安請け合いほど怖いものはありません
「………ごめんなさい、取り乱しちゃって」
「ううん、いいのよ。話してくれて、ありがとう」
ようやくシェリルが落ち着いたのを見計らって、クレアが温かい紅茶を淹れてくれた。
クレアの部屋にある大きなソファに三人で座って、仲良くカップを持ち上げる。
たっぷりのミルクに少しのはちみつを垂らしたというその紅茶は、未だささくれ立つ心をゆっくりと宥めてくれるようだった。
「…ねえ、シェリルちゃん。これは、私から見た話だけれど」
「……はい」
「シェリルちゃんがウィルのことを何にも知らないなんて、そんなことないと思うわ。少なくともあなたは、街の人たちよりもよっぽど、真剣にウィルと向き合ってきたはずよ」
こちらを見て、ゆっくりと噛んで含めるように話をするクレアは、いつになく頼りなげに眉が下がっている。
マリーの話では、クレアも確か、メイアの死の現場に立ち会った一人だ。
その時からきっと、クレア自身もウィリアムをここまで支えてきたのだろう。
今のクレアは、救護隊隊長としてではなく、ウィリアムの友人としてシェリルに話をしてくれている。
覇気のないクレアの表情にも、シェリルは胸が締め付けられる思いでこくりと頷いた。
「それから、ウィルがシェリルちゃんを避けているっていうのは、完全に誤解よ。ウィルったら、ほぼ毎日私のところに来ては、あなたの様子を聞いてくるの」
「……え?」
「体調を崩していないか、足の調子はどうか、食欲はどうか、仕事量は多すぎないか…ってね。自分で見に行けって何度か言ったんだけど…」
「……けど、なんですか?」
まさか、やはり避けられていたのか。
顔から血の気が引くのを感じながら問いかけると、先ほどとは打って変わり、呆れたように肩をすくめて笑ってみせた。
「自分の顔を見たら、シェリルちゃんが街で味わった嫌な気分を思い出しちゃうだろうから、ですって。どんな気の使い方?って思ったけど、まあ…ウィルらしいといえばそうなんだけど」
「……私のため、ですか…?」
「そうよ。きっとウィルにとっては、自分の過去や評判より、シェリルちゃんが嫌な思いをしないことの方が大切なのね」
「……どうして、そんな…だって、私は何も……ウィリアム様にしてもらうばっかりで、そんなに気にかけてもらう価値なんて……」
思いもよらなかったウィリアムの気持ちに、戸惑いを隠せない。
シェリルが記憶している限り、自分がそんな風に気にかけてもらえるようなことをウィリアムに対してやったことはないはずだ。
なのにどうして、こんなにも良くしてくれるのか。
打算の見えない優しさが怖くて、知らず怯えたような表情になってしまったシェリルに、それまで黙って話を聞いていたハナがあっけらかんとした様子で口を挟んできた。
「じゃあ、聞いてみればいいんじゃない?」
「…え?聞くって、どうやって…」
「そりゃ、ウィリアム様のところに直接行く、とか?」
「えっ…そ、そんなの無理です!お忙しい方なのに、そんな…!」
「えー、でもさっきの隊長の話だと、毎日隊長のところまで来るくらいの余裕はあるんですよね?」
「ええ…まあ、そうね」
「ぶっちゃけ、このまま二人がビミョーな空気出してると、周りも気遣っちゃうっていうかー…特にウィリアム様がめっちゃへこんでるらしいって、兵士たちの間でも話題になってるみたいなんだよね。マークから聞いただけだから、詳しい話は私も知らないんだけど」
ぽりぽりと頬をかきながら、ハナが明後日の方向を向いて白状した内容に、先ほどまでのもやもやした気分も吹き飛んでしまう。
自分一人でもやもやと悩んでいる間に、どうやらいろんな人たちを巻き込んでしまっているらしいことに気づき、血の気が引いていくのがわかった。
その様子に気づいたクレアが慌ててフォローに入ろうとするが、もう後の祭りだ。
どうしようかとあわあわしながらハナの腕を掴むと、にかっといつもの笑みが返ってきた。
「私はあんまりこういうの得意じゃないからさ、よくわかんないけど。でも、私が見る限りシェリルちゃんは絶対嫌われてないし、なんならちょっとウィリアム様の方が自重したら?って思うくらいだし、あんまり気にする必要ないよ!」
「そ、そうでしょう、か…?」
「そうそう。悪いと思ってることがあるなら謝って、ちゃんとシェリルちゃんが思ったこと言っちゃえばいいじゃない!それくらいで怒るほど、ウィリアム様は心の狭い男じゃないと思うし」
だから大丈夫!と自信たっぷりに言われてしまうと、なんだか本当に大丈夫な気がしてくるから不思議だ。
なかなか一歩を踏み出すことのできない性格のシェリルにとって、この勢いは本当にありがたい。
意を決してこくりと頷くと、クレアはほっとしたように息を吐き、ハナはその笑みを大きく深めた。
そしてその満面の笑みのまま、とんでもないことを言い放ったのだった。
「よし、じゃあ今からウィリアム様のところに行っちゃおう!」
「え…えええ!?」




