてくれた書類には、調査に協力してくれた人の調合スキルレベルと魔力量、そして効力の度合いが記入されていた。
効力を確認するためには、以前マークがやったような、飲んだ後に同じ動作を行なって、どれくらいの差が出たのかを見るという方法と、クレアがやった『鑑定』スキルによる方法が有効だとされている。
今回はどちらも行われており、まず作ってもらったポーションを全てクレアが鑑定し、その後兵士たちが5人選抜され、1日1本ずつ飲んで平均との差異を取るという形になっていた。
本来であれば、実際に飲んでみる方法も完全に同じ人が行うというのが好ましいらしいが、現実的にそれは難しく、かといって全て別の人で行なってしまうと個体差によるずれが生じてしまうため、極力少ない人間で試してみることになった、ということだ。
そうして作った一覧をもとに、折れ線グラフが描かれた書類もある。
それらの記述をしばらく眺めていたシェリルがあることに気づき首を傾げると、それを察したのか、ハナがこくりと頷いた。
「……シェリルちゃんも、何か気づいた?」
「あの…この数値、全体的に低すぎませんか…?」
シェリルが感じた違和感は、それぞれの検証方法で明らかになった数字の低さだ。
最初にこのポーションをシェリルが作ったとき、クレアの鑑定では従来のポーションの約4倍の数値、そしてマークの検証では約6倍の結果を出していた。
しかし、今回の検証のために提出されたポーションでは、いずれも最大で約2倍程度の数値しか出せていなかったのだ。
「そう、なんだよね…。あと、もう一つ妙な特徴があって。調合スキルの度合いによって出来に差が出るっていうのはわかるんだけど、なぜか魔力量が低い人が作ったポーションの数値も高いんだよ」
ほら、と指さされたのは、魔力量が他の人の半分くらいしかない、という人のポーションの結果だ。
確かに、調合スキルは他の人と同等くらいなのだが、調合スキルが最高レベルのジャックやハナのデータと同じくらいの結果を叩き出している。
これは、通常の調合レシピではありえない結果だ。
本来、調合する際にも人は微力ながら魔力を消費する。調合の際に込めた魔力の質や量によって、出来あがりに大きな差が出るのだ。
つまりこれは…———。
「……この件について、隊長とウィリアム様が、シェリルちゃんの話を聞きたいんだって」
「えっ!?私がですか!?」
「他に誰がいるのさ。だーいじょうぶ、今日は私とジャックさんも呼ばれてるから」
「あっ、あのでも、今日は私、この資料をまとめないと…!」
「さっきまでずーっとぼーっとしてて、全然進んでなかったじゃん」
「そ、それはそうなんですけど、あの…!」
ウィリアムの元へ連れて行こうとシェリルの手を取るハナに、慌ててストップをかけようと声をかける。
先日ウィリアムへの気持ちを自覚したばかりのシェリルにとって、今の自分の状態で顔を合わせるなんて、恥ずかしすぎて到底許容できることではない。
ただでさえ、気づけば彼のことを考えてしまっているというのに、当の本人と直接相対してしまったら、どんな言動をしてしまうか全く予想できなかった。
だからと言って、今のシェリルにとってクレアとウィリアムは自分の上司だ。
上司からの呼び出しに応じないだなんて、いくら世間に疎いシェリルにだって常識はずれだということは理解できる。
結局、雇われの身としての自分と、遅すぎる初恋に浮かれまくっている自分との間で板挟みになってしまい、真っ赤になってその場にうずくまってしまった。




