何やら言いたそうですが
全っ然間に合わなかった…すいません…
その後は、今後のシェリルの具体的な行動範囲と職務内容について話が進められた。
まず、前ギルドへの調査や協議については、ウィリアムとオリバーが一緒に行ってくれるらしい。
また、その話が落ち着くまでは、 シェリル一人で敷地の外には出ないこととなった。
もし外出することがあるようなら、兵士の誰かが警備としてついてくれるらしい。
そして、シェリルの開発したポーションについても、今後調合部隊の中で調査を進めることが正式に決まった。
本当に問題がないことが確認されれば、新しい調合レシピの一つとして、正式に国に提出することになるようだ。
それまではこの軍の中でのみしか使用させず、兵士たちだけでなく末端の使用人たちに至るまで、外に情報を漏らさないことを徹底させることなども取り決められた。
シェリルとしては、何もそこまで厳重にしなくても…と思ったのだが、自分が考えている以上に、今回のことは大きな出来事であるらしい。
本当に国に提出したレシピが認められた場合、国王に直接拝謁する機会が設けられ、場合によってはそのまま王城勤めになってしまうようなこともあるとのこと。
なんだか大変なことになってきている、と尻込みしているシェリルをよそに、二人はあれこれと誰かを呼びつけては指示を出し、今後の対応を伝達しているようだった。
「……さて、こんなところかしら。それじゃあ、私はそろそろ帰るわね」
「ああ、助かった。ありがとう」
ひらひらと手を振って部屋を出ていくクレアを見送る。
急に寂しくなったような部屋をきょろりと見回していると、クレアと入れ替わるように室内にマリーが姿を現した。
彼女の手によって淹れられた紅茶のカップが二脚置かれ、一つはシェリルに、もう一つはウィリアムの前に置かれる。
少しだけマリーと視線を合わせてにこにこと微笑んでいると、テーブルの上に広げられていた書類を片付けたウィリアムが、温かい紅茶を口に含んだ。
「……さっきは悪かった。怖がらせてしまって」
「!いえ、それはもういいんです。教えていただけて、ありがたかったです」
そういったウィリアムが少し肩を落としている気がして、シェリルは慌ててその言葉を否定する。
確かに怖かったのは事実だが、それに対して不安に思うことなど、今はない。
「ウィリアム様や皆さんが、守ってくれると約束してくれましたから」
「それは当然だ。君は……」
安心させたくて笑顔を向けたのに、ウィリアムはなんだか眩しそうに目を細めたまま、黙り込んでしまう。
「……?どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない。君は、うちの大切な仲間の一人だからな」
「はい、でも…」
「そう言えば、初日から大騒ぎになってしまって、疲れただろう。今日は休みということだが、この後の予定は?」
明らかになにか言いたそうにしていたのに、そのままウィリアムは首を振って話を逸らしてしまう。
シェリルは不思議に思ったが、ウィリアムが話したくないものを無理に聞き出すつもりは全くない。
ちょうど気になっていた、この後の予定のこともあったので、シェリルは特に気にすることもなく、思考を切り替えた。
「そのことなんですが…元々、今日はお昼からちょっと街に出てみたいなって思ってたんです。でも、しばらくは外に出ないほうが良いって言われたので、どうしようかなって」
「街?何をしに行くつもりだったんだ?」
「そんな大したものではないんですが…ここに拠点を置くなら、細々したものを買い揃えておきたいな、と思ってたんです」
これまでシェリルは、以前住んでいたトゥアールの街から大きく離れたことはなかった。
13歳で家を追い出され、あちこちを流れるように移って、ここ5年ほどでようやくトゥアールの街に辿り着いたのだ。
当然拠点もそこにあったが、生活や調合に必要なさまざまなものは全てあちらに置き去りになってしまっている。
今更帰る気には全くなれないので、新たにこちらで買い直そうと思っていた。
この屋敷にやってきてから、身だしなみを整えることをシェリルはマリーたちに教えてもらっている。
これまでは不要だと思っていたが、この屋敷にいる人たちに不快な思いをさせてしまうのは嫌だと、シェリルは感じるようになっていた。
華美な化粧品などは全く手を出すことができないが、それでも最低限身だしなみが整えられるものや、ちょっとした小物入れくらいは欲しい。
「そんなに手持ちがあるわけではないので、本当に最低限だったんですけど…」
「……なるほど。気づけなくてすまなかった。どうも私は、そうした部分の察しが悪いようだ」
「いえ、そんな!ウィリアム様には、十分良くしていただいてます」
考え込んでしまったウィリアムにパタパタと手を振って恐縮していると、横から静かにマリーが声を上げた。
「……お話中、失礼いたします」
「…なんだ、マリー」
「もし許可をいただけるようでしたら、私が街までご一緒させていただければと思うのですが」
「お前が?」
「はい。外に出る際には護衛の方がつくと耳にしましたが、女性ものの店には疎いかと思いまして」
「……ふむ。確かにそうだな。では、午後の予定を調整して、付き合ってやると良い。私が許可を出そう」
「ありがとうございます」
そういって深く礼をとったマリーが、部屋を出ていく直前にちらりとシェリルを見遣る。
普段から大人びた表情を崩さない彼女のその顔が、少し悪戯っぽく笑っていたような気がして、シェリルは嬉しさに頬を紅潮させた。
その横顔を、ウィリアムが先ほどと同じ表情で眺めていることに、最後までシェリルは気づかなかった。




