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ヘタレ領主とへっぽこヒーラーの恋  作者: 小鳥遊 ひなた
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事態についていけません

週末の毎日更新、できなくてすみませんでした…!



仕切り直すようなウィリアムの言葉に、シェリルに向いていた視線が一斉にマークへと向かう。

びくり、と肩を跳ね上げたマークがため息を一つ吐くと、大きく深呼吸して快活に宣言した。



「……マーク・ウェイン、参ります!」



いうと、走って兵士たちの輪から飛び出していく。

驚きに目を見開きながらその姿を視線だけで追っていくと、彼は今しがた訓練で使っていたであろう、大きな樽を持ち上げた。

シェリルが丸ごと入ってしまいそうなほど大きな樽には、並々と砂が詰められている。

それを両手に一つずつ抱えると、そのままその場でスクワットを始めた。



「おい、あいつの今日の記録は?」

「50回で止まっています」

「誰か、数えてやれ」



ウィリアムの言葉に、他の兵士たちが声を揃えてカウントを始める。

マークは樽を抱えた状態で、カウントに合わせて屈伸運動を繰り返した。

最初は囃し立てていた兵士たちも、その回数が100を超えたあたりからからかいの色がなくなってくる。

少しずつ声が小さくなっていき、マークがとうとう力尽きて倒れ込んでしまう頃には、数人程度しか声を出していなかった。

唖然とした様子の兵士たちに、ウィリアムが冷静な声で問いかける。



「報告しろ」

「………さ、318回、です」



その声に、あたりがしん、と静まり返った。

何が起こっているのかわからなくて周囲をキョロキョロとしていたシェリルだったが、気づいたクレアが困ったように微笑んだ。



「…通常、筋肉増強剤を飲んだからと言って、こんなに記録が変わるなんてあり得ないのよ。せいぜい数十回が限度。でも、あなたのポーションを飲んでから、彼は250以上も記録を伸ばした」

「え……と、どういうことでしょう………?」

「それだけ、あなたのポーションの効果が劇的だったってことよ。この後の彼の経過観察も必要になるけれど、もしこれで後遺症や副作用が出ないんだとしたら…ちょっと画期的ね」



シェリルにもわかりやすく説明をしてくれているのだろうクレアの顔を、呆然と見つめる。

周囲も、戸惑いと驚きが混じり合った複雑な表情で、顔を見合わせていた。

すると、ようやく回復したのかマークが小走りに駆け寄ってくるのが視界の端に映る。

彼はそのままウィリアムの横までくると、姿勢を整えて彼を見上げた。



「あの、報告したいことがあるのですが」

「なんだ」

「先ほどのポーションですが、力尽きた後の回復も早いような気がしました」



通常、増強剤を使用した場合、一時的に引き出せる力を底上げして筋肉を行使するため、その後は通常時よりも体力回復に時間がかかる。

場合によっては、翌日まで動けなくなるほどの状態になることもあるため、戦闘時にはあまり使いたくない、というのが戦いに身を投じる人間たちの共通認識だ。




「……わかった。まずは経過観察が必要になる。お前は、明日からしばらく訓練を休んで、クレアの指示に従うように」

「はい」

「クレアは、この後からこいつの経過観察を頼む」

「わかったわ。ジャックさん、今日の夜の定期観察をお願いできるかしら」



ジャックがこくりと頷いたのを確認して、ウィリアムが解散の号令をかけた。

全員、狐につままれたような顔をしながらも、ひとまずは解散していく。

シェリルも、まさか自分が作ったものがこんな大騒ぎになるとは思っておらず、まだ地に足がついていないような心地がしていた。

クレアに促されてひとまず歩き出したものの、どこか夢見心地な自分がいる。

そうは言っても、これからの経過観察次第ではどうなるかわからない。

そんな一抹の不安も感じながら、シェリルは激動の初日を終えることになったのだった。






********************






「やー…なんか大変そうだね、リル」






まばらに話し声が響く食堂内で朝食をつつきながら、キアラがけらけらと笑う。

救護隊にやってきてからたった二日で、すでに一年分くらいの体力を使い果たしたような気がしていたシェリルは、苦笑いを浮かべてちぎったパンを口の中に放り込んだ。

シェリルたちの他は、交代で食事をとっている屋敷内の使用人たちの姿くらいしかいないので、安心して朝食を食べることができていた。


時間は朝の9時。普通であれば業務開始となる時間ではあるのだが、今日はクレアからお休みをもらっている。

初日から大きな騒ぎを起こしてしまったことで、少しずつ業務に慣れてもらおうと思っていたクレアの思惑は大きく外れてしまったらしい。

あのとんでもないポーションを作ってしまった翌日———既に昨日となってしまったが———は、なんだかんだとみんなに聞かれる質問に答えるだけの一日となってしまった。

どうやってレシピを改良したのか、どうやって別の材料の当たりをつけているのか、他にもこういったレシピはあるのか、など、その内容は多岐に渡る。

これまでの人生、こんなにも質問攻めにあったことなどなかったシェリルは、もう目を回すしかない。

しかも、休憩時間になると今度は兵士たちが救護隊に詰めかけ、話題の人物を一目見ようとそこら中を探されてしまう。

それは、事態に気づいたクレアがウィリアムに依頼して一喝してもらうまで続き、外が真っ暗になる頃には、シェリルはすでに疲労困憊となっていた。

その日は業務終了と同時に、杖を使ってなんとか自室に辿り着き、そのまま倒れるように眠り込んでしまったのだ。




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