領主の理想と部下の誇り
すいません…今日も遅れてすいません…(T^T)
「予定が決まったようで何よりだ。私のほうからも、この後護衛の都合をつけておこう。出かけるまで部屋にいるなら、彼女たちにそう伝えておく」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「……本当は、私がついて行ってやれればよかったんだが」
「いえいえ!わざわざウィリアム様がついてきて下さるような用事ではないですから」
「いや、しかし……」
なおも食い下がろうとするウィリアムに、シェリルはぱたぱたと手を横に振った。
ただの日用品の買い物に、ウィリアムを付き合わせるだなんてとんでもない。
あまりにも身近になりすぎてしまってうっかり忘れてしまいそうになるが、ウィリアムはこの広大な領地を管理している優秀な領主なのだ。
一介の隊員の買い物に付き合わせるだなんて、図々しいにも程がある。
そうして結局最後まで首を縦に振ることのないまま、シェリルは自室に戻った。
部屋に戻ると、時間はすでに13時を回っていた。
少し小腹が空いているような気もするが、朝食が遅めだったということもあり、今食堂に行ってもあまり入りそうにない。
それに、食堂に降りている間にマリーとすれ違いになってしまったら、という懸念もあって、結局シェリルはマリーがやってくるまで、のんびりと外を眺めて過ごすことにした。
クレアが初日に分けてくれた茶葉とマグカップを使って、良い香りのするお茶を淹れる。
さすがにマリーが淹れてくれるように美味しくはできないが、それでも柔らかく湯気を立てるお茶の香りは、シェリルの気分をほぐすには十分だった。
ベッドに腰掛け、窓のほうを向いてゆっくりとお茶をすする。
窓の外では、昨日散々追いかけられた兵士たちが、真剣な顔で訓練に取り組んでいるのが見えた。
少し薄暗い室内から、燦々と晴れ渡った窓の外の景色を見ていると、なんだか自分だけが別の世界に入り込んでしまって、取り残されてしまったような心地さえ感じる。
思えば随分と遠いところまで来てしまった、とぼんやり考えていると、控えめなノックの音がした。
「シェリル?遅くなってしまってごめんなさい、大丈夫かしら」
「あ、マリーさん!はい、大丈夫です」
親しみのある声に、一気に意識が現実に引き戻される。
慌ててテーブルの上に飲みかけのマグカップを置いて、雀の涙程度しか入っていない財布を握りしめて扉を開けた。
そこには、普段の侍女服ではなくモスグリーンのワンピースに身を包んだマリーが立っている。
新鮮な思いで部屋を出て、シェリルは久方ぶりに味わう高揚感に胸を高鳴らせた。
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「っ…すごい!大きい街なんですね!」
初めての高級馬車に緊張しきりだったシェリルだったが、街並みが見えてきた瞬間、そんな緊張はどこかに吹き飛んでしまった。
屋敷から馬車で5分ほどのところにあるこの城下町は、『ローダ』と呼ばれている。
遠目に見ただけでも非常に大きいことがわかるローダだが、街並みを見ても非常に清潔感があり、それでいて活気に溢れていた。
「そうね。このあたりは、旦那様が直轄で経営されている街だから…。城下町というのは、その領地の顔にもなる場所なの。だから、この街はある意味、旦那様が目指すこの領地の姿でもあるということになるわね」
「……この街が、ウィリアム様の理想……」
「そうよ。私たちはみんな、旦那様の理想を叶えるために、働いているの」
マリーの言葉に、シェリルの瞳が見開かれる。
視線の先にいるマリーは誇らしげに微笑んでいて、この街を愛しているのだということがありありとわかる。
きっとここにウィリアムがいれば、彼は間違いなく同じような顔をして、この街を眺めるのだろう。
そのことが手に取るようにわかってしまって、知らずシェリルも唇に笑みを浮かべてもう一度街並みを見つめた。
この街は、中央に噴水を持つ大きな公園があり、そこを中心に輪のように広がっている。
商業施設中心の区域が東側、住宅街が南側…といったように、それぞれ区画が分かれているが、少なくとも馬車の中から見る限り、貧富の差のようなものはほとんど見られなかった。
特に、遠目にもスラム街のようなものが見えなかったのは、シェリルにとって衝撃的だ。
これまで移り住んできた街では必ずスラム街というのは存在しており、街が大きくなればなるほど、スラム街の規模も大きくなるのが当たり前だったからだ。
(……この街を守るために、私たちがいる)
そう考えると、誇らしさが心から溢れてくるような気がして、きゅっと胸が苦しくなった気がした。
「さて、今日は買い物だったわよね?日用品だったかしら」
「はい!とは言っても、そんなに良いものが買えるような手持ちはないので、なるべく安いところで良いんですけど…」
「ふふ、大丈夫よ。実は旦那様に少しお小遣いをいただいているの。シェリルさんの買い物の足しにしてほしい、ですって」
「え!?そ、そんな!受け取れません!」
「いいのよ。返されると、逆に私が困ってしまうわ。よっぽどシェリルさんのこと、気にかけているのね」
慌ててパタパタと手を振って固辞しようとしたシェリルだったが、マリーが困ると言われてしまっては断り続けるのも難しい。
結局、手持ちがどうしても足りなくなったときにだけ貸してもらう、ということで折り合いをつけ、店に向かった。
マリーが教えてくれたのは、商業エリアの大通り沿いにある、とても可愛い雑貨店だ。
店内には数人の客がいて、裕福そうな人もいれば、一般人の姿もある。
値札をちらりと見てみたら、しっかりした商品の割に値段も手頃で、良質な店だということが窺い知れた。
早速、お目当ての商品を探すために店内に入る。
すると、シェリルの隣で一緒に商品を見立ててくれていたマリーに、一人の女性が話しかけてきた。




