本っ当に、信じられません!
「……マリーさん」
「…はい」
「私、ウィリアム様がとても優しい人だって、知っています。あんなに優しい人が、誰かを脅したり、理由もなく誰かを殺したりするなんて、絶対にない」
隣にいたマリーに視線を向け、その目を見つめて口を開く。
最初は厳しい表情をしていたマリーだったが、シェリルの言葉に少しだけ眉間のしわが取れるのがわかった。
シェリルを怖がらせないようにと、地面に膝をついてくれていた兵士たち二人も、同じく纏う雰囲気を和らげたのを感じる。
きっとここにいる人たちは、シェリルと同じ気持ちでいてくれている。
それがわかって、シェリルもふっと肩の力を抜き、きゅっと一度唇を引き結んでから、口を開いた。
「……だから、わからないんです。どうして、店長さんがあんなことを言ったのか。貴族の方が、亡くなったっていうのも…」
「………」
「教えてもらえませんか、マリーさん」
シェリルの問いかけに、マリーが珍しく視線をうろうろと彷徨わせる。
躊躇するように何度か口を開閉させ、ぎゅっと目を閉じると、一度大きくため息を吐いた後、いつものマリーの表情に戻ってシェリルを見つめ返してきた。
「……わかりました。でも、一つ約束してくれますか」
「…なんでしょう?」
「私たち使用人も兵士たちも、これからする話を全て知っています。その上で、旦那様を信頼して、旦那様のお役に立ちたいと思って、お仕えしています。ですから、シェリルさんもどうか、これまであなた自身が接してきた旦那様のことを、信じてください」
マリーの言葉に、シェリルが軽く目を見開く。
しかし、真剣な様子のマリーと兵士たちに表情を引き締め直し、力強く頷いてみせた。
そのことに安堵したようにマリーがにこっと微笑み、口を開く。
そこで聞かされたのは、壮絶なウィリアムの過去だった。
ウィリアムの母、メイアと魔族の長との恋。
その結果生まれたウィリアムとメイアの幽閉生活。
そして、後継者争いに巻き込まれて誕生日当日に目の前で母親を毒殺された、ウィリアムの絶望。
「……メイア様が亡くなられたということを、旦那様の父親である魔族はどこからか察知したのでしょう。報復として、彼はトール伯爵家を一瞬で消し炭にしました。それこそ、跡形もなく。当時屋敷内にいなかった一族の者も、一人残らず焼け死んだと聞いています。その後魔族は、当時の当主であった旦那様のお祖父様の元に直接出向き、旦那様が18歳になったら必ずキーストン家当主とすることを約束させました。履行されない場合、今度はキーストン一族がトール伯爵家と同じ目に遭うという条件付きで、です。契約通り、旦那様が18歳になった折に当主交代の手続きは行われましたが、その翌日、前当主様はベッドの上で焼死体となって発見されました」
「……っ…」
「こうした一連の事件は、周囲に隠すにはあまりにも大きすぎました。何より、旦那様の出自を象徴する金色の瞳は、どんなに隠そうとしても難しい。結果、先ほどの店の女性が言ったような話が、事実として語られているのです」
全てを話したマリーの手は、痛々しいほどに握り締められ、真っ白になってしまっている。
その手をじっと見つめる瞳に宿るのは、明確な怒り。
その気持ちは、シェリルにも痛いほどわかった。
マリーの話を聞く限り、ウィリアムがあんなことを言われる謂れは一つもない。
彼とメイアはただ、周囲の思惑に巻き込まれ、愛する人を理不尽に奪われただけだ。
まして、誰かを殺すだなんて、一度もしていないではないか。
シェリルがこれまで接してきたウィリアムは慈悲深く、優しく、不器用ながらも周囲の人を大事にしてくれる人だった。
見ず知らずのシェリルを助け、屋敷に連れてきてくれて、これまで経験したことがない暮らしをさせてくれた。
そして、行く先のないシェリルのために、新しい居場所まで作ってくれたのだ。
誰が、悪魔だというのだ。彼が悪魔なのだとしたら、それを悪様にいう街の人々は一体、なんだというのだ。
「…屋敷で働いている者たちは皆、旦那様が街で言われているような人物ではないと知っています。しかし、彼らは私たちの言うことには耳を傾けてくれません。何を言っても『脅されてそんなことを言わされているんだろう』としか…。旦那様も、特にそれについて弁明をしたことがありません。言っても無駄だと、諦めていらっしゃるからです」
「……そんな…」
「こんな状況ですから、旦那様は街に出ることを避けていらっしゃいます。ここに来れば、彼らを怖がらせてしまうから」
「っ!そんなの、おかしいです!だって、ウィリアム様が頑張っているから、この街はこんなにも素敵なのに…!」
そうだ。
これだけの街をこの水準で維持し続けるには、並大抵の努力では叶わない。
街の人たち全員が生活に困らないだけのお金を稼ぎ続けていられるのも、街の隅々まで清潔感があり、花や緑があちこちに顔を出しているのも、人々の笑顔が絶えないのも。
全て、あの屋敷で一人篭ってウィリアムが尽力し続けているからこそ成り立っているものなのに。
思わず叫んで、拳を握り締めて憤慨しているシェリルに、マリーがふっと笑った。
先ほどまではマリーだって怒りで顔を染めていたはずなのに、と思ってそちらを向くと、マリーの手がシェリルの頭をぽんぽん、と撫でてくれる。
「…そう、その通りです。だから、私たちだけは何があっても旦那様を信じていようと、皆心に決めています。シェリルさんも、できればそうであってほしいと、思っています」
「はい、もちろんです」
「……よかった。シェリルさんがそう言ってくれて」
「当たり前です!」
「ふふ。…できれば、シェリルさんの口から、旦那様にも街の様子を伝えていただけませんか?シェリルさんが気に入ってくれたと知れば、きっと喜ばれるでしょうから」
「……?はい、それは…でも」
どうして?という言葉は、続けることができなかった。
マリーだけでなく護衛の兵士たちも、皆一様にうんうん、と微笑ましげに頷いていたからだ。




