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ヘタレ領主とへっぽこヒーラーの恋  作者: 小鳥遊 ひなた
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臆病な旦那様の不器用な恋(マリー視点)

本日は、シェリルと一緒に買い物に行った侍女、マリーちゃん視点のお話です。

使用人の皆さんには、ウィルくんの恋心はダダ漏れのようです笑




シェリルとの買い物が終わって、翌日。

私は早朝の業務が終わってすぐ、旦那様の執務室まで呼び出されていた。

理由など一つしか見当たらない。昨日のシェリルとの話を聞きたいのだろうということは、すぐに察することができた。


シェリルが屋敷にやってきてから、旦那様は随分わかりやすくなったな、と思う。

それまでの旦那様は滅多に表情が動くことがなく、冗談抜きで人形のような人だと感じていた。

7年前、その表情が緩んでいく様子を見ていたことはあったけれど、それも今となっては苦々しい記憶でしかない。

当時から勤めている使用人、兵士たちは全員、もう二度と旦那様にあんな女を近づけはしないと心に誓ったのだ。


だというのに、特にこの一ヶ月の旦那様の豹変っぷりときたら、本当に同一人物なのかと疑ってしまう。

6つも年下の女性の言葉一つに一喜一憂し、毎日せっせと贈り物を運んでくる姿は、まるで雄の鳥が意中の雌に行う求愛行動にしか見えず、微笑ましくて仕方ない。

旦那様がシェリルのことを気にしているのは誰の目から見ても明らかで、シェリル自身も心清らかな優しい娘であることは、ここ一ヶ月世話をする中で皆が知るところとなった。

過去のような愚行を犯す娘ではないとわかっているからこそ、屋敷の者たちは揃って、旦那様の恋が成就するよう、守っていこうと決めていたのだ。



「……遅くなってすまない」

「とんでもございません」



訓練中に抜け出してきたのだろう、動きやすい隊服に身を包んだ旦那様が部屋に戻ってきたのは、マリーが部屋に来てから10分ほど経ってからのことだった。

後ろには、昨日シェリルと一緒に街に降りた兵士たち二人もいて、やはり昨日のことだろうと察せられる。

兵士たちもマリーの隣にやってきてぺこりと会釈を交わすと、目の前のソファに腰を下ろしたウィリアムを見据えた。



「昨日は三人ともご苦労だった。彼女はどうだった?」

「連れて行った店は喜んでいたようです。店の者が薦めていた商品をいたく気に入って、そこで予定していたものは全て購入できたようです」

「我々は店の外から様子を窺っていましたが、特に不審な人物が接触したということもありませんでした」

「買い物の後、しばらく街の中央にある公園を散策し、屋敷に戻っています。公園の噴水が、特に気に入った様子でした」

「……そうか。まだ前ギルドの奴らはここに彼女がいると気づいているわけではなさそうだな」

「はい、引き続き警戒は続けますが、まだしばらくはあの街も安全でしょう。警備の者たちにも、見かけない者を街で見かけたら報告するように義務付けております」

「ああ、よろしく頼む。…シェリルが楽しんでくれたようで、よかった」



三人の報告に、旦那様がほっとしたように眉を下げる。

ここ最近、眉間のしわが薄くなっていることにも嬉しくなりながら、しかしこれだけは伝えておかなければならない、という事実を口にした。



「…あの、旦那様。一つだけ、お耳に入れておきたいことが」

「なんだ?」

()()()が、シェリルさんの耳にも入りました」

「……何?」

「大変申し訳ありませんでした…私が一緒にいたことで、彼女もこの屋敷の者であると勘付かれたようです」



せっかく柔らかい表情になっていたのに、私の言葉で旦那様がぐっと表情を引き締める。

そのことを残念に思いながら、しかしいつまでも隠しているわけにもいかないと、旦那様をぐっと見つめる。



「……そうか。いずれ知れることだ。仕方がない」

「…しかし、旦那様。シェリルさんは、その噂に憤慨されていました。当然、話を聞いた直後は混乱されていたようですが、落ち着かれてはひどい中傷の言葉に心を痛めていたようです」

「……シェリルが…?」

「はい。旦那様が魔族の血を引いているという話も、特に気にしていない様子でした。それよりも、旦那様が悪様に言われていることの方が我慢ならなかったようで」



その時のシェリルの様子を思い出し、少し笑みを漏らしてしまう。

私が笑い、兵士たちも同様におかしそうな顔でうんうん、と頷いたことで、旦那様もその言葉が真実であるということが伝わったのだろう。

ぐっと盛り上がっていた肩から力が抜け、肘をついて組んでいた両手に額を寄せて、大きく息を吐き出した。



「旦那様。差し出がましいことを申し上げますが、ローダの街をどのように感じたか、については、直接シェリルさんに聞いてみてはいかがでしょうか」

「シェリルに直接、だと?」

「はい。街を歩いている間、シェリルさんは目を輝かせてあちこちを見ていました。きっと、色々と感じたこともあるかと思います。直接お話しされた方が、楽しいのではないかと」

「っ…、私は別に、そんな…」

「そうっすよ、大将!シェリルちゃん、帰りの馬車でも次に行ってみたいところの話で、マリーさんと盛り上がってましたもん!」

「あと、俺ら以外にもいい加減シェリルちゃんと話す機会ください。シェリルちゃんの護衛ってことで、今日も相当他の奴らに睨まれてんですから」



旦那様の空気が甘酸っぱいそれに変わったのがわかったのだろう、最初はかしこまっていた兵士たち二人も、にやにやと揶揄うような口調に変わり、代わる代わる囃し立てる。

そのことに、普段は一向に変わるはずのない旦那様の頬が少し赤らんだのを、私は見逃さなかった。



どうか、この不器用な旦那様の恋が無事に実ってくれれば良いと、心の底から思う。

そのためには、きっと色んなハードルが待ち構えているのだろうということは、想像に難くないけれど。

旦那様が幸せを掴んでくれるのなら、どんなことでもして見せようと、マリーは旦那様から見えないようにこっそりと、背後に回した手をぐっと握りしめたのだった。






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