女子会をしましょう
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マリーたちと街に出かけてから、一週間。
シェリルは日々の業務の忙しさに追われつつも、街に行ったときのウィリアムの話が頭から離れないままでいた。
ウィリアムとメイアのこと。ウィリアムの父親のこと。街に行くことができない理由。街の人たちの誤解と偏見。
あれから、ウィリアムとすれ違って話ができないままでいるのも、一つの要因なのかもしれない。
街を見た時の感動も伝えたかったけれど、時間が経ってしまえばなんとなくハードルが上がってしまった気もして、どうにも心が落ち着かなかった。
何より、あの話を聞いた後にどんな顔をしてウィリアムと話をすれば良いのか、人との関わりがこれまで希薄だったシェリルには皆目見当がつかない。
同情するのは違う気がする。しかし、到底笑って話せるような内容でないことは明らかだ。
ウィリアムに会いたい。けれど、会うのが怖い。
相反する二つの感情で頭をぐるぐるしてしまって、シェリルから行動を起こすことができないままでいた。
それに、確証のある話ではないが、なんとなくこの一週間、ウィリアムから避けられているような気もしている。
それまでは毎日のように会うことができていたのに、街に行ってからは全く姿を見なくなってしまったからだ。
それがなんだか寂しいような、悲しいような、複雑な気持ちを起こさせる。
その気持ちがなんなのかを追いかけようとすると、きゅっと胸の辺りが苦しくなってしまって、知らず鳩尾のあたりで拳を作って押さえていると、就業を知らせる鐘が鳴った。
「あれ……もう、こんな時間ですか?」
「今日もお疲れ様!シェリルちゃん、もう終わりそう?」
「あ、ハナさん!大丈夫です。もうすぐ終わります」
ここ最近のシェリルの仕事は、以前作成したポーションに関するあれこれの資料を作成する、というものだった。
ポーションの効果などについての実証実験は、作成した本人であるシェリルだけでなく、なるべく多くの人の手で行い、調査を行う必要がある。
そのため、シェリル自身がポーションの検証実験自体に参加することはできない。
その代わり、国に提出する資料はシェリル自身にしか作成できないので、ジャックやハナの手を借りつつ、そうした資料作成に着手することになったのだ。
作成のための経緯と、現在のポーションにたどり着くまでに試した組み合わせ、効果を試すための方法など…これまで頭の中だけで管理してきたものを文字に起こす必要があるらしい。
膨大な量だと思うから分かる範囲で構わない、とは言われたものの、シェリルは記憶力は良い方らしく、このポーションについても全て答えることができるので作業に問題はない。
というか、これまでそういった紙のようなものを購入するお金もなかったので、どのみち覚えるしかなかったのだが。
それをハナに伝えると、何故か数秒の沈黙ののち「……えー…色んな意味でないわー……」と疲れた声で呟かれてしまった。
今日取り掛かってのは、これまでに試した薬草の組み合わせ表の作成だ。
それぞれがどんな結果だったのか、どういった副作用があったか、などというメモも踏まえて書き込んでいく。
当然、一日二日で終わるような作業ではない。
きりの良いところまでで手を止めると、凝り固まってしまった体をほぐすように、うーんと思い切り伸びをした。
背中や腰から、コキッと小気味良い音が鳴るのを楽しんでいると、廊下に続く扉がかちゃりと開いて、クレアが顔を覗かせた。
「あら、シェリルちゃん。お仕事終わった?」
「クレアさん!はい、さっき終わったところです」
「そう。じゃあ、一緒にご飯食べに行きましょうか」
「はい!」
「あ、いいなー!私も一緒に行きたいです!」
「あら、良いわよ。一緒に行きましょう」
夕食のお誘いに顔を綻ばせ、いそいそと道具を片付ける。
マリーからおさがりとしてもらった、質の良い布で作られたポーチを片手にクレアの元に向かい、ちょうど同じように支度を済ませたハナと合流した。
「ねえ、今日はちょっと私の部屋で食事にしない?」
「クレアさんのお部屋、ですか?」
「そう。昨日ね、知り合いからおいしいケーキをもらったの。せっかくだから、みんなでデザートに食べようと思って」
「やった!隊長の持ってくるお菓子、大好きなんですよね〜」
「そうなんですか?ふふ、楽しみです」
悪戯っぽく笑うクレアの言葉に、ハナがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
その様子を微笑ましく眺めて、一行は食堂の中に足を踏み入れた。
食堂のスタッフに室内でごはんを食べる旨を伝え、トレイを持って二階のクレアの部屋まで持っていく。
まだ足元のおぼつかないシェリルのために、ハナが二人分のトレイを持ってくれた。
そうして一旦各々部屋に戻り、少し楽な服装に着替えて再集合する。
ハナなどは、いつの間にかシャワーまで浴びてきてしまったようで、濡れた短髪をタオルでがしがしと拭きながら、水の入ったボトルを片手に戻ってきた。
「さて、揃ったわね。それじゃ、いただきます」
「いっただっきまーすっ!」
「いただきます。…わ、今日のごはんもおいしそうですね」
「今日のメインディッシュは、兵士たちの訓練で狩ってきたビッグボアですって」
「ビッグボア!私あれ大好きなんですよねー、柔らかくって」
「ハナはお肉ならなんでも良いんでしょう?少しはその食欲、シェリルに分けてあげなさいな」
三人で小さなテーブルを囲んで、わいわいと話しながら同じものを食べる。
ただそれだけのことなのに、どうしてこんなに楽しいんだろうと疑問に思いつつ、シェリルは緩んでいく頬を止めることができなかった。




