変わらず接してくれることの尊さ
まるで全身泥になったように昏睡して、翌日。
休みをもらっているとわかっていたから、贅沢に二度寝まで堪能して、ようやく体を起こしたのは8時を回った頃だった。
そのままのんびりと身繕いをしていると、階下にある食堂からとても美味しそうなパンの匂いが漂ってくる。
あまりにいろんなことがあって、本当は空腹なんて感じていなかったのだけれど、やはり身体は正直だ。
あまりの美味しそうな匂いにお腹の虫が盛大に鳴いたことに一人で少し顔を赤らめ、そのまま食堂に向かうと、ちょうどこれから休憩だというキアラと遭遇したのだった。
二人で顔を突き合わせ、くすくすと笑いながら同じごはんを食べる。
こんなにも気を許せる仲になれたのは、心細かった最初の一ヶ月を共有したからなのか、それともキアラ自身の気質によるものなのか。
(……きっと、どっちもなんだろうな)
ウィリアムの命令がなくても、顔を見ただけで満面の笑顔で声をかけてくれるなんて思ってもいなかったシェリルは、ほこほこと胸があったかくなるのを感じながら、泣きそうな顔を誤魔化すように大ぶりのサンドイッチを頬張った。
「ごめんねリル、笑っちゃって。まさか、あの大騒ぎの中心がリルだったなんて、思ってもなくて」
「いいえ、大丈夫です。私も、まさかあんなことになるなんて思わなくって。そもそも、昨日の時点で普通のレシピで作ればよかったのに」
「ううん、そんなことない!だって、あれが本当に副作用もないんだったら、すっごい大発見なんでしょ?」
興奮気味に話すキアラに、シェリルは眉尻を下げて弱々しく笑う。
「うーん…でも、マークさんがちょっと心配です」
「あ、旦那様が言ってた副作用とかの話?」
「そうです。これまでギルドに卸してた分で、効果とか副作用について特に何か言われたことはないんですけど…」
「じゃあ、大丈夫なんじゃないかなあ。だって、その時のだって、味とかには文句つけられてたんでしょ?変な副作用とかあったら、味なんかよりよっぽどクレームになりそうだけど」
「そうですけど…うーん……」
ますます心配になってしまって考え込んでいると、目の前ににゅっと手が伸びてきて、ぱんっと勢いよく鳴らされた。
「ほら、手が止まってるよ!とりあえず、食べちゃおうよ。副作用云々の話も、今日中にはひとまず結論が出るんでしょ?今ここでリルが悩んでたって、どうしようもないことじゃない」
にっこりと笑ってみせてくれるキアラに、ぱちくりと目を瞬かせたシェリルも困ったように笑みを返す。
「……そう、ですね。ありがとうございます、キアラさん」
「いいえー、どういたしまして!」
気を取り直してキアラにお礼を言い、残ってしまっていたごはんに取り掛かる。
この屋敷にやってきてからは、一度に食べられる食事量も増えてきて、少しずつシェリルにも肉がつくようになっていた。
ただ、食堂で提供される定食は、量が少なめの朝食とは言えまだまだシェリルには多過ぎたようだ。
半分くらい食べ進めたところで限界を感じていると、すでにぺろっと完食してしまっていたキアラが、シェリルの手元を覗き込んだ。
「あ、もうお腹いっぱい?」
「そう、ですね。これでも今日は食べられた方だと思うんですけど」
「確かに!今日は結構食べてるなって思ってた」
「うーん、でも…せっかくおいしいのに、もったいないですよね…」
どうしようかな、と頭を悩ませていると、ふいにテーブルに影が差す。
ん?と思って視線を上げると、そこにはウィリアムが立っていた。
キアラも向かいの席で、驚いたように目を見開いたまま固まっている。
「もういいのか。相変わらず少食だな」
「ウィリアム様!?どうしてここに?」
「シェリルに確認したいことがある。このまま連れて行っていいだろうか」
「えっ、あっ、はい!どうぞ!」
「そうか。では行こうか」
言うが早いか、ウィリアムは朝と同じようにシェリルをひょいと抱え上げ、そのまま足早に食堂の出口に向かう。
そのまま、シェリルが抗議の声を上げるよりも早く、あっという間に屋敷の一階にある一室に連れて行かれてしまった。
初めて入るその部屋は、上質そうなソファ一式が置かれているだけのシンプルな部屋だ。
ソファにはクレアが先に座っていて、何か問題でもあったのだろうかと、顔を引き締める。
クレアの隣に降ろされると、ウィリアムは向かいのソファに腰掛けた。
「ごめんなさいね、シェリルちゃん。疲れてるだろうに」
開口一番クレアがそう言って頭を下げる。
慌てて「大丈夫です」と伝えるとすぐに視線が上がり、もう一度軽く謝られて、そのまま今度はキッとウィリアムを睨みつけた。
「もう、シェリルちゃんには明日改めて話をしようと思ってたのに。彼女は今日、お休みなのよ?」
「シェリルが作ったポーションの報告だろう。特に副作用や後遺症について、一番不安がってるのは本人のはずだ」
「それなら、そう言ってくれれば私が彼女の部屋まで出向いて説明するわ。わざわざ抱えてこなくたって…」
「あ、あの!私なら、大丈夫です、ので………!」
今にも喧嘩を始めてしまいそうな険悪な空気を醸し出す二人の会話に、シェリルは慌てて割り込む。
泣き出しそうな顔をしてしまったのが目に入ったのか、二人ともバツが悪そうに目を逸らし、わざとらしく咳払いをして誤魔化した。
「……それじゃあ、手短に話すわね。あなたが一昨日作ってくれた、あのポーション。一般的に副作用が出るのは服用後36時間とされているから、今の時点で、あのポーションに大きな副作用がないということが確定したわ」
「………!本当ですか!?…良かったぁ……」
クレアからの報告に、強張らせていた身体から力が抜ける。
先ほどキアラと話していた通り、これまでギルドに卸していたものについて何か問題があったというような話はなかったので、おそらく大丈夫だろうとは思っていたが、それでもプロの目から見ても問題ないというお墨付きをもらえたのは、単純に嬉しかった。




